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11-26 塵芥のテロル

 黄泉路達がその騒ぎに気付いたのは、ケイシーの予測によって身構えていた週明け、まさにその日であった。

 元々上海で行動を起こす可能性が高い事を示唆されていたこともあり、滞在場所を前日から上海へと移していた黄泉路達の耳に、建物の外に響き渡る様な、壁そのものを震わせるほどの爆発音が轟き、黄泉路達はさっと視線を通わせて部屋を飛び出す。

 直前の爆発音に驚いた他の宿泊客の一部が廊下へと飛び出してくる中、隣室に部屋を取っていた子軒と虚己もまた廊下へ出てくるなり、端末を耳に充てていた虚己が黄泉路達へと声を張る。


「市街地で大規模な爆発、それと埠頭から武装した集団が大挙して押し寄せて暴れているようです!」

「被害状況は!?」

「既に市内は混乱、崙幇の部下たちが誘導してはいますが、四異仙会の末端らしき武装集団の他にも異能をまき散らす輩が散在しているようで――」

「僕達は港に向かいます。李さんは」

「我ら、部下手伝う、避難任せるする!」

「わかりました! 遙君!」


 ホテルの通路を駆け抜け、1階エントランスへと飛び出した黄泉路が、僅かに遅れていた遙へと振り返り様に声を掛ける。


「ッ、何だよ!」

「李さんたちのこと、任せて良い?」

「――ハッ。誰にモノ言ってやがる! 仕方ねぇから任されてやる!」


 端的にかけられた言葉は、遙に対する信用。

 一拍遅れて理解し、一瞬面食らいつつも遙が不敵に笑って見せれば、彩華が振り返らぬまま、凛と良く通る声に悪戯っぽさを滲ませ、


「真居也くん。あれ(・・)を渡した分くらいは期待しておくわ」


 発破というよりはリップサービスに近い彩華の物言い、だが、憧れの人にそんな事を言われてしまえばそこまで気の回らない遙が奮起しない理由はない。


「ああ! 大船に乗ったつもりで任されたぜ!」

「……」


 明らかに間違えているものの、それを指摘する程の暇もない彩華は反応しないまま路地へと率先して飛び出して行く。

 黄泉路もまた、僅かな苦笑を浮かべて飛び出せば、子軒と虚己、遙もそれに続いて扉を潜り――


「なん、だ。これ」

『ここまで酷いとは……』


 絶句。駆けだした彩華と黄泉路の姿はその間にも消えてしまう程の混沌がそこにはあった。

 何か騒動が起きた際にはすぐに駆けつけられるようにと、平時のうちに入った上海の街並みは枯崙のそれと比べるのも烏滸がましい程に近代的に発達し、整然と清潔感のある日差しに包まれた表通りや、少し裏に入ったとてアングラな気配こそあれど本場である枯崙などに比べれば戯れにも等しい。

 それほどまでに理知的で健全な、観光地と謳うに相応しいだけの海沿いの大都市は、今まさに火炎と黒煙、無秩序の海に呑まれようとしていた。

 人々の交わす会話や道行く足音で形成された雑多な、しかし人の営みを感じさせる心地よい騒がしさは方々で遠近問わず鳴り響くサイレンの音にかき消され、つい先ほどまで、次は何処へ向かおうかと計画を楽しげに笑い合って話していたであろう観光客達は悲鳴を上げながら逃げ惑い、時には爆発に、時には倒壊する建物の瓦礫に、またある所では略奪を目論む暴漢たちの銃撃に巻き込まれて倒れ伏し、剥がれたコンクリートの陥没で立ち往生した車が玉突き事故を起こしているさなかに打ち込まれた火炎瓶が車のガソリンに引火して轟音を立てて熱せられた鉄片をまき散らす即席の爆弾と化す。

