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11-3 新生夜鷹

 東都湾のコンテナが迷路の如く犇めく倉庫街の一角。

 11月の中頃に差し掛かる時節に相応しい刺す様に冷えた空気が潮の香りを孕んで吹き抜ける夜の埠頭はすでに業務を終えた所も多く、水平線を満たす宵闇がそのまま覆いかぶさる様な静寂が広がっていた。

 そんな中でもいくつかの積み荷を集積しておくための倉庫などは機能しているようで、所々にぽつぽつとした取り残されたような明かりが灯っていた。

 その中のひとつ、やや入り組んだ場所に土地を構えた大型の倉庫の前にはドラム缶に可燃ごみや木片、積み荷を梱包する際に出た端材の段ボールなどを詰め込んで火を灯し、焚火の様にしたものの前で屈強そうな男たちが寒さを凌ぎながら雑談に興じていた。

 屈強そう――とはいうものの、その風体は漁師や船乗りを思わせる海の男のそれではなく、どちらかといえばスラムや裏道で見かける様なゴロツキかヤクザもののそれに近く、


『チッ。湿って潮臭ぇし寒いし最悪だ』

『言ってんなよ。賭けに負けたてめぇが悪いんだろうが』

『わかってんだよんなこたぁよ。それでも不快なモンは不快だろうが』


 その口から零れる言葉は日本においては聴き馴染みのない異国のそれであった。

 パチパチと時折水分が残った木片が爆ぜる音が闇夜に響く静かな夜。その闇の中で、男たちへと視線を向ける影がひっそりと佇んでいた。


「……当たりかしら?」

「さぁ。その辺は中まで入ってみなきゃわからないよ」

「見た目で判断するなってことよね。まぁ、わかるのだけれど。見た感じ、あいつら銃持ってるわよ(・・・・・・・)?」


 その声は若々しい男女のもので、暗がりの中に紛れる様な暗色の衣服を身にまとっていた。

 片や、少女の方は濃紺のマフラーに黒い、更に色の濃い黒のケープコートにニット、サテン地で濃淡のある明るめの黒いミディアムスカートにロングブーツという、闇に紛れるというより、黒系のコーディネートの結果闇に紛れやすくなったといった具合なのに対し、少年ともいうべき声の主はどこぞの学生服をそのまま着て来たというような――どちらにせよ、埠頭で見かけるには違和感しかない取り合わせであった。


「よくわかるね」


 拳銃を所持している事を告げた少女――戦場彩華に対し、自身もまたもっているだろうと目算を付けていた迎坂黄泉路が称賛すれば、彩華は至極当然という風に首を振る。


「構造上、あの膨らみ方をしていたら服の上からでもわかるわ」

「普通の女の子はそんなことわからないと思うよ」

「あら。普通じゃなくしたのは貴方でしょうに」

「あはは……それじゃあ、どう分ける(・・・・・)?」


 話題の不利を悟った黄泉路は苦笑を浮かべ、つつっと白魚の様な、闇の中では光源さえあればさぞ浮くだろう白い指を男たちが屯する倉庫とは道の対面にある倉庫へと向ける。

 外目から見て既に明かりが落ち、人が居る様子もない何の変哲もない倉庫。だが、黄泉路の能力の一端である魂を知覚する(・・・・・・)性能が、そこに人の存在を確かに感じさせていた。

 とはいえ、黄泉路自身それが自覚的に行えるようになったのはつい最近のことで、アンテナが一番尖っていた際に起こる相手の魂の声まで聴きとる領域にはまだ至っておらず、そこにぼんやりと何人の人が居る。という感覚だけがあるだけであるが、表向き人のいない倉庫として扱われているにも関わらず、内部に少なくない人が居る倉庫というのは怪しさしかない。

