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11-6 新生夜鷹4

 金属がぶつかり合った時になる様な甲高い撓んだ音が響く。


「っ!」


 振り向きざまに不意打ちを防いだ彩華は距離を取らせる様に足元から鉄の茨を生やす。

 極太の有刺鉄線にも似た金属の茨が浜に打ち寄せる波の様に広がり、下手人の影がそれを警戒してさっと身を引いた。

 そうして先ほどの攻防に巻き込まれず、窄められた範囲のみを照らす様に置かれたランタンの光源へと戻った相手を見て、彩華はハッと息をのんだ。

 薄暗い中、足元に広がる様な淡い明かりに照らし出されるように浮かび上がる男のシルエットは、一言で表すなら()だった。


「珍しい能力――って訳でもないわね」


 先ほどまでと変わりない、汚れと使用年数からくるよれ(・・)で野暮ったさの増したズボンとシャツ姿の男だが、寒さから着込んでいた古びたコートの右袖がシャツ諸共に肩口から無惨に裂けて腕が露出している。

 おおよそ一般的な成人男性の腕とはとても思えない、まるで、熊などの大型の動物の腕が肩口から生えている様な歪さが男のシルエットを歪ませていた。

 通常であれば獣に由来するような部位へと身体が変質する能力はその機能を十全に使う為、変化に乏しい箇所まで合わせても全身に影響が出る場合が多い。

 だが、今まさに彩華の前で腕をだらんと下げたまま警戒する様に明かりの下に身を置く男の姿は先ほどと変わらない、ただ、腕だけが異様に大きく、分厚い毛皮に覆われて手の先からナイフが如き鋭い爪を明かりに反射させている。

 まだまだ近接戦闘が巧みとは言えない彩華でさえ、あの腕の大きさと重量は男が支えるには難しいだろうとすぐにわかる。

 重心が明らかに腕に引きずられている男を眉を顰め観察していた彩華は、その周囲でふらりと蠢く気配に視野を広げて警戒を強めた。


『ぐ、ぅ……!』

『あぁ、ぁ……』


 ふらり、ふらりと。

 先ほど彩華が四肢を切り裂いて刃の花畑へと沈めたはずの男達が、刃に手をついて裂けるのも構わず立ち上がる。

 その眼は暗がりの中でも明らかに焦点の合っていない虚ろなもので、そうして立ち上がった男達の身体もまた、先程襲い掛かって来た男と同様に歪さが現れた異様な姿であった。

 あるものは先に立ち上がった男と同じく片腕のみが変化し、爬虫類を思わせる硬質な鱗に覆われている者。

 またあるものは、片足のみがズボンを裂き、靴を破壊して刃を力強く踏みつぶして立つ強靭な馬の様なものに変っている者。

 口元が裂ける様に広がり、人の物ではない鋭い牙を覗かせるだけの者など。

 腕のみが変化するのはまだギリギリ、攻撃に使う部位のみを変化させたと説明を付けることも可能だろう。

 だが、片足のみが変化するなどという行為に合理性はない。出力も長さも違う左右の足はただ歩くだけでも苦労するのは目に見えており、わざわざ片足だけを変化させるよりは両足を変化させる方が有意義であるのは考えるまでもない。


「(それでも、1ヵ所だけ変化させているのはそれだけしかできない(・・・・・・・・・・)から?)」


 冷静に、足元から生えた鈍色の茨に手を這わせ、床から切り離したそれを手元で瞬く間に茨の装飾が付いた牛刀へと作り直しつつ、彩華は男たちの能力について考察する。


「(想念因子結晶が混ざった麻薬、結晶の摂取量が少ないから、もしくは、麻薬による思考力の麻痺からくる物……?) ――どちらにせよ」

『アアァァアッ!!』

『グルルアァァ!!!』

「薬で失う程度の正気で私に勝てると思わないで欲しいわね!」


 ザリザリザリッ!

 強く踏み鳴らした彩華の足元、すぐ傍の床が隆起して、囲んでいた蔦を振りほどいて傷だらけのまま飛び掛かってくる男達を阻む様に鈍色に光る金盞花の大輪が咲き誇る。

 つい先ほど銃弾を受け止めた菊の花のように、男達へ向けて咲き誇った金盞花の花弁一つ一つをなす刃の群れに、男達の熊の様な剛爪が、鑢の様な鱗が叩きつけられる。

 太く強く根を張った金盞花の大輪が僅かに押し込まれ、しかし、彩華へと届くよりも先に男達の突進による勢いが削がれて一瞬の静止が生まれ、


「《刃廻金盞花(はめぐりきんせんか)》」


 彩華の詠う様な一声により、大輪が牙を剥く。



 ギャリリリリリリリッ!!



 金盞花の花弁が男達の腕を巻き込む様に高速で渦を巻いて蠢いて、金属が擦れ合う不快な音が高らかに鳴り響かせながら男達の腕を切り刻む。


『ガアアアアアアアアァァァッ!?』

『ギ、イイイギイイイイッ!!!』


 大型加工機に腕を挟んでしまう事故を彷彿とさせるような惨状が金盞花を赤黒く染め上げ、足元を占める金属の茨たちに同色の水をやる。

 赤黒い水溜まりが隆起し、まるで水を受けて成長する様に伸び始めた刃の花が痛みから身体ごと退いた男達を追う。


「(見た目で誤魔化せてもこの性質だけは変えようがないのよね。まぁ、これが私と言われれば納得するしかないのだけど)」


 彩華は自らの能力を、非常に凶暴な能力(・・・・・・・・)だと自認する。

 無機物であると――生物でないと認識していれば、自身が触れているものを起点にあらゆるものを作り替える能力は、生物を直接どうこうする力こそないものの、それが一度生物から離れてしまえば、それこそ現在の様に、相手の流した血液ですら、相手を更に追い詰める為の武器として作り替える事すら出来る。

