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11-8 広がった根

 外で寒々しい風が吹きつけ、窓がカタカタと小刻みに揺れた音を立てる。

 降雨量も少なく、乾いた風が枯れ葉や細かな砂を巻き上げて流れて行くのを眺めていた黄泉路は、頭の片隅で耳を傾けていた午後のニュース番組が自身にも関係のある話題を取り上げている事で注意を其方へと向ける。


『続いてのニュースです。14日未明、東都埠頭で発生した能力者同士による抗争と思われてる事件について――』


 埠頭に潜伏していた外国マフィアの手先を倒し、警察に通報して後の処理を丸投げしてから数日が経過していた。

 平日という事もあり、学業を両立させるつもりらしい彩華や、黄泉路自身がそうして欲しいと要望したが故に学業を優先している廻はこの場にはいない。

 とはいえ、帰宅にかかる時間は姫更の転移によってほぼ0であるため、そう遠くない内に帰っては来るだろう。

 標と歩深は上階にてマフィアの事務所側から奪取してきたデータや書類の解析を進めており、人並みに出来る程度の黄泉路はついていくことが出来ず手持無沙汰になっていたが故の空白時間であった。


『警察の調べによりますと、能力者の衝突が起きた埠頭の倉庫からは多量の違法薬物や覚醒器の劣化模造品をはじめ、多数の物品が押収されたとのことです。同日、付近の倉庫を借用していた中華国籍の貿易会社へと家宅捜索が入り、複数の闇取引を記録した帳簿が発見された事からダミー企業であった可能性が浮上しており――』


 報じられているのは、つい先日黄泉路と彩華が違法物資の集積所である現場の倉庫を。裏を探る為に歩深と姫更、廻が事務所を襲撃した中華マフィアの一件についてだ。

 黄泉路がやりたいことを挙げた際、カガリや美花の捜索やリーダーの居場所を探すといった活動に並行し、かつての夜鷹や三肢鴉がそうであったように、一般人を守るための活動もやっていきたいという主張の下に始まった活動だが、昨今の風潮は黄泉路の想定していたものをやや斜めに超えつつあった。


『それにしても、また【リコリス(・・・・)】らしいじゃないですか』


 そう、今まさに、ニュース番組でコメンテーターが触れた名前。

 彩華が協力してくれることになり、あえて証拠を残す事で身近な人に気づいてもらえるようアピールしようという廻の提案に沿ったものであったが、こうも大々的に、かつ好意的に取りざたされるとは黄泉路は思いもしなかった。


『最近、闇に紛れてこうした違法組織を相手取って警察の活動に貢献する世直しグループですよね』

『世直しとは言いますが、明確に一般人に被害を与えていないのは【リコリス】と【怪盗】くらいですよ。逆に、【地均し】なんていうはた迷惑な輩も居ますから、どちらにせよ不法自治活動家(ヴィジランテ)という他ないでしょう』

『では、ここで街の声を聞いてみましょう。VTRどうぞ』

『はーい。巷の100人に聞きました! 今世間を騒がせている世直しの動きについて、世間の人々はどう考えて居るでしょうかー!』


 画面がスタジオから切り替わり、予め収録していたのだろう街頭の映像に差し変わる。

 マイクとボードを持った女性が町行く人に声をかけ、ボードに書かれたお題について回答するという、よく取られる手法のようであった。


『最近話題の世直しについてお聞きしたいんですが……』

『ありがたいですよね。普通に生活している私達には関係ない所で悪いことが取り締まられるなら良い事だと思います』

『良くないと思いますよ。結局は暴力でしょう? 警察とか、自衛隊とか。あと、対策局なんてのもあるじゃないですか。あれらがちゃんと仕事をしてくれればいいんじゃないですか?』

『【リコリス】推しです! 現場に造花を残す芸の細かさとか、一般人は傷つけない所とか、きっと可愛い女の子ですよ!』

『あ、ありがとうございましたー。賛否両論の中でも、一般人として暮らしている分には関係がないという意見が多く見受けられましたね。それでは、スタジオへお返しします』


 老若男女が入り混じって回答する切り貼りされた動画から、再び画面が切り替わる。

 スタジオでは打って変わって日本から世界中へ広がりを見せる能力に対する時流の流れを説く能力研究専門家だという人物や、昨今の犯罪事情に対する政府の動きを批判的に語る政治評論家、世直しという話題性を盛り上げたいコメンテーターという、三者三様の思惑が絡まる雑談が交わされていた。


『町のこうした意見を聞くと、能力者が身近になったのを感じますね』

『ええ。それ故に、力を持て余した若者たちが昨今の不法自治活動家たちの影響を受けないか心配です』

『周辺被害も大きい【地均し】はともかく、鮮やかに内部資料のみを盗み出して警察に送り付ける【怪盗】や圧倒的な制圧力で鉄の華を作り出す【リコリス】なんかはまさにダークヒーローという感じですからね。若者が憧れる気持ちは分かります』


