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11-7 リコリス

 大型の倉庫や貨物が犇めく埠頭を満たす夜闇が海岸線から昇りくる朝日によって払拭されてゆく中。

 普段であれば多くの企業が本格的な業務を開始する前の時間帯である為、人の数も多くなくさほど騒がしくもないはずだが、今日、この日に限り、埠頭一帯は蜂の巣をつついたような喧噪に包まれていた。


「こちらの班に人員を回してください!」

「こっちも人手が足りてないんだ!! そっちでなんとかしろ!!!」

「あ、おいっ、逃げるな!! 公務執行妨害で現逮だ!」


 大通りは勿論のこと、倉庫と倉庫の間、コンテナの山と山の間といった細かな隙間に至るまでを埋め尽くすのは、レシーバーを手に同一の制服を身にまとった集団であった。


「永冶世課長! こちらに居たんですね」


 埠頭の巡回というには人数も顔つきも相応しくない警察の大規模動員によって、元々多種多様な白黒(・・)入り混じった企業、団体の倉庫が並ぶ地域だった埠頭が右も左もないような大騒ぎに包まれている中、今回の発端ともいえる事態の中心地に足を運んでいた男性に背後から声がかかる。

 振り返った男は鋭い黒目でそちらを見やる。清潔感のある短めの黒髪が顔立ちに良く合っているものの、先に呼ばれた肩書を思えば実年齢よりも若く見られる傾向がある外見は当人にとってはややコンプレックスにもなっていた。

 今もなお解体作業(・・・・)の真っ只中である倉庫の入口から一歩入った地点で屋内を眺めていた永冶世は、駆け寄ってきたスーツ姿の年上の男性へと応じ口を開く。


「ああ。ご苦労様です。何か発見が?」

「課長……私達のトップなんですから敬語はやめませんか」

「立場上そうだとして、それで若造が見合わない立場で威張り散らしていると取られても困りますからね」

「そんな奴ぁ対策課(ウチ)には居らんでしょう」

「さぁ。人の内心なんて当人にしか分からないですからね」


 スーツの上からでもわかるほどに逞しい体躯の年上を相手に気安く話す永冶世へ向けられる視線は様々だが、公安へ移る前から警視庁の一部ではある程度名を知られている永冶世へと向けられる視線に悪感情はさほどなく、作業中であった者達は一瞬目を向けるのみで再び作業へと戻っていく。


「それで、何かありましたか?」

「ええ。はい。別働から連絡がありまして、事務所の方も同様(・・)だそうで」

「今回も手掛かりは?」

「……お察しの通りです」


 年上の部下からの報告に永冶世は空を見上げようとして自身が倉庫の中に足を踏み入れている事を思い出し首を振る。

 この所起きている“世直し事件(・・・・・)”の厄介さに永冶世は思わず深々と溜息を吐く。

 というのも、政府が能力関係の法律を制定し、対策局と公安能力対策課を設立して以降、日本の裏社会に巣食っていた国内勢力が大きく減退したことを受けて流入してきた他国の勢力に頭を悩ませ、対応に日夜奔走して所へ、対策局や対策課、ましてや政府関係者ですらない匿名の民間人(・・・・・・)によって頭を悩ませる他国勢力が壊滅させられるという事件(・・)が多発していた。

 政府をはじめ、他国勢力に頭を悩ませていた所に助力が得られた事の何が問題なのか。そう見る向きもあるだろうが、ことはそれほど単純ではない。

 匿名の民間人の善意と言えば聞こえはいいが、やっている事は結局のところ、非合法な暴力的手段による破壊行為だ。

 当然、それが能力者の手によるものならば対策局や公安対策課としては犯罪として逮捕ないし拘束、指導せねばならない。

 善行だろうが法を逸脱している以上は裁かねばならないというのは永冶世としても強く抱いている事でもあるし、もし本当に現状を憂いての活動であるならば、能力者ならば対策局に志願していればいい話である。

 それらの観点から、匿名民間人による他国マフィア壊滅という事件そのものは決して喜ばしいものではないのに加え、このまま匿名民間人の特定が出来ずに放置していた場合、何のために政府や警察が能力対策の法案や組織を設けたのかという威信問題にも繋がってしまうだろう。

 否、既にその風潮はじわじわと火が付き始めており、現在も建物の外へと耳を澄ませば警察のヘリの他に、警告を無視して飛び回る報道ヘリのやかましいプロペラ音が聞こえて来ていた。


「……各所マスコミへの対応は?」

「今回も地域一帯に規制線を敷いて交通安全課の協力の下に遮断してますが……」

「完全に遮断する事は難しいか」


 現場に踏み込もうとした際、永冶世はこの地域一帯を封鎖するための規制線に群がるマスメディアのカメラの群れを見ており、それらが今回も面白おかしく囃し立てるだろうことに顔を顰めてしまう。


