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11-4 新生夜鷹2

 コンクリート床を強く踏み締めた黄泉路が一足で数メートルの距離を潰して男たちへと肉薄する。

 その初速にギョッと目を剥く男たちに対し、黄泉路は中段に構えた槍の穂先を跳ね上げる様にしながら切り上げた。


『ぐあっ』

『コイツ、物質生成能力者じゃないのか!?』

『距離を取って撃ちまくれ!! 能力者だって不死身じゃねえんだ!! 物量で黙らせろ!』


 丁度、黄泉路の真正面で銃を構えていた男の手を掠める様に槍の穂先が銃を舐め、ザリッ、という鑢で粗く削ったような音と共に自動拳銃の銃身の先端に斜めの切込みが入る。

 幸いにして暴発することこそなかったものの、持っていた男はその衝撃で指をやられたのか、咄嗟に手を放して引き金にかけていたほうの指を庇う様に手を押さえてしまい、破損した銃そのものがくるくると宙を舞う。

 穂先を切り上げた勢いに乗って更に踏み込んだ黄泉路は男の至近距離で槍を回しながら踏み込んだ片足を軸足にしてくるりと身を翻す。


「(引き戻して、勢いは殺さず、円を描くように――薙ぐ!)」


 照明を鈍色に反射する銃身が床へ落ちるより早く、続けざまに鈍い音が響く。

 それは黄泉路が正面の男を薙ぎ払い、長柄にひっかけた男をついでとばかりに隣にいた男に叩きつけて吹き飛ばした音だ。

 男たちは錐揉みしながら積み荷の箱にぶつかって動かなくなる仲間を心配するよりも、少年の体躯からは想像もつかない膂力に目を瞠る。

 一拍遅れ、カシャンと最初に弾いた拳銃が床へと落ちる音と共に男たちが我に返った。


『な、なんなんだこのガキ!?』

『デタラメすぎるだろ、このっ――バケモノが!』


 何を叫んでいるかは黄泉路にはわからない。だが、それが友好を示すものでないことは明白で、その手に握られた拳銃が未だに黄泉路へと向けられ、薙ぎ払いに巻き込まれなかったことを幸いと距離を取りながら発砲してくる様子は降参とも違うだろう。

 であれば。黄泉路がとる行動は変わらない。

 吐き出された熱を帯びた高速の鉄の塊を気にも留めず、実際にそのいくつかが黄泉路の身体を穿ち、その薄い肉体を貫通して抜けてなお、僅かに軸をぶれさせるのみで手近な男へと歩を進める。


『く、おおおおおおっ!!』


 次に倒されるのはお前だ、そう宣言されているも同義である間合いを詰められた男はやたらに銃を乱射して応戦するも、ただでさえ動揺している中での銃撃は黄泉路に命中することすら少ない有様で。

 加え、ただの銃弾では痛打にすらならない黄泉路は男よりも銃弾よりも、自らが手にした槍に注意を割いて感覚を確かめる様な慎重さで振り回していた。


「(手首のスナップで、もっと早く。取り落とさないように気を付けて……こう、合わせて、よし)」


 高速で射出された金属がぶつかる激しい音が連続する。

 やたらに乱射したため、床や棚を支える金属の柱に当たったものが大半。そして、残るごく少数の黄泉路へと向かった弾丸すらも、1発を除いて黄泉路の振う槍によって払われてしまう。

 そうして奏でられた音が止み、熱を帯びた銃身が吐き出した硝煙が黄泉路の振った槍によってさっくりと宙で切り裂かれ、槍を回転させた黄泉路の強烈な上からの一撃が男の脳天に叩きつけられる。

 石突から鈍い痺れが長柄を伝って黄泉路の手指に反動を伝えると同時に男の身体がコンクリートの床へと投げ出され、倒れた男の意識の有無を確認するよりはやく踵を返した黄泉路は残ったふたりへと槍を構える。


『くぅ、こんな所でやられてたまるか!』

『お、おい、何してるんだ!! ブツに手を付ける気か!?』

『ここで殺られたら組織のペナルティもクソもねぇだろうが!』

『ぐ、仕方ない!!』


 油断なく、というよりは、先程1発だけ防ぎ損ねたことを反省しつつ男たちと相対していた黄泉路は、ふたりの母国語による会話が何を意味しているのかを即座に悟る。


『はははっ、これならこのバケモノだって!』

『油断するな、合わせて確実に取るぞ!』


 腕輪型と指輪型、それぞれの覚醒器を装着した男たちが黄泉路を斜めに挟み込み、覚えたての能力を発動させる。

 前方、斜めから重ねる様に打ち出されたのは炎と風だ。

 それぞれは単純に火炎放射器のように吹き付ける火と黄泉路を吹き飛ばす様に面で叩きつけられる強風に過ぎない。だが、それらが組み合わさったことで、男たちも想定していなかったほどの猛火が小規模の火災旋風となって黄泉路を巻き上げる。


「っ」


 その猛火はそれぞれの力量を超え、能力によって発生した火と風は互いに互いを食い合って自然現象のソレへと姿を変え、もはや使用者であった男たちにすら制御の出来ない天然の災害(ばけもの)と化してしまっていた。


『へ、へへへ……これならあのバケモノだって』

『おい、マズいぞ! こんなの俺達じゃ手に負えない! 消火器、いや、消防装置はどうした!?』

『こんな場所についてるわけねぇだろ!』

『ヤバい、ヤバいヤバい! 出来るだけブツを運び出せ!! 今ならまだ間に合う!!』


 男たちも、もはや炎の竜巻と化した災害の中心に立っていた黄泉路が生存しているとは思えず、自分たちが発生させてしまった火事による被害と警察の介入を恐れて何とか被害を抑え込もうという思考に切り替わっていた。

