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11-13 崙幇の主

どうやら応募するだけしていた第9回ネット小説大賞の一次選考に受かっていたようです。

以前にも1回受かっていたこともあって、また上がってくれたことを嬉しく思う反面、随分と長く続けたなぁという感慨が強いです。

 声は扉の奥から聞こえて来ていた。

 灰色の迷宮とも言える道中とは違う扉を持つ建物は元々は館だったのだろう。細かなひびや汚れが目立つのは他の建物と変わりないが、斜面に積み重なった建物がビルのようにすら見えるほどの密集具合を見せているのに対し、この館だけは敷地という概念が機能していた。

 扉が開かれると共に薄暗い灰色に暖色の明かりが差し、クリーム色の内壁が暖かな光を反射する玄関口が黄泉路達を出迎える。


「……子供?」


 実年齢含め、黄泉路達の中で最も若い遙が言う事ではないが、思わず呟いてしまった遙を叱る事は誰も出来なかっただろう。

 暖色の淡い橙の明かりに影を一本伸ばして玄関で待っていたのは、遙よりもやや年下かという程の――黄泉路からすれば丁度廻と同い年ほどか――の少年であった。

 前髪の一部だけ耳の後ろへ流すことで体裁を保ったざんばらの黒髪から覗く、グラスに張り詰めた水のような印象を抱かせる黒い瞳が黄泉路達を探る様に窄められている。

 白地のシャツに黒いズボンという、その外見年齢にはやや見合わない、着られている印象の強いラフめの正装と言った出で立ち。

 スラム同然の枯崙の道中を知っているだけに、目の前の少年の身なりの良さは異質に感じられた。


「皆様、詳しい話は応接間で」

「ああ。はい。お邪魔します」


 どうやらこの館では靴を脱ぐ文化があるらしいと玄関の段差で察した黄泉路が率先して靴を脱いで上がり込み、続く彩華と遙が玄関の内側へと上がったのを確認してから虚己が外を窺ってから扉を厳重に閉めるガチャリという音が響く。

 黄泉路達を先導する様に歩くのはやはり先ほどの少年だ。

 小間使い――というわけでもないだろう。その態度はどちらかというと黄泉路達に隙を見せないように気を張っている様であり、応接室へと到着した際に、少年からの名乗りによって黄泉路と彩華の見立ては間違いではなかったことを再認識する。