 彩華が能力の形を花として固めることが多いのは、彩華自身がイメージしやすいという点の他に、そうした凶暴性に対する取り繕いという意識が多分に含まれている。

 取り繕った所で血生臭い物騒な花であることには変わりないが、彩華はそれでもかまわないと思っていた。


「薬に頼っても痛いのも怖いのも変わらないわよ。麻痺してても、死ぬときは死ぬんだから」


 入れ替わる様に、仲間の腕が削ぎ落されるという大惨事を見た上でなお攻めて来る残りの男――片足の男と大口の男だ――に対し、彩華は再び靴のつま先で床を叩く。


「《飛刀牡丹(ひとうぼたん)》」


 男たちの腕を飲み込んだ金盞花がぐにゃりと姿を変え、大輪の牡丹が花開く。

 それは1輪に留まらず、彩華と男達を隔てる壁の如く2輪3輪と咲き誇り、


「不意打ちでもなきゃそもそも近づかせたりしないわ」


 ジャギンッ! と、彩華の声に呼応する様に牡丹の花弁が爆散して、その広く薄い花弁を象っていた刃が大口の男と片足の男は勿論、その背後に退いたはずの腕無しの男達まで巻き込む様に放たれる。


『ガッ!?』

『ゴガッ』


 短い悲鳴。薄いとはいえ、大型に分類される包丁類よりも巨大な刃が勢いよく突き刺されば刃以上の硬度があるわけでもない男たちは血をまき散らしながら吹き飛ばされてゆく。

 もしこの場に第三者として見物する物が板ならば、彩華が牡丹と称したそれは横向きに刃が飛ぶ断頭台と呼ばれてただろう。

 唯一の違いは、相手の首を固定しておらず、また、彩華自身も首を狙ってはなったわけではないという点だけだ。

 当たり所の悪かった大口の男は脇腹をバッサリ切り裂かれ、それでもなお刃の重みに身体を曳かれて崩した重心に足がもつれて盛大に刃の茨へと身体を沈めてしまい、片足が馬になっていた男はその自慢の馬脚のみを残して人体だった片方の足の太ももに大振りの刃ががっぷりと噛み合ってしまって、同じようにバランスを崩して茨の中へ身体を沈めてしまう。

 花弁を射出した事でさっぱりしてしまった牡丹の茎を除け、彩華は握った牛刀を倒れた男達へと向けて振りかぶる。

 切りつける、叩きつけるというよりは、突き刺す様な動作で向けられた牛刀が男達の方へと真っ直ぐ向いたのと同時、牛刀の刀身が植物の成長を早回しにしたように伸び、男達が倒れている中間へと突き刺さる。


「(媒介無しに遠隔で操作するのって手間なのよね)」


 牛刀が刺さった場所が波打ち、溢れ出した鈍色の蔦と茨が倒れ込んだ男を繭の様に包み込む。

 先ほど起き上がって来たことを念頭に、ついでに先ほど切り裂いてしまった傷口から出血死しないように簡易的に止血した彩華は、残った片腕の男達へと目を向ける。

 入れ替わるように前に出た大口と馬脚の男達が盾になったお陰で、ふたりほど大きな怪我は負わなかった男達ではあるが、既に片腕が削ぎ落されてしまっていることには変わりなく、かといって残った片腕を能力によって変化させることも出来ないらしく痛みに正気に戻った様子で呻いている男達へ、彩華は刀身を縮めて手元に引き戻した牛刀を向ける。


『ま、まってくれ!! 降参する!! 助けてくれ!!! 頼む!!』

『俺達が何をしたってんだよぉ……痛ぇよぉ……』

「……何を言ってるかは何となく理解できるけれど」


 残った片腕で身振り手振りで無抵抗を主張する男達に、牛刀を構えたままの彩華は小さく嘆息する。


「前科があるからしっかり縛らせてもらうわ」


 ぎゅるり、と、再び伸びた牛刀が男達の傍へと刺さるなり、溢れ出した蔦が残るふたりを急速に飲み込んでゆく。


『あ、あ、あ、ああああああッ!!』

『いやだ、死にたくない、助けて――!』

「殺さないわよ。死んでしまうことにまで責任は負えないけれど、あえて殺すつもりもないもの」


 鈍色にランタンの明かりを照り返す蔦が男達を飲み込む間際、彩華の静かな声が男達の悲鳴を飲み込んだ。


「さてと」


 戦闘を終わらせた彩華は、再び手元に戻した牛刀を手放し、天高く掲げる。


「とりあえず蓋をしておきましょうか」


 宣言した直後。彩華の手にした牛刀に足元から伸びて来た蔦が柄に接続され、その刀身がぎゅんと天井へ向けて伸びる。

 それは天井近くまで伸びると同時に花開くように分裂し、倉庫内を埋め尽くす蔦と接続されながら近くの箱へと絡みついてゆく。

 絡みついた金属の蔦が箱の開閉部を埋めるように溶け固まった金属の様に変化して封となる。

 倉庫全体で蠢くように封印作業が行われ、ものの数分で総ての箱を封じてしまった彩華は牛刀から手を離す。


「あちらはどうなったかしらね」


 彩華が黄泉路が潜入に向かった倉庫の方へと足を向ければ、倉庫内を埋め尽くす蔦達は主人に道を開ける様に除け、彩華が通った後には再び道を塞ぐ様に生い茂って痕跡を濁らせる。

 瀕死の男達だけを残した倉庫の中には、血を吸って咲き誇る大輪が倉庫の主の様に鎮座しているのだった。

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