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11-25 澱の底の反逆者

 四異仙会が多くの分散拠点を持つ枯崙から幾分か離れた中華の地方都市。

 表通りから離れ、寂れた印象のある商社ビルが立ち並ぶ一角は冬の冷風が集約され、ことさら強く吹き付ける辺りが枯崙とよく似ていた。

 ――似ているのはそうした環境だけでなく、雰囲気も、であろう。

 後ろ暗い者達が何処からともなく集い、一区画を占有するようになると、途端にその一帯の空気感というものもそれとなく似た雰囲気へと変わっていくもので、そうした裏社会に近い、ギリギリグレーゾーンとも言える一帯の空きビルに新しく入った米国系企業のテナントの一室にその男はいた。

 オフィス然とした室内、やや奥まった位置にあるステンレス製の机に足を乗せて座ったその人物は、暗褐色の肌に血管が浮き出るほどに苛立たしいという表情を浮かべたまま、スピーカーモードになっている電話口の相手と言葉を交わしていた。


「あーあー。計画は順調さ。お前らの過保護なママじゃねぇんだ。そう口うるさく指摘されて機嫌悪くしたガキの頃を思い出したらどうだ?」

「……ッ! ふざけた事ばかり言っていて良いのか。今の貴様の立場、忘れたとは言わせんぞ」

「ハッ。ちゃーんと首輪が繋がってることくらい理解してるさ。こっちを俺に一任した以上、“飼い主サマ(・・・・・)”はリードだけ握って踏ん反り返ってろよ。それともテメェの上は待て(・・)もできねぇってか?」


 スピーカーから響く神経質そうな英語に対し、皮肉を隠しもしない粗暴な声音で返事をする男の周囲でドッと野卑な笑い声が上がる。

 それがまた、スピーカー越しの相手を酷く苛立たせる様で、向こうで握りしめた受話器が軋む様な音と共に取り繕った体裁が若干剥がれかけた大声が響く。


「いいか! マイケル・(・・・・・)トラヴァース(・・・・・・)、契約を違えたならば我々はいついかなる時であろうと貴様らを罰する事が出来るということを忘れるな!」


 ぶつり、と。強引に断ち切られた通話が終了し、規則正しい電子音のみが響くスピーカーを部下が切断する。

 周囲で笑い声をあげていた男達が次に起こる事を察したようにすっと波が引くように距離を置くのと同時、


「ザけんじゃねェぞニワトリ野郎が!! ピーチクパーチク喚きやがって!!!!」


 ガァン、と。ステンレスの机に靴底が思い切り叩きつけられた音が罵声混じりの怒号と混ざり合い、室内をビリビリと震わせた。

 その拍子に机に乗っていた僅かな積載物であった電話が床へと投げ出され、受話器がどこかへと飛んで行ってしまうが、それを気にするだけの余裕があるものは皆無であった。

 むしろ、男――マーキスをそれだけ激怒させた相手と繋がっていた機器というイメージで言うならば、電話機はある種の呪物、忌物にすら近い感覚で男達の足元をすり抜けていく受話器を避ける始末で、その中でもとりわけマーキスに近い位置に陣取っていた褐色の男が恐る恐るマーキスへと声を掛ける。


「ボ、ボス、落ち着いてくだせぇ。その為の“()”じゃねぇっすか」


 既に椅子すらも蹴り倒して気炎を上げる自らのボスへ直訴する勇者を遠巻きにする周囲の視線と、自身のボスであるマーキスの今にも人を殺さんばかりの怒りにまみれた視線を受けて、男は生きた心地がしないながらも忠言するのが仕事であると息を詰めてマーキスを見据える。

 その姿に、漸くマーキスは部下に当たり散らしても意味がないと激情を宥める事に意識が傾き、ふぅっと大きく息を吐いた。


「――ああ。そうだ、その為の準備だ。テメェら、計画は頭に入ってんな?」

「へい、問題なく。ただ、良かったんですかい?」

「何がだ?」

ポテト野郎(イグナート)のことっすよ」

「ああ」


 真っ先に自身を諫めに来た忠誠心ある部下の確認に、一瞬怪訝な顔をしたマーキスだったが、部下のスラング混じりの名指しに何を懸念しているのかを理解し、鼻で笑ってみせる。


「どうせあの野郎とは利害の一致でたまたま同じ方向に歩いてただけだ。この際だ。お前等も良く頭に突っ込んどけよ。あの野郎とは引きずり出した段階で(・・・・・・・・・・)手を切る(・・・・)

「っ!」


 部下もまさか、自分たちが嫌って已まない白人(・・)と最後まで手を組み続けるわけはないと思っていたが、まさかそれほど早期に切り捨てるとは思ってもみなかった様で、驚きから思わず私語が飛び交う室内に、マーキスの声が響く。


