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3-7 夜鷹の止まり木7

 廊下を駆ける様な慌しい足音が沈黙を引き裂き、出雲は無言の圧力から開放されるのを有り難いと思うと同時に、何事かと部屋の入り口へと視線を向ける。

 わずかな間の後、襖が大きな音を立てて開かれた。

 その音に僅かにびくっと驚いている出雲にまるで気づいていない様子で、飛び込んでくるという表現がしっくりくるようなアクティブさで襖を開けた人物は楽しげに部屋へと足を踏み入れる。

 雷の様なデザインのアクセサリーがついた髪留めで纏められた腰まで垂れる程長い赤茶色のツインテールが揺れる。

 モノトーン調のゴシックロリータとも呼ぶようなドレスの裾や袖にふんだんにあしらわれたフリルは機能性を置き去りにしているようにすら見える。

 年の頃は外見的にはおそらく出雲とそう変わらない少女はそのくりっとした瞳に隅に座る美花とその隣に座る出雲を捉えればパタパタと駆け寄ってくる。


 「――っ!!!」


 口元を押さえ、角度やら向きやらを変えて出雲の周りをぐるぐると回りながら表情をころころと変えて無言のままじろじろと見つめてくる少女に、出雲は驚きも抜けきらないままに助けを求めるように美花へと顔を向ける。


 「(しるべ)。自己紹介もなしにそれは失礼」


 さすがに美花も止めるべきだろうと考えていた様子で、出雲の救援を求める眼差しを受けて少女へと苦言を呈すれば、少女はいまさら気づいたという風にぺこりと頭を下げる。

 その後すぐにそそくさと出雲の隣の座布団へと腰を下ろしたかと思えば、出雲の方へと向き直り、出雲の手をぎゅっと握る。


 「え、えっ!?」


 驚いている出雲をよそに、少女はにっこりと微笑んで口を閉じたまま声を発した。


 『いやー。生Sレートさんが意外と可愛い系なイケメンでついついはしゃいじゃいましたぁ。ごめーんね?』


 頭に直接響くような声に、出雲はようやく目の前の少女が誰であるかを把握してハッとなり、確認するように口を開く。


 「え、っと……もしかして、オペレーターさん?」

 『そーですそーですそのとーり、超いぐざくとりぃ! オペレーターのオペ子ちゃんこと、【拡散受信塔(ブラインドプライド)】の藤代標(ふじしろしるべ)でっす。よろしくぅー! いえーい!』

 「あ……僕、道敷出雲、です。よろしくおねがいします」

 『へぇー、出雲くんっていうんだー、じゃあじゃあ、いずいずって呼んでもいーですかー?』

 「えと……あの……」

 『いずいずの困り顔頂きましたぁー! 美少年ふっふぅー!』

 「え、えっ? えぇ!?」


 脳内で一方的に捲くし立て、それに連動するようにぶんぶんとつないだままの手を上下に振り回す標に、出雲はどうしたらいいのだろうと困惑を深く、助けを求めるように再び美花へと顔を向ける。

 助けを求められれば、美花は再びやれやれと首を振り、すっと立ち上がったかと思えば容赦なしの一撃で標の後頭部を叩く。


 『――ぁぅ!?』


 スパァン、という小気味良い音とともに前へとつんのめった標が出雲へと頭から突っ込み、少女然とした愛嬌のある顔が出雲の薄く白い胸板へとぶつかる。


 「っと、うわ、ご、ごめんね? 大丈夫?」


 慌てて手を離して抱きとめ、出雲は自身に何の過失もないのだが、反射的に謝罪を口にしてしまう。

 こうした場合、いくら女性側に過失があろうと女性よりも先に男性が謝らなければ面倒なことになるという事を、出雲は常群からちょくちょく聞かされていた。

 それゆえに出てしまった言葉であり、すぐに元の位置に戻そうと出雲は慌てていたのだが、叩かれた際の小さな呻き以降無言のまま胸に顔を埋める標から全くと言っていいほど反応がない事に出雲は改めて別種の不安を感じて視線を下ろす。


 『……ふぁああ、美少年の胸板すっべすべじゃないですかぁーっ、っつか良い匂いするぅ……ッ』

 「……」


 脳内に響く声に、どこか卑下なものを感じたのをぶんぶんと振り払い、出雲は閉口したまま標を引き剥がす。

 引き剥がされた標は出雲を見上げ、それから美花へと視線を向ける。

 2人の冷ややかな視線が突き刺さる中、標の声が脳内へと響く。


 『……はっ。まさか私の思念ダダ漏れてましたぁ!?』

 「えーっと……はい」

 「ん。処置なし」

 『ぐはぁッ!?』


 困ったような表情のまま浴衣の乱れ――さりげなく標によって乱されていた――を直す出雲と、静かに首を振る美花の言葉に標はがっくりと肩を落とす。

 制裁完了とばかりに済ました顔の美花が自らの席へと戻れば、開け放たれた襖から今度は新たに2人が姿を現す。

 1人は日本酒らしい酒瓶とお猪口を片手に、もう片方の手でもう1人と手をつなぐ燎であった。

 出雲が依然見たことのある紺色のドレスに身を包み、テディベアを抱えた少女、神室城姫更(かむろぎきさら)は燎と手をつないだまま、がっくりとうなだれている標を一瞥して首をかしげる。


 「……なんかあったか?」


 沈黙の中で燎の声だけが響き、それに対して出雲は隣で両手をついてうなだれる標を一瞥して苦笑を浮かべる。

 燎は特にそれ以上の追及をするつもりもない様子で、姫更を連れて出雲たちが座るお膳とは正面に設置された席へと向かえば、中央の席を空ける形でそれぞれ腰を下ろし、燎はそのままお猪口に冷酒を注いで酒盛りをはじめてしまう。


 「燎。乾杯してない」

 「いいだろ。仕事終わりでようやく気兼ねなく飲めるんだから細かいこと気にすんなって、なぁ出雲」

 「え、あ、はい。そうですね?」

 「ほら、主賓(いずも)の許可も下りたんだし細かいことはナシだぜ」

 「はぁ……」


 からからと快活に笑いながら冷酒をあおる燎に、美花は静かにため息をついてそれ以上の言及をすることなくお膳へと視線を落とす。

 燎は我が意を得たりと言わんばかりに静かに酒盛りを続け、それは標がショックから立ち直り、リーダーこと神室城斗聡(かむろぎとざと)が料理を持った果と共に姿を現す時まで続くのだった。

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