 もはやここに日常も平和もなく、あるのはただ、混沌とした暴力の無秩序だけであった。


『盟主、呆けている暇はありません。早急に対応に当たりましょう』

『あ、ああ!』


 最悪を予想していたとして、これほどの被害を出すとまでは考えていなかった子軒が隣で護衛として残ったはずの遙共々呆然としていると、最も大人である虚己が母国語たる中華言語にて叱咤する。

 被害はでるだろう、それを止めるよりも起きた直後に制圧に向かって計画をくじく方が良いだろう、そう相談し、その案を採択した一端は子軒にある。その自覚が、目の前の被害が自分の所為であると思わせて思わず嘔吐(えず)きそうになるも、隣で拳が真っ白になる程に握りしめて震える遙の手が目に入る。


「(混乱しているのは僕だけじゃないんだ。僕が、崙幇の盟主である僕が、しっかりしないと!)」


 今まさに、混乱に際して市民に被害を出さぬようにと事前に配置された監視要員も兼ねた部下たちが頑張っている。

 であれば自分だけがただ立ち尽くすことなど許されない。

 決断した子軒は遙の白く握り込まれた拳に手を添え、遙を現実へと、自身の方へと意識を向けさせる。


「っ」

「落ち着く、無理あると思ウが、落ち着くよい。できる事、する、いいか」

「――出来る事」

「この騒ぎです。すぐに当局も駆けつけて鎮圧が図られるでしょうが、自国のことながら、我が国の軍は事態の早期鎮静化の為ならば多少の被害は度外視して動くことが予想されます」

「多少の被害って」


 それくらいなら問題ないだろう、これだけの被害がすでに出ているんだ。だからなんだという疑問を遙が向けるより早く、虚己が続けた言葉に遙は息をのむ。


「逃げ惑う民間人諸共、テロリストを殲滅する。それくらいやりかねないのですよ」

「ッ!?」


 遙はあくまで、日本という平和が基本の、治安が乱れることも、軍が必要とされるようなこともない国で生まれ育った一般人だ。

 その遙からすれば軍というのは、自国の自衛隊と同じく災害救助や市民の命を守るための職業であるという認識しかなかった。

 その軍が民間人すらも一顧だにせずにテロリストの鎮圧を目指すというのは俄かに信じられず、眼を見開いて子軒と虚己へと視線を巡らせるが、遙が期待するような否定は上がる事はなく。


「我が国の指導者が重視しているのは国際的にしらを切れるだけの体面でしょう。国内でテロが――四異仙会という、自国に巣食った国際テロ組織が他国の観光客が大勢いる観光地でテロを起こしたのです。それを突かれないためにも、早期鎮圧したという事実を欲し、犠牲者は全てテロによるものと発表するために、むしろ積極的に邪魔になる民衆を押しのけることでしょう」

「……そんなの、アリかよ……ッ!」


 これ以上に事態が悪化する、それも国の介入でそれが起こされる可能性があるなどと、遙には信じがたく、それ以上に中華という国が、日本以外の国がこれほどまでに極端なのかと今更ながらに自分が他国に居るという現実を突きつけられる。

 とはいえ、遙がどれだけ実情に驚愕しようと、目の前に広がる被害という名の圧倒的な現実は揺るがない。


「くそっ、どうすりゃいい!?」

「まずは港向かウ、街から離れル誘導、仲間と一緒にする!」


 部下に指示を出しおえた虚己を伴い、この混乱では車はまともに動けないとみるや子軒が港方面へと小走りに駆け出せば、遙も並ぶように並走して港へと向かいはじめる。

 ホテルがある場所もそれなりに町中であったこともあって、ただ歩くだけでも逃げ惑う人や暴れる人などに気を付ける必要があって神経が削られるが、何よりも遙の精神が揺さぶられるのは所々に点在する鈍色の花とそれによって雁字搦めに拘束されてぐったりと動かず、その場に赤い水溜まりを形成する暴徒らしきモノの姿であった。

