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11-18 少年と盟主

 改めて歩き出す子軒の後を追って大股で横に並んだ遙はちらりと子軒の様子を横目で窺う。

 隣を迷いなく歩く少年の見た目はどう下駄を履かせても大人には見えず、明らかに自分よりも年下な子供が枯崙という巨大なスラムを纏め上げていた任侠のトップだとは、先の一件が無ければ今でも半信半疑だっただろう。

 とてもではないが遙以上に戦いに向いている様には見えず、地元とはいえ、数日も経たない内に護衛もつけずに道端を歩ける精神が遙にはわからない。

 互いに、仲が良いどころか接点すらほとんどない状態である為、道中に気軽に話しかけて良い物かという内心の葛藤が沈黙として横たわり、冬の冷たい風が建物の間を吹き抜ける音と、硬い地面に靴が跳ねるコツコツという音だけが響く。

 多少の身長差があれど、歩く歩幅はさほど変わらないふたりの足取りは急ぐともなく、するすると路地からビルの中、連絡通路を経由して行く。

 外と屋内の違いなど天井の高さ程度でしか識別できないと思っていた遙だったが、実際にこうして歩いてみると、明確に屋内と言える場所は寒風も和らいで仄かに温かみがあるのが分かり、これもまた経験しなければ分からないことだと新たな発見に、ほんの少しだけ気分が上向きになったのを自覚していた。

 やがて、遙からすればどう違うのか分からないが、ひとつのビルの事務所らしき扉を子軒が叩けば、奥から警戒する様に扉を僅かに開けて遙の父親と同じ年ごろくらいだろうかという中年男性が片目を覗かせる。


『僕です。例の件について話を聞きに来ました』

『老板、お待ちして居やした。そちらの方は?』

『盟友のひとりです。危険はないよ』

『承知しやした。中へどうぞ』


 男性と子軒の間で二言三言交わされると、扉を開いた男が子軒を招き入れる。

 子軒がちらりと視線を向け、仕草で入る様に促された遙も後を追って扉の奥へと進めば、そこはどうやら事務所であるらしく、町の様子や外観からは打って変わった近代的で清潔な内装が遙たちを出迎えた。


『こちらにお掛け下さい。すぐに茶をお持ちしやす』

『気にしないでいいですよ。他にも回る場所がいくつかあるからすぐに発たないといけないから』

『そういうことでしたら』


 なにやら席を勧め、そのまま離れようとする男を呼び止めて対面に座らせた一連の流れをやや後方で眺めていた遙は、座る機会を逸して立ち尽くす。

 名目上は護衛である以上、その立ち位置が正しいという事もあって男もすっかり遙から注意を離して子軒と何やら中華言語による密談を始めてしまい、遙はますます座り辛くなってしまったなと、理解できない会話に耳を傾けながらぼんやりと思考を回す。

 頭に浮かぶのは、やはり自身に対する疑問だ。


「(勢いで付いて来たけど、これじゃほんとに今日はこんな調子になりそうだな。……はぁ)」


 内心溜息を吐きつついると、どうやら話が終わったらしい子軒が立ち上がる。

 合わせて立ち上がった男が先導する様に扉の方へと向かって行き、続く子軒に並んで遙もまた事務所を後にすれば、再び仄かに冷たい風が肌を撫で、ポケットの中でやや温くなり始めたカイロが無性に頼りなく感じてしまう。


「次は何処に行くん――ですか」

「さっきヨリは近く、順番に回るしマス」

「了解」


 子軒の隣を歩きつつ、遙は問いかけ混じりの雑談とも言えないような会話を交わす。

 完全に密室な通路を超え、空中回廊へと出れば、高さと通気性の良さから冷たい風が髪を揺らし、露出した耳がひりっと冷たさに痛むのを感じた。

 想念因子結晶がはめ込まれたピアスの台座が金属製であることも手伝い、痛い程に冷えた耳に思わずカイロで温まった手を宛がった遙だったが、ふと、隣を行く子軒は大丈夫なのかと視線を向ける。

 服装こそ、冬服に相応しいだけの防寒性はある様に見えるが、最初に握った手はカイロで温められた遙の手とは比べ物にならない程に冷えていた事を思い出す。


「なぁ。……あの、その。李さん?」

「何だ、ですか?」

「いや、寒くねぇのかなって。ちょっと(ぬる)くなってるけど、カイロあるんで、使いますか?」


 子軒からすれば唐突な問いに、子軒は一瞬きょとんとした――年相応な子供の顔だ――表情を浮かべたものの、


「……助かル。でも良いするカ?」

「あー。オレは十分暖まったんで。むしろ、最初に気づかなくて悪いっすね」


 おずおずと手を伸ばす子軒にカイロを手渡せば、手渡した拍子に冷えた指の感触が遙の指先に伝わり、述べられた礼に照れくさそうに、それでいて少しばかり申し訳なさそうに、手持無沙汰を誤魔化す様に遙は耳に付いたピアスを撫でる。