 事前の調査で標によってその倉庫の所有名義も男たちが屯している倉庫と同一である事が判明している時点で内部への潜入は確定時効の様なものだ。


「なら私は静かな方を貰おうかしら」

「了解。じゃあ、どっちかが証拠を見つけた時点で活動開始ってことで」

「ええ」


 短く応答し、彩華の姿が闇に溶ける様に路地の奥へと消える。

 裏手から回って潜入するらしい彩華を見送った黄泉路はだらりと下げていた手を顔へと持ってゆく。

 その最中、手の中に仄かに輝く銀色の粒子が吹き上がり、黄泉路が手を顔の前に持ってくる頃には1枚の仮面がその手の中に納まっていた。

 真っ白の無地に目元だけがくりぬかれた仮面をかぶった黄泉路は軽く跳躍して路地を形成する倉庫の上に飛び乗ると、足音を響かせないふわりとした足取りで目的の倉庫の側面へと着地する。

 正面の方へと耳を傾ければ、未だ聞き取れない言葉を交わす男たちの声がかすかに聞こえて来るばかりで、その声音も先ほどと変わりない事から黄泉路達の行動は見つかっていないのだとわかり、黄泉路は倉庫の側面に手を当てる。

 黄泉路の身体が仄かに青白く発光し、蒼銀色の粒子と化してその場からさらさらと溶け崩れ、物質に干渉しない蒼銀色の粒子が黄泉路が手を当てていた側面の壁の裏側、建物の中に集束して先ほどと変わらない黄泉路の姿が再構築される。

 どんな衣服を着ていようと制服になってしまうのは変らないものの、新たに仮面まで持ち越す事が出来るようになった黄泉路はチカチカと明かりが疎らに揺れる倉庫の中へと視線を巡らせる。


「(積み荷で迷路みたいだ)」


 黄泉路の壁抜けや魂の領域からの再現は少々目立つ為、魂の知覚で建物の中に人が少ない事を確認したうえで行ったことではあるものの、実際に人目に付きづらい環境に出られた事に内心でホッと息を吐く。

 とはいえ、向かい側の倉庫でも彩華が自分なりの手法で似たように潜入している為、あまり時間をかけるわけにはいかない。

 黄泉路は気を取り直して倉庫の中の人員と被らないように移動しながら手近な箱の蓋をずらして中身を覗く。


「(……聞いてはいたけど、この量全部?)」


 中から出てきたのは、黄泉路ももう慣れてしまった、光の乏しい場所であっても色彩を変えながら鈍く光る結晶がはめ込まれたアクセサリー。

 黄泉路が手に取ったのはイヤーカフスであったが、近くの別の箱を開けてみればそこにはチョーカー型や指輪型など多種多様な覚醒器がぎっしりと詰め込まれていた。

 無論、憂世解放会が解体された今、四十口組もそのシノギから手を引いている以上、これだけの量を生産できる国内組織は限られており、なによりも、黄泉路が手に取ったイヤーカフスから想念因子結晶を抜き取れば、土台となっている金属には日本政府公認の印が刻まれているのが見て取れた。

 つまるところ、ここに詰め込まれていた在庫は日本政府――対策局や能力解剖研究所などが生産した“正規品の覚醒器(・・・・・・・)”であり、それを政府の中に潜り込んだ不届きものが横流しをしている、または、登用試験の為に解放されている国営の設営会場からちょろまかされたものであった。


「(こんなに大量にってことは、それなりの立場の人が噛んでるはずだけど……何がしたいんだか)」


 日本国内の能力者事情だけでも手一杯の黄泉路が、三肢鴉という大規模な母体を失った今国外の能力者事情など手を付ける余裕などあるはずもない。

 だが、これが他国にマフィア経由で流れている事実は世界でも大きな問題になりつつあることは明白で、とりわけ能力者に対する風当たりがまだマシであった日本ですらこれまでのような差別的、あるいは非人道的な扱いが横行していたことを考えれば、諸外国の混乱など推して知るべしというところであろう。

