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幕間7-3 終夜唯陽の思心捜索

 都内環状線上の好立地に巨大な敷地を有する私立央日学院(おうじつがくいん)

 小学校から大学院までを包括したエスカレーター式学校だが、その内実は政財界の要人や有名芸能人、スポーツ選手の子女が通う、上流階級であれば誰もが知る有名校であった。

 男女共学、とは言いつつ、中等部から男子学部と女子学部に別れ、所謂男子校や女子高の様に別れている。

 そんな央日学院大学附属高等女学部の校舎から外へと向かう少女の集団が人目を引いていた。

 下校時刻をやや過ぎ、部活動や補講、級友との語らいなどで帰宅が遅くなった子女達の視線を一身に集めるその集団――厳密には女子生徒が護衛の如く侍る中央を淀みなく歩くひとりの少女へ――だが、その歩みは淀みない堂々としたものだ。

 10月の頭という季節柄、日が短くなり、17時を過ぎたばかりだというにも関わらず暗くなり始めた外、現在の空に掛かる様な黒い豊かな髪は背中でゆるりと波を打ち、見る人によってはきつめの印象を受ける碧眼も、この学院に通う子女であれば羨望するそれに変わる。

 現代における貴種、世界を股にかける大財閥が直系の御令嬢、名士の子女が多く通う央日学院においても並び立つもののない権力を背景に持つ少女、終夜(よすがら)唯陽(ゆうひ)は周囲を囲むクラスメイト達と和やかな会話を交わしながら下校していた。


「この時期ですともう暗くなってしまいますわね」

「本当ならもう少し早めに追われる予定でしたのに。お待ちいただいて申し訳ありません」

「生徒会の御役目が忙しい時期ですもの、致し方ありませんわ」


 靴を履き替えぞろぞろと校舎の外へと出れば、夜の秋風に相応しい乾いた冷たい空気が髪を撫でる。


「終夜様は生徒会長ですもの。お忙しいのを承知で待っていたわたくし達に気遣いは無用ですわ」

「そうですわ。わたくし達、好きで終夜様をお待ちしていたのですもの」

「ありがとうございます。では、短い道すがらですが、参りましょうか」


 自身を慕う様な――実際、ある程度は慕ってはいるのだが――取り巻きの女子たちに苦笑を浮かべ、唯陽がゆるりと校門へと向かって歩き出す。

 釣られ、唯陽を囲む様に女子の集団が移動を始めれば、短い移動の間に少しでも親交を深めようと口々に少女たちが昨今の話題や趣味の話題などで秋の夕暮れの寒気を感じさせない盛り上がりを見せ始める。

 女性3人も寄れば姦しくなるというが、唯陽自身があまり口を挟まずとも周囲を固める女子は3人では利かないほどおり、上品な物腰とはいえ年頃の女子の声は寒空も手伝って相応に響く。

 そうなると、当然の様に他の校舎から学院の敷地内に出て来た男子部の学生集団の目にも留まる物の、その中心人物が唯陽であると見るや一転して高嶺の花を見上げるように遠巻きにしてしまう。

 これが終夜唯陽でなければ、後の家同士のつながりを持つために積極的に交流しようと考える男子もいただろうが、こと、唯陽に関して言えば実家は世界規模の大財閥、終夜である。

 長者番付の上位五指の常連に対し、自分から声を掛けようという勇気あるモノはそうはいない。よって、この学院の中では唯陽から声を掛けられなければ関わることも出来ないという不文律が成立していた。


「そういえば、終夜様は週末のパーティには出席なさいますの?」

「ああ、私も気になってました。終夜様が御出でになるなら主賓の月浦様とはさぞお似合いになられるのではと」

「月浦様といえば、以前お見合いの御噂がございましたけれど……終夜様?」

「いえ、パーティの件ですけれど、私、今週末は外せない用事がございます。ですのでご遠慮しようと思っておりまして」

「まぁ! そうでしたの!?」


 困った様に否定する唯陽の一挙手一投足に関わろうと令嬢たちが躍起になっているのには無論理由がある。

 その性質上、上流階級の子女の社交場としての側面が強い央日学院において、将来のパイプを作れと親から命じられている子供達は最大の伝手となりうる唯陽に覚えて貰おうとするのは必然であった。