 高熱と炎の濁流が枝葉を拡げた大樹の様に天井まで伸び、這う様に天井の照明を舐め溶かして破裂させる。

 パラパラとガラスが降り注ぐ、渦を巻く炎だけが唯一の明かりと化したその場で、それ(・・)に男が気づけたのは偶然出会った。


『おい』

『あァ!? 何ぼさっとしてんだ! さっさとブツを――』

『あの炎、おかしくないか?』

『何がだよ!? そんなことよりも』

『どうしてあの規模の炎があそこに留まったまま(・・・・・・・・・・)なんだ?』

『――?』


 不意に発された男の声に、残った側の男もまた応じる様に炎の渦へと目を向ける。

 地から舐める様に炎を巻き上げ、渦を巻くように天井を焦がす大木の幹の様な炎の柱。だが、自然現象としてそれが発生した場合、炎によって暖められた空気が膨張し、周囲の空気を飲み込んで加速度的に成長、さらに成長した熱風は纏う炎を周囲にまき散らして燃え広がるという最悪のシナジーによって被害を拡大させる。

 翻って、今の状況は確かに異常だ。屋内という元々風の流れが弱い場所であったとしても、ひとたび火災旋風が起これば屋内の酸素など軽々と消費し尽し、それでもなお拡張を続けた火の手は瞬く間に建物全体を火で包むだろう。

 しかし現在、男たちが屋内で焦ってはいるものの、商品を運び出そうとする程――言い換えれば、自らの身を第一に考えるほどに切羽詰まっていない程度――の余裕を持てているのは、炎の柱が黄泉路を飲み込んだ場所から一切動いていないからだ。

 さすがに天井を伝う炎だけはどうしようもなく、その内火の手に飲まれることは明白であれど、炎の渦が一気に拡散して建物を飲み込むといった兆候がない事から男たちは荷物へと気を配る事が出来ていた。

 そういった異常な前提の下に動いていた男たちの視線は、改めてその異常に気付くと自然と一か所へと向けられる。

 未だ轟々と音を立てて爆ぜる様に燃え盛る炎の渦。その奥で僅かに影が揺らめいている様に見えた男達はまさかと思う。


『……嘘だろ』

『いや、仕留めたはずだ。この火力で焼かれて生きてる奴なんて――』


 不意に、熱風に煽られて炎の渦から舞い上がった塵が男たちの傍を抜ける。

 その赤く発光した塵を火花か煤かと思う男たち、だが、その量が尋常じゃない事に遅れて気づいた男が叫ぶ。


『おい、火花が、赤い塵がおかしいぞ!!』

『っ』


 炎という背景で極端に見えづらくなってはいたものの、濃密な赤い塵の巨腕が複数、左右から炎の渦を抱くようにぐるりと巡り、地から天井付近までを覆う様に絡み合っていた。

 赤い塵の腕が炎を締め上げる様に密度を高め、次第に炎が弱く、鎮静へと向かってゆく。


『な、何を見てるんだ俺達は』


 ぽつりと溢した男の言葉に応えるだけの余裕は、その相方にはない。

 やがて炎の勢いが弱まると、赤い塵の腕がより一層はっきりと見えてくる。

 男たちにとっては炎の向こう。渦の中心か裏側から起点に発生しているらしい赤い塵の腕が、不意に蠢いた。


「ふぅ。焦った……」


 もし炎に神経や繊維があれば、男たちの耳にはブチリという音が聞こえただろう。

 それほどの豪快さを伴って赤い塵の腕が炎を引き裂くのと、少年の緊張感の薄い声が男たちの鼓膜を叩くのは同時であった。

 炎という照明が立ち消えた夜の暗がりを赤い塵の淡い光だけが照らす。

 その中央に立つ槍を携えた少年を抱くように、巨大な腕の様にも見える塵がふわりと広がる様はある種幻想的ですらあった。

 ――それを受け取る男たちの立場がその非現実的な光景をただ美しいと見て居られるものであったならば、だが。


「試運転はこの辺りでいいかな――っと」


 日本語が然程堪能でない男たちには、少年の言葉は分からない。

 だが、その言葉が“手加減は終わり(・・・・・・・)”だと告げている事だけは、次の瞬間身をもって体感した。


『がへっ!?』

『ごっ、ぁ……』


 一瞬の後に接近した黄泉路はその背に携えた塵の巨腕が解けるように消えるよりも早く槍を振う。

 一閃、二閃。槍の穂先が闇を裂くように、銀の残光を残して男たちの側頭部を叩く。

 無論、無力化さえ出来ていれば問題ないと考えて居た黄泉路は穂先を立てて刃ではなく腹を叩きつける事で脳を揺らし、そのまま荷物の箱に男たちを吹き飛ばす。

 その場でくるりと槍を手元で回して遠心力を散らし、残心した黄泉路は動く気配を感じなかったことですっと槍から手を離す。

 途端にさらさらと銀の粒子と化して消えていく槍を見送り、出入口で燃えるドラム缶の焚火の明かりがぼんやりと見える側へと視線を向けた。


「(さて。他はどうだったかな)」


 まずはもう1か所へと向かった彩華と合流しようと、歩き出した黄泉路の足取りは心強い仲間への信頼によるゆっくりとしたものであった。

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