 最近、幾度となく持ち上がるこれらの話題を、黄泉路は何とも言えないものを内心に抱きつつ小さく息を吐いた。

 確かに、多少なり注目が集まれば良い程度で残した証拠だ。

 だが、ここまで過熱的に報道されたり、一般人にもてはやされるようなことは予想外で、さらに自分たちが原因で世直しの模倣犯が増えているなどと報道されてしまっては黄泉路としても困ってしまう。


「(勝手に影響を受けた、と言っちゃえれば楽なんだけどね)」


 事実そうであったとして、それで納得するかどうかは世間の目の勝手な所であり、恐らくは今後も何かと槍玉に挙げられるだろうと考えると、彩華の能力で記号を残すのは軽率だっただろうかと考えてしまう。

 なにしろ、彩華は未だ現役の高校生であり、つまるところ、一般社会での生活を一切諦めていないということに他ならないからだ。

 以前黄泉路自身が言った、復讐したその後、背負って生きる覚悟を彩華なりに見出した結果なのだろうと納得すると同時に、今なお巻き込んでしまっている事に申し訳なさを感じてしまう。


「はぁ……」


 流入して歯止めの利かない他国勢力、見つかるかもわからない希望に縋ってそれを仲間にまで甘えてしまっている現状、そしてさきほども頭をよぎる彩華の事情が頭の中で絡み合い、黄泉路は思わず、改めて大きく息を吐いた。


『なーにしょぼくれてるんですかー』

「っ。……標ちゃん」

『はいはいー。みんなの心の雑談(・・)窓口、標ちゃんですよぅ』

「歩深も、いるよ」


 ソファにもたれるようにしていた黄泉路の背後にやって来た気配と頭に響く声に、黄泉路は一瞬身動ぎをして其方へと振り返る。

 部屋着のラフな格好で髪も纏めずに黄泉路を見下ろして呆れた様な表情を浮かべる標と、その隣で黄泉路の物憂げな表情が気になるのか、じぃっと覗き込んでくる歩深に、黄泉路は改めて声をかける。


「どうしたの?」

『はい。さっきニュースでやってた一件でですねー。やっぱりありました(・・・・・・・・・)

「ん。歩深が見つけた」

「そっか。歩深ちゃんはすごいね」

「歩深は出来る子なので!」


 えっへん、と。胸を張る様なポーズをとる歩深の頭を撫でた黄泉路は、それで、と。標へ視線を向けて話の続きを促す。


『はい。私達が潰した組織は大小合わせて20超えましたけど、その内8つから出て来た同じ符丁に加えて、今回はちょっと管理が杜撰だったみたいでやりとりしてた先まで割れました。やっぱり複数組織を裏で纏めてる組織があるみたいです。ただ、どんな思惑があって国籍もバラバラなマフィアが纏まってるかはぜんっぜんわかりませんでした。なんせ日本に来てるのって末端も末端ですからねー』

「……だとすると、僕達だけで何とかするにも限界があるよね」

『そうですねー。ただ、これに関しては国に丸投げっていうのも難しいかもです』

「どうして?」


 難色を示す標に問いかける黄泉路に応えたのは、横で話を聞いていた歩深であった。


「拠点が海外にあるからだよ死なない人」

「……ああ。外交的な問題で」

『です。ぶっちゃけ組織的に日本そのものを狙う様に暗躍している以上、国際テロ組織とでも言って協力要請すればいいんでしょうけど、最近の政府がそれをやってないとは思えなかったんで、ちょっと探ってみたんですよ』

「それで、思わしくない感じだったの?」

『一応国としては動いてるみたいなんですけど、なんせ相手も自国にテロ組織があるなんて認めたくないでしょうしねー。日本の要求をのらりくらりかわしてる所を見るに、組織そのものとつながりがあるのか、それとも公的な場でテロ組織の温床になっている事を認めたくないだけなのか』

「どちらにせよ、国に紐づいてる警察や対策局じゃ手が出せない」

『です』


 黄泉路も途中で至っていた懸念がそのまま現実として横たわっている事を肯定する様に標が短く言葉を返す。


「結局、今のままだと焼け石に水ってことが分かったくらいかな?」

『あ、でもでも、組織そのものは潰せなくとも少しはマシになる可能性もありますよぅ』

「……?」


 世界規模の多国籍組織を束ねる大組織、そんなものに一時的とはいえ打撃を与える策が果たしてあるのだろうかと、思わず怪訝な顔をしてしまう黄泉路に、標は得意げにチッチッチッと口元に指を立てて振って見せる。


『組織の全体像は分からない程に大きくとも、目的地が日本である以上、送り込んだりやりとりしたりするには物理的な距離の問題がついてまわります。これが大陸内の国でどこへでも陸路が繋がっているならまだしも、島国ですからね。前線拠点は近くないと機能しませんし』

「……中華?」

『はい正解!よみちんに50ポイント!』


 きゃっきゃ、と。何のポイントだかわからないものを進呈する様に頭に声を響かせる標に、もう少し真面目な話の雰囲気だったような気がするんだけどと、黄泉路は困惑顔を浮かべてしまう。