 その様子に、今度は子軒が気になった様に僅かに見上げる様な角度のままピアスを見つめて口を開く。


「ソレが、能力(スキル)使う、道具か?」

「ん? ああ。そう――ッスね」

「【不朽】達も持つするか?」

「いや、どーだろーな。根っからの能力者と、オレみたいな後発的な能力者は違うって聞くし」

「そうカ」


 少しばかり残念そうな声音に僅かに疑問が頭に過るも、遙は気落ちした風の子軒に話題を変える様に僅かに声を弾ませて問い掛ける。


「そ、そうだ。今度オレのピアスで良ければ貸そうか?」

「っ!? 良いするカ?」

「ああ。でもちゃんと返してくれよ?」

「勿論ダ」


 表情が和らぎ、年相応に好奇心を滲ませる子軒の仕草に、遙は少し前の自分を――具体的には、能力を得る前までの自分だ――を見ている様な気分になり、思わず微笑ましいものを見る様に口元を綻ばせる。

 遙の表情で、自身がどんな風に見られているかを察した子軒はハッとなって表情を引き締め、すぐにその態度を年相応の少年のそれから崙幇の盟主としてのそれに切り替えるが、一度でも本来の姿を見てしまった遙は自然と漏れてしまった緩い言葉遣いを直す気にもなれず、少しばかり距離が縮まったような気がしてにやりと笑う。


「急ぐ」

「あ、おい。置いてくなよ」


 どうあってもこの場では勝ち目がないと悟った子軒が速足で目的地へ移動しはじめれば、逸れればどうしようもない遙は大人しく追いかけるほかなく、出発時よりはやや砕けた空気感の中、ふたりは枯崙の激しい上下層の移動を行うのだった。

 最初に向かった中層から、エレベーターなど使わず、ビル内の階段等を経由して切り立った斜面を段差上に均して建つ建造物群の上層の一角へと向かい、そこで待っていた比較的身なりの良い男と会話する事30分。

 次いで、再び中層へと戻るなり、どうやら商店らしき建物の奥の社員用なのだろう事務所で昼食に預かりながら封筒を受け取った子軒は、礼もそこそこに下層へと。

 他にも複数、小さな店や個人の家などに上がり込んでは短くやりとりをして動き回る様は遙の想像上の営業マンのそれに近く、遙は先ほど見た年相応の表情を浮かべていた少年の姿と、どちらが本物なのだろうかという益体のない考えを脳裏に浮かべつつ長い行脚に同行していた。

 元より言語が通じる相手の方が少ない土地、加えて言えば用事があるのは遙ではなく子軒である為、訪問先では専ら背景に溶け込む様に黙り込む遙の姿はそれなりに様になっており、崙幇の盟主としての立場で訪問したい子軒の遙に対する評価が密かに上がっていたのは行幸と言えよう。


「今日は、助かるシタ。ありがとございます」


 子軒のその言葉で長かった行脚が終わりを告げたのは、暮れるのが早い冬の日差しがとうに山の影に隠れ、空も焼ける様な橙よりも星空を宿す藍色が色濃くなるような頃合いであった。

 最後の訪問先だっただろう上層の所謂マッサージ店(・・・・・・)の奥にあった豪華な作りの応接室で会談を終えた子軒が、これから賑わうのだろう店を後にして、昼間にもまして人通りの少なくなった道を歩きながら帰路につく中、遙はずっと頭の中にあった疑問を尋ねるまたとない機会である事を察して口を開く。


「なぁ、李さん」

「何ダ?」


 意図がつかめない、そんな雰囲気を――崙幇の盟主の顔よりも、遙に対してはもはや取り繕うのを諦めたらしい少年としてのそれで――滲ませた相槌で首を傾げる子軒に、遙は紡ぐ言葉を確かめる様に口の中で舌を動かしてから再び冷え切った空気を肺に送り込み、口を開こうとした――その時だった。


『誰だ!』

「ッ」


 鋭い、今まで聞いたことのない様な声音の子軒の大声に思わず遙の口が止まり、一拍遅れて子軒が気を張っている先へと目を向ける。


『崙幇の盟主だな』


 子軒と遙では出し得ない、ひどく擦れた低い男の声が紡ぐ崙幇という単語を辛うじて聞き取った遙は一瞬で頭に氷水を流し込まれたような錯覚に陥ってしまう。


『貴様らは誰だ。豊崙の民ではないだろう』

『ほぉ。上手く潜り込んだと思ったんだがな』

『舐めるな。崙幇の盟主たるこの李子軒が民の見分けがつかない訳がないだろう』


 硬直する遙を他所に、半歩、前へと出た子軒が冷ややかな声で男と言葉を交わす。

 だが、そのやりとりも、言語の壁がある遙をしても芳しくない事は一目瞭然で、


『ボスが見かけたら最優先で処理しろと言ってるんでな。自分の不運を恨めよ』


 見た目こそ枯崙の住民とさして変わらないような、辛うじて防寒が出来ている程度の簡素な服に身を包んだ男が路地の影や空き家からわらわらと湧き出して、気づけば子軒と遙は複数の男たちに囲まれてしまっていた。

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