 これまでも、彩華がそうした戦い、命の奪い合いを前提とした危機感や覚悟を持っている事は理解していたつもりであった。

 だが、こうも現実として直視するのは初めてのことで、暴漢が死んでいるかどうかを確認する余裕もない現状において、遙はただ、彩華が不必要な殺しを嫌っている事に祈るのみであった。


「だんだん、人が減って来たな」


 遙がそうぽつりと溢したのは、中華に上陸した際にも通ったメインストリートの一角。

 本来であれば大勢の人が闊歩し、夜になれば煌びやかな照明や看板によって夜空の暗さが遠のく不夜の街であったはずだが、現在はそこかしこで立ち上る黒煙によって冬の青空は濁り、煤と埃の臭いに交じる鉄臭い臭いが鼻を突き刺す廃墟同然の光景が広がっていた。


「……それだけ死傷者が多いのでしょう。こちらも出来る限りの避難は急がせていますが、あくまで崙幇――マフィアですので、従ってくれない方も多く」

「チッ、そんな時じゃねぇだろ」


 子軒達を取り巻く部下が略奪に走る暴徒を制圧し、まさに今助けられたばかりの店員が救助者の顔ぶれを見て、その堅気にはとても見えない風体に悲鳴を上げながら走り去って行くのを見やりながら悪態をつく遙に、子軒はわかっていたと首を振る。


「我らは所詮邪魔者ヨ、関わり合いなる、無い方が、互いに良いするカラ仕方なイ」

「でもよ……!」

「その様に思って下さるのは嬉しいですが、それは皆様が豊崙の民と交流した下地があってこそ、この街の民にとって、我々は所詮、混乱に乗じて声を張るだけのマフィアに過ぎません」


 まだ息のある怪我人を部下に連れて行かせる様に指示していた虚己は、伴っていた部下たちが皆手が埋まり、方々に割り振られた役割を果たすべく奔走してゆくのを見送ると、遙を嗜める。

 虚己はそのまま、事件発生からずっと手元に握っていた携帯をポケットへと戻しつつ子軒に向けて口を開く。


「基地局がやられたらしく、数分前から定時連絡が途絶えてます。盟主、これ以上は」

「もうじき、当局の介入もあるはわかる。だから、そろそろ部下、下がらせるないと……!」


 通信による指示が出せないとなれば、子軒が単独でこの場に居る意味もない。

 部下には元々自身の命を優先して独自の判断で身を引く様にと徹底してはいたものの、いざこれだけの被害が出てしまえば子軒は送り込んだ部下の安否を気に掛けない訳にはいかなかった。

 理屈では自身も避難した方が良いとはわかっていても、感情がはいそうですかと飲み下す事を良しとしない。

 混乱の中、盟主としての自身と等身大の李子軒としての幼さが衝突するのが他者からしても手に取るようにわかる様な焦燥を浮かべる様子に、遙は内心で歯噛みする。


「(やっぱ何の役にも立ててねぇ……! オレに何が出来る!? オレもなにか、やるべきこと(・・・・・・)があるはずなんだ……! 何もできないままじゃ、今までのオレと何にも変わらねー。せっかく彩華(リコリス)が期待してくれたんだ……!)」


 遙が子軒の護衛として立つと決め、共にホテルへとやって来た際に彩華から渡されたモノ(・・)が仕舞われた懐へと視線を向けようと、視線が下を向いた拍子。

 子軒の足元――瓦礫の上に描かれた影が波打ち、水面から飛び出すように顔をのぞかせた鈍色が遙の目に映る。


「危ねぇ!!!」

「ッ!?」


 気づけば、遙は子軒を突き飛ばしていた。

 遙が突き飛ばす直前に、奇襲の失敗を悟った下手人が滑り込ませる様に刃を加速させ――


「カハッ――!」

「遙!!」


 突き飛ばしたばかりの無防備な遙の首筋を、鋭い刃が切り裂いた。

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