「いいかお前等。俺達の目的は何だ? 舐め腐ったホワイトのケツを蹴り上げて観客気分のチキン共を屠殺場送りにする為だろうが! そのために守る気なんざねぇ司法取引にだって乗ったフリをしてやったんだ。今更ビビるような奴はいねぇと俺は信じてる。……それでだ。あのポテト野郎と国元のチキン共の何が違う? どっちも俺達を利用する事しか考えてねぇ、都合よく使えると思い上がってる。何も違わねぇだろうが!!」


 汚れの目立つビルの外面と違わぬ老朽化した天井からパラパラと細かな埃が落ちるのも構わず気炎を上げたマーキスに、部下たちの私語がぴたりと止まる。


「思い出せ、お前等があいつらにどんな扱いを受けてきたかを。忘れるな、俺達はあいつらのサンドバッグじゃねぇ。俺達を袋詰めの塵(サンドバッグ)扱いした奴らに相応の報いを受けさせるために、俺達はここにいる。そうだろう!?」


 マーキスの演説が余韻を残して終わる。

 だが、空気を伝播した音の振動が凪いでゆくのと入れ替わる様に、見えない熱の様なものが室内の男達の内側から滾り出して行くのが、その場にいる全員の手に取るようにわかった。


「う、おおおおお!!!」

「その通りだボス!!」

「チクショウが! やってやるぞクソッタレの白人共め!!!!」


 口々に興奮して声を荒げる部下を見回し、マーキスは吐き出した自身の激情が部下たちにも宿った事に口の端を吊り上げ、獰猛で仄暗い笑みを浮かべた。

 熱狂の中でもマーキスの補佐をせんと部下が立て直した椅子へ深々と座り込んだマーキスは、左足の傷が疼く様な錯覚に笑みを引き攣らせる。

 それはかつて、マーキスがまだスラムの中で貧しくも平和に過ごしていた日常が崩れ去った時のもの。

 地元マフィアと州警察が癒着しているその街では裏通りを歩くにもマフィアの顔色を窺う必要があったその街で、マーキスは細々と生きていた。


「(チッ。古傷が痛みやがる)」


 ――アメリカ衆央国は、先住民族を隷属化させた白人たちが興した国である。そしてその隷属の為の侵略時に先住民たちが呪術という名の能力によって抗った経緯から、国内における能力者への扱いは世界各国の中でも非常に厳しく、西欧の肌色による差別意識が根強い時代の気風も相まって、黒人の能力者と言えばもはや人権がないに等しい時代があったほどであった。

 いまでこそ、体面上は人は平等であるや、人権は誰の手にもあるなどと標榜され、自由の国として世界の警察を自負する大国を名乗ってこそいる。

 だが、その気風自体が消え去ることはなく、むしろ、そうした過去と向き合わず、ただ体裁を取り繕うように平等を謳う歪みと溝は光の届かない場所に深化しただけであった。

 そんな国の中でも特に治安の悪い――言葉を飾らずに言うならば、貧困層の黒人の多い――街に産まれたマーキスは、周囲の人々と同様につつましい暮らしに言葉にしがたい不満を抱きながらも、表面上は何食わぬ顔で生活していた。

 だが、そんな日々が崩れ去るのは一瞬だった。

 元より砂上の楼閣の様に繊細な日々は、マーキスが能力に目覚めた途端に一変した。

 まず初めに起きたのは、マーキス――マイケル・トラヴァースという青年ではなく、“黒人の能力者”という属性からくる社会からの拒絶反応。

 何もしていない、何もしない。そんな叫び声は銃声によってかき消され、足を撃ち抜かれた被害者であるはずのマーキスは州警察によって拘束され、数日間の拘留の後に簡素な治療だけを受けさせられて放逐された。

 撃ったのは、マフィアでも警察でもない。ただの民間人だった。

 それからだ。マーキスは目に映る全てが憎くて仕方がなかった。

 怪我が治ったマーキスを待っていたのは家族ではなく、社会に対して憎悪を募らせた、使い捨てしやすい鉄砲玉を得ようと手を回した地元のマフィアだった。

 マーキスはその時に理解した。この世界の醜悪さを。自分がただ生きるというだけにも、多大なリスクを払わなければならないという理不尽さを。

 それからのマーキスの生はただただ泥臭く、血に塗れたものであった。

 同じく能力者であるという理由だけでマフィアに買われた身寄りのない者達を束ね、機を見て自分達を首輪に繋いだと勘違いしたマフィアたちの首を刈り取って縄張りを乗っ取り、マフィアと手を組んでいた州警察をもその証拠をチラつかせて懐柔して勢力を広げた。

 すべてはただ生きるため、そして、こんな世の中を良しとする大多数の人間に対する復讐のため。


「(そうさ。俺達は常に奪われる側だった。黒いから、特別な力があるから、虐げられるのが当然? ハッ。そう思ってんなら俺達が全部ぶっ壊してやる。楽しみだぜェ……したり顔で首輪をつけたと思い込んでる国防総省(ペンタゴン)の奴等のアホ面がよォ……)」


 仄暗い復讐に人生を捧げた男が被り続けて来た心の仮面が、ひび割れ始めていた。

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