 そんな黄泉路の困惑を他所に、標は黄泉路に今後の方針をどうするか提案を投げかける。


『どうも、前指導者がゴリ押しした都市開発計画の残骸っていったら良いんですかね? 山の中を繰り抜いて峡谷を挟んだ壮大な都市を作ろうとしたらしいんですけど、完成間近の段階で今の指導者に派閥ごと挿げ変ってしまったらしく、あとは入居者を大々的に誘致するだけだった都市だけが遺された廃都とでもいうべき場所があるらしいんですよ』

「……そこにならず者が集まって不法占拠してるって感じ?」

『大体そんな感じですねー。地元でも有名な激ヤバスポットらしいんですけど、最近になって国籍もバラバラな外国人の出入りが目立つという噂もありますし、今回手に入れたデータにもばっちり直近で会合に使った場所として記録されてました。いやー、杜撰な管理万歳!』

「あはは……」


 敵の瑕疵を有難がるのはどうかと思う、と。黄泉路は控えめな苦笑を返すに留めつつ、標の話を整理して頷く。


「……とにかく、そこが前線基地みたいになってるから、叩けば少しは沈静化するって考えて良い?」

『恐らくですけど、他にも中小拠点はあったとしても、それほどの大規模な拠点をやっつければ暫くは小康状態になるんじゃないでしょうか』

「多くの組織を纏めているデメリットだね」


 こと、裏社会の人間は面子や身内の利益を優先する。

 ただでさえ国籍も懐も違う組織同士が多数手を組んでいる現状だ。小競り合いの様なトラブルも絶えないだろうが、もし互いに不可侵としている拠点が襲撃を受けた場合、その責任の所在を巡って大きく足並みが乱れる事だろう。

 確かに、そういった目的であれば黄泉路達の少人数でも手を出してみる価値はあると考えると同時に、黄泉路は逡巡する様に口を噤む。

 ちゃっかり黄泉路の隣へと座った歩深が眺めるテレビの音が大きく聞こえる様な沈黙。そこへ、ふっとリビングに新しい人影が飛び込んでくる。


「こんにちは。どうしたの、そんな神妙な顔をして」

「ああ……彩華ちゃん。おかえり。廻君と姫ちゃんも」

「……ただいま」

「はい。ただいま戻りました」

「ん。ただいま」


 現れたのは、姫更の転移によって自宅から飛んで来たらしい、こちらもラフとは言っても第三者に見られても恥ずかしくない程度に身嗜みを整えた彩華と、まさに学校帰りそのままと言った具合のブレザー姿の廻であった。


「それで。またひとりで悩み事かしら?」

「ああ、うん。そういう訳じゃないんだけどね」


 廻が手際よくお茶を入れ始め、姫更がそれを手伝い始めたのを横目にみつつ、黄泉路はこれまでの標とのやりとりを彩華へとかいつまんで説明すれば、彩華はやや呆れた様な――言ってしまえば、最近ではよく黄泉路が向けられる――視線を向けて口を開く。


「大方、これ以上私に迷惑かけられないとか、皆を巻き込むのはどうなのかとか。そんな事でしょう?」

「わかる?」

「わかるわよ。大体、正義の味方ごっこだって、三肢鴉からのやり方で証拠を置いていったら他のメンバーが気づくかもって始めた片手間じゃない。それでも手伝ってるんだから、今更文句も何もないわよ」

「でも、今回のは危険が高いし」

「……はぁ。今までだって十分危険でしょうに。それとも、私はお留守番していた方が良い?」

「あ、いや……その……」


 たしかに、黄泉路単独の方が身軽である事は確かだ。

 だが、今の黄泉路に彩華の様な大規模制圧能力があるかと言われれば、持続力に難があるとしか言いようがなく、彩華の協力があるに越した事はないのは事実である。

 ほとんど言い負かされる形で、しかしなおも迷う様な素振りを見せる黄泉路に、湯気の立つ紅茶をカップで持って来た廻が声をかける。


「何も全員で行く必要はないんじゃないでしょうか。標さんはそもそも後方支援ですし、僕もこちらでやらなければならないことがありますし、此方の護衛戦力として歩深さんも残って貰う方が良いと思います」

「……僕はそれでいいけど、彩華ちゃん、学校は?」

「もう出席日数は足りてるし、今更何週間か休んだとしても早めの冬休みみたいなものよ。期末試験も問題ないしね」


 どうやら、迷っているのは自分だけだと悟った黄泉路は差し出された紅茶を口へと運び、少しの間落ち着かせる様に香りを含んでから決意をもって口を開く。


「彩華ちゃん。協力してほしい」

「ええ。構わないわ」

『はいはい! じゃあ早速、楽しい楽しい密航計画を立てちゃいましょうー!』

「おー!」

「おー」


 シリアスな空気を払しょくする様に、あえてふざけた調子で音頭を取った標に追従する年少組の声がリビングに響く。

 暖房とは違う、暖かな空気に思わず表情を緩めかけた黄泉路は、今後行われる予定の取引の船に便乗する計画を話し出した標の温度差についていくために意識を集中させるのだった。

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