「まずは席に座っテ欲シい。我は崙幇盟主、()子軒(ズーシュエン)でス」

「めいしゅ……盟主!?」

「はぁ、ちょっと黙ってなさい」

「うぇっ」


 ソファに並んで座った黄泉路達の対面に腰かけた少年、李子軒のぎこちない日本語による自己紹介を聞いた遙が驚いて声を上げてしまう。

 それを窘める、というよりは、連帯責任での恥を嫌った彩華がため息交じりに睨みを聞かせれれば、怯んだ遙がさっと口を閉ざす。


「すみませんね。李さん、とお呼びすれば?」

「構わなイ。すまないが、話を始めるマスまで、虚己、待つ、よろしいカ」

「ええ。大丈夫です」


 さすがに、盟主と名乗ってはいてもまだ子供、それも言語の壁を超えての疎通である為、虚己を同席させたいというのも無理からぬことだろう。

 程なくして、ティーポットをと茶碗を盆にのせた虚己が入室すると、仄かに子軒の雰囲気が安堵したように緩む。

 あえて指摘する事もない為、気づいた黄泉路が流していると虚己が黄泉路達の前へ茶を並べ、子軒の斜め後ろへ控える。

 その虚己へとちらりと視線を向けた子軒だったが、虚己の視線を受けてすぐに黄泉路達へと顔を向ける。

 先ほどまでのやや気を張りつつも不安げな様子が見えた子軒の顔が引き締まっているのが見て取れ、それだけで虚己と子軒の関係性が見て取れるようであった。


「マず、【不朽(・・)】が雇った案内、虚己と替えた、理由話すマス」

「……」


 不朽、というのが黄泉路の中華における通称であるらしいとは察しつつ、黄泉路は無言のまま続きを促す。

 とはいえ、既に虚己から崙幇という組織がバックについていること、利害の一致が出来るだろうという先触れもあったことで、その内容は予想できるものであった。


「この豊崙は、四異仙会に支配サれつつある。我ハ認めない、だから、共通――同じ、敵持ツ、【不朽】の力、借りタい。その為、豊崙の民、案内、交代しタ」

「なるほど。力を借りたい、と言いますが、具体的にはどのように?」


 黄泉路が問うのは、互いにどのような利点を出せるのかという点だ。


「我たち、崙幇。豊崙の民、守ル役目ある。ただ……」


 言い淀む子軒。だが、言い辛いというよりは、表現する言葉を探す様な悩み方に虚己が助け舟を出す様に口を開く。


「元々、崙幇とはこの地が枯崙と呼ばれるようになり、棄民や貧民たちの巣窟として扱われるようになった頃に、民が身を守るため団結した事が起源となります。その為、我々は幇とは言うものの武力は自衛程度しか持っていませんでした」


 虚己から語られる崙幇の成り立ち、そこから導き出される現在の状況に彩華は得心行ったと小さく頷く。


「私達を武器にしたい、そういうことね?」

「飾らずに言うならばそうなります」

「はぁっ!? んっだよそれっ!?」

「――我は民を守りたい。そのためなラ、手段選バない」

「っ」


 彩華の言い草と、それを否定しない虚己に声を荒げて割り込んだ遙だが、それを更に遮る様に据わった目を向ける子軒の言葉に息を呑んだ。

 見た目は相応の子供ではあるが、その眼はどこまでも強い覚悟と責任感が宿っており、気づけば遙は浮かせかけた腰をすとんと落としてしまう。

 遙の人生は言ってしまえば良くも悪くも平凡。死を覚悟するような決意も、命を懸けてでも何かを成そうという気迫も、必要とされることも持つ勇気も無かった。

 年下にも関わらずそのような覚悟を、素人の遙にも伝わってしまう程の力強さで滲ませる子軒の様子に、遙は黙り込むほかなかったのだ。


「僕達が貴方がたの戦力として求められている事は分かりました。ですが、僕達の目的はあくまで四異仙会の中華における足がかりの破壊です。貴方がたの抗争に最後までお付き合いする事は出来ません」

「ええ。それは理解しております。我々としましては、四異仙会が豊崙から退去してくれさえすればそれで構わないのです。私達にはない武力によって貴方がたがそれを成す。我々からは豊崙内における皆様の活動の支援と拠点、物資の手配などをさせて頂くつもりです」


 虚己が口にした契約内容は黄泉路達としても願ってもないものだ。

 こうしたスラムともいえる場所で地元に強いパイプを持つ組織の協力が得られるならば、拠点の安全度も格段に上がる上、姫更に物資を運んでもらう手間も少なくて済む。

 姫更に頼った流通は確かに強力ではあるが、昨今の対能力者技術の向上は空間系能力者に対する感知にまで手が伸びん勢いがあり、加えて姫更は能力があったとしても肉弾戦闘などできない少女でもある。その為、姫更が前線に出てくる機会を減らせるのならばその方が黄泉路達としても有難いのだ。


「我と同盟を、結んでほしい。頼ム」


 子軒の同盟という言葉に虚己が訂正を入れなかったことから、崙幇が黄泉路達を対等な相手として手を結びたいという意思を察した黄泉路の答えは決まっていた。


「こちらこそ。よろしくお願いします」


 右手を差し出す黄泉路のあまりの返答の速さ、即決振りに俄かに目を瞬かせた子軒であったが、すぐに気を取り直して手を差し出して握手に応じる。

 安堵からか、仄かに緊張が和らぐ虚己。優雅にお茶に口を付ける彩華。眩しいものを見る様な、疎外感を噛み締める様な、何とも言えない表情で子軒と黄泉路を見つめる遙。

 様子を見ていたそれぞれの反応は、彼らの立ち位置を如実に表すものであった。

 どちらからともなく握手を解いた黄泉路達に、虚己が恭しく腰を折る。


「本日はこのまま当館にお泊り下さい。明日には拠点として運用可能な物件の候補をお持ち致します。その他、ご入用なものがございましたらお申しつけください」

「ありがとうございます。お世話になりますね」

「ひとまず部屋にご案内いたします」


 虚己の案内に従い、黄泉路達はそれぞれの客室へと向かうのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一次選考の突破おめでとうございます! 連載を続けられてもう七年目になるのですね。月並みな言葉ですが、すごいことだと思います。 作中では舞台が日本から異国に移り、今までとは違う雰囲気で毎週…
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