 何にせよ、争いの火種となり得るこれらを国外に出すわけにはいかない為、黄泉路は他の積み荷を確認すべく箱に手をかけ……


『おい、今物音がしなかったか?』

『おいおい、ネズミだろ?』

『能力者かもしれんぞ。この国はいまや能力者の天国だからな』

『……』


 黄泉路の耳に、先ほどまでとは違う緊迫感を孕んだ声が届く。

 大陸系の言語だと理解はしつつも、その内容を読み解くことのできない黄泉路は静かに息を殺して気配が寄ってくるのを待つ。

 倉庫内の見張りらしい男ふたりが重なった積み荷の傍を通り過ぎる。


「――シッ!」

『があッ!?』


 瞬間、積み荷の影に隠れていた黄泉路が素早く飛び出し、拳銃を携えた男の顎へと抉り打つようなアッパーカットを叩き込む。

 元々の体格差を歯牙にもかけない強打が男の顎を叩き、浸透した衝撃が脳を揺らして即座に意識を刈り取られた男が倒れ込むのと、事態を把握してもうひとりの歩哨が声を張り上げるのは同時であった。


『敵だ!!! (フォン)がやられた!』

「さて。僕の方に注意が向いてくれるならそれはそれで、って感じだね」


 屈強な男ひとりを一撃で下した仮面の子供の姿は異様の一言に尽き、叫んで異常を知らせた歩哨の男は即座に携行していた拳銃を抜き放つと黄泉路の胴体へ向けて引き金を引いた。

 ガンガンガンと複数回なる発砲音と、迷わず最も命中率の高い胴体を狙うあたりから、男が拳銃を扱いなれている事をその身で銃弾を受けながら理解した黄泉路は負傷しているとは思えない程の機敏な動きで拳銃をもった歩哨に肉薄する。


『は、速――』

「引火性のものはなさそう、と」

『ゴ、ガハッ!』


 男が咄嗟に腕を重ねて上半身の急所を守ろうと固めた瞬間、狙いを下半身へと切り替えた黄泉路が足払いにて男をひっくり返すと同時に、くるりと身を捻って大きく股を開き、仰向けで転んだことによってガードの緩んだ鳩尾へと強力な踏み下ろしを叩き込む。

 一連の流れる様な動きで男が泡を吹いて悶絶し、意識を失うと、今度はどたどたと慌ただしい音が寄ってくる振動が黄泉路の足を伝う。

 同時に、黄泉路の耳にはカチャカチャと金属が揺れる音が届いており、男たちが既に銃を抜き放っているのが聞き取れた。


「せっかくだから、試運転と行こうか(・・・・・・・・)


 増援が駆けつけてくるまで1分もないだろう。黄泉路はあえて隠れることはせず、その場で緩やかに胸へと手を当てる。


「《銀砂の槍》」


 ぽつりと呟き、胸に置いた手を何かを引き抜くような所作で離す。




 ――ず、ずずず……。



 黄泉路の、ボタンの閉じられた学ランの上からでもわかる薄い胸から、明らかにその長さが収まっていたとは思えない銀色に輝く長柄が引きずり出されてゆく。

 石突から先端まで同一の材質から削り出されたようにも見える鈍い光沢を放つ芸術品の様な槍。柄が先端にかけて二股にわかれ、それが再び先端で螺旋を描きながら再統合されるように固まって刃となったそれが完全に引き抜かれるのと、黄泉路の下へと男たちが辿り着いたのはほぼ同時であった。


『能力者か――!』

『ひとりで乗り込んできた事を後悔させてやる』

『おい、油断するなよ。不意打ちでもふたりをやったやつだ』

「……何を言ってるかはわからないけど、まぁ、会話の必要もないからね」


 すっと、中段に構えた槍の穂先を向ける黄泉路に対し、駆けつけた5人の男が銃を構える。

 その中には表で見張りをしていた男たちの姿もあり、この倉庫を守っているのはこの5人で最後だと確信した黄泉路は足元に赤い塵を散らしながら力強く踏み込んだ。

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[良い点] うぉぉおおおおおお新技や
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