「なにせ今回は【リコリス(・・・・)】ですからね。()のある話題が大好きなマスコミも必死ですよ」

「絶対にここの絵は撮らせないよう徹底してください」

「了解してます」


 部下の面白くもない掛詞に首を振って、永冶世は屋内に広がる光景を睨む。


「相変わらず、やることが派手ですよね」

「これも何らかの意味があるんでしょう」


 同じく、並ぶように屋内に広がる鉄の植物園を見上げる部下に同意を示した永冶世は目の前の現象を引き起こした能力者について思考を巡らせていた。

 木箱を積み上げて迷路を作ったような倉庫の中を埋め尽くす様に這い巡った鈍色の蔦が何処かから差し込んだ僅かな陽光を受けて反射し、それが別の蔓や葉に映っては反射して屋内を淡く照らす。

 所々で咲いた花はどれも精巧で、色さえ正しく配置されていたならばさぞ見ごたえのある風景だと言えただろう。

 だが、実際には鈍く光を反射する鉄色のそれらは蔓や蔦、葉や花弁のひとつに至るまで、総てが鋭利な刃によって構成された危険極まりない代物である。

 こんな事が出来るのは物質変形や生成を行える能力者に限られるが、しかし、刃を作るだけならば花である必要性はなく、この建物の中心に倒れていたマフィア構成員たちを拘束しておくだけならばその周囲だけを剣山の様にするか、服を縫い留めるなどすれば良かっただろうことは明白であった。

 にも拘らず、この能力者、または集団は犯行後には規模の大小はあれど必ずこの様な花を模した刃を現場に咲かせて置いて行く。

 かつての日本の墓地などに見られた光景になぞられて、死者の上に咲く彼岸花(リコリス)を題したコードで呼ばれるようになった推定彼らは、その犯行後のビジュアルの見栄えの良さからマスメディアに頻繁に露出する存在になりつつあった。


「とはいえ、能天気に騒げるだけ騒ぎたいメディアからすれば犯人像を面白おかしく盛り立てるための飾りにしかなっていないみたいですがね」

「問題は、そうやって非合法の治安自治(・・)活動が容認されている様な空気感が世間に流れつつあることでしょう」


 今回は特に大規模であるが故、完全な情報封鎖は出来ないだろうと半ばあきらめの境地に至ってしまう永冶世に、部下の言葉が無自覚な追撃をかけてくる。


「最近だと【リコリス】に影響されてか、【地均し(・・・)】も前以上に活発化してますからね」

「ああ……【地均し】に比べればリコリスはまだ配慮があるというのも、頭が痛いところですね」


 部下が挙げたコードネームに、永冶世は今度こそ本気で顔を引き攣らせる。

 リコリスに並んで話題になりやすい匿名の犯罪組織潰し集団だが、リコリスと違い、此方はそこまで好意的に受け入れられていない。

 それというのも、リコリスは曲がりなりにも治安自治、犯罪者や犯罪者の持つ敷地のみを対象に綺麗に箱に収めたように犯罪者とそれに類する物のみを捕縛、破壊して匿名通報による警察の動員で後片付けをさせるのに対し、地均しは名の通り、総てをまっさらに均して(・・・)しまうことからきている。

 そこに居たであろう犯罪者も、犯罪組織が所有していた建物も、違法な物品も、一切合切をこの世に存在しなかったかのように更地にしてしまう。しかも、多少の誤差は許せとばかりに標的となった土地の周囲にまで余波をまき散らす程に圧倒的な火力でそれを成してしまう。

 反面、自分たちは良い事をしたのだと言わんばかりに後日警察宛てに壊滅させた組織が持っていた取引情報や違法物品などが送り付けられるのだから、それらを一々照会して事後処理をしなければならない警察の側にもなれという話である。


「今回のも広まればますます模倣犯も増えそうで……。ああ。今から有給ってダメですかね?」

「無理に決まっているでしょう。諦めてください」

「まぁ、私が有給取る前に課長が溜まった有給を消化するのが先でしょうね」

「……考慮しておきますよ」


 活動開始時期こそ地均しの方が先であるものの、最近はより善性であることが分かりやすいリコリスの登場によって非合法自治活動家――所謂ヴィジランテが容認されつつある空気も後押しし、彼らに続こうという模倣犯も増え始めている事も、警察組織、ひいては能力関連の犯罪を一手に引き受ける公安部能力対策課の悩みの種であった。


「じゃあ、私は彼奴らを警察病院に叩き込みながら聞き取りしてきます。課長はどうします?」

「そちらはお任せします。自分は寄り道してから本部に戻ります」

「了解」


 漸く刃の森林の開拓が進んだ様子で、傷だらけで瀕死の状態の男たちが運び出されるのについて行った部下を見送り、永冶世は携帯を取り出して着信を確認する。


「(……常群君はまた危ない橋を渡るつもりだろうな。次に会う時に釘を差せればいいんだが)」


 何の兆しもないそれを再び懐へと仕舞うと、自身が車を止めた埠頭側の路地へと足を向けた。

 最終履歴が数週間前で途切れてしまっている同盟者を案じる様に息を吐けば、冬の冷たい空気が白く染まって朝日を照り返しながら宙に溶けて行く。

 ややあって、自身の車に乗り込んだ永冶世はカーナビのテレビを起動して、つい先ほどまで自分が居た場所を熱心に報道するライブ中継を流しながら車を発進させるのだった。

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