 だが、当の唯陽は高等女学部の生徒会長を拝していることもあって部活動には所属しておらず、一般の学校よりもさらに厳しく学内生活が制限されている環境から、唯陽と関われる時間はごくわずかに限られてしまうのだ。

 その為、学内では常に人に囲まれている唯陽と唯一のしっかりとした交流が出来る登下校なのだが、こちらはこちらで学校に通う者達の性質上、校門付近はロータリーのような構造になっており各家の迎えの車が待機しているという徹底振りで、とてもではないが長話に興じる環境ではない。

 それらの事情もあって、その日唯陽の傍に侍る事の出来た子女達は必死に唯陽の関心を惹こうと話題を盛り立てるのである。

 だが、そうした周囲の苦労もむなしく、話題が唯陽の琴線に触れるまでもなく送迎専用区画へと到達してしまえば、唯陽は挨拶もそこそこに自身のSPが待つ高級車の下へと歩き去って行ってしまう。


「ただいま戻りました」

「お帰りなさいませ、お嬢様」


 背後に絡みつく未練がましい視線を無視し、開かれた後部座席へと乗り込んだ唯陽が扉を開けてくれたSPと挨拶を交わす。

 黒のビジネススーツとサングラスを身に着けたSPの青年もまた、唯陽が乗り込んだのを確認して広い後部座席へと乗り込んで扉を閉めると、東都内でも走れるように特注したリムジンがゆったりと走り出す。


「時間が惜しいわ。白峰(しらみね)。報告を聞かせて頂戴」

「かしこまりました」


 暖かな空気が満ちた広々としたリムジンの中、向かい合う様に座った唯陽がSPの青年――白峰(まさき)のモデル顔負けの顔を見据えて問う。

 それまでの取り巻きを相手にしていた時の様な取り繕った上品さこそないものの、育ちの良さは損なわない程度に崩された率直な言葉に、白峰はリムジンに備え付けられている固定机の上に暖かい紅茶の入ったカップを差し出しながら口を開く。


行木(やみき)己刃(おのは)とその協力者からの情報提供で明らかになった迎坂黄泉路の所属ですが、表向きには法改正以前から能力者を保護する市民活動を行う民間団体でした」

「続けて」

「表の団体自体は活動は至ってクリーンで、市井の中から寄せられる能力者になったばかりの者や近しい人物が能力に目覚めた際の相談窓口や、能力を理由に不当に扱われている子供達の保護、政府に能力者に対する明確な社会制度を求めるなどといった活動が主だったようです」

「それで、裏では能力者を使って何を?」


 無論、唯陽はそれだけが全てだとは思っていない。

 終夜が人工能力者を餌に地下闘技場などという闇稼業をやっていたのだ。市民団体だと言っても黄泉路という実例がある以上、裏の顔があってしかるべきだと話を促す。

 白峰も、唯陽に尋ねられることを分り切った上での前提知識としての情報であったため、暗記している続く報告を恙なく告げる。


「主に能力者が行う犯罪に対するカウンターや、旦那様が行っていたような稼業に対する撲滅運動――破壊工作などですね。政府も手を焼いていたようです」

「……ああ、あの日お父様が招聘していたのも、政府所属の能力者でしたわね」


 政府も裏で非合法なことを行っていたと迂遠に伝えられた唯陽はさもあらんとあっけらかんとした様子で紅茶を口へと運ぶ。

 夢見がちな御令嬢だった頃よりも随分と逞しくなった、とは、護衛の白峰が考える事すら不敬であると頭の片隅に過りかけたそれを無意識のままに封殺していると、唯陽は待ちきれないとばかりに笑みを浮かべる。


「所属は分かったし、市民団体が表に居るということは資金援助は受けて下さるのかしら。でも間違っても人身売買めいた接触の仕方はいけないのだけど、リスクとリターンを考えると最初から黄泉路さんと繋ぎを作る様に伝えておいた方が良いのかしら」

「――お嬢様」

「なんですの?」

「期待しておられるところ、誠に申し訳ないのですが……現在対策局――政府が非所属の能力者狩りを行っている事はご存知でしょうか」

「ええ。たしか終夜の人工能力者(スキルユーザー)――ああ、今は新能力者(ネクストホルダー)というのでしたっけ。新能力者も登録する様にと通達が来ていましたわね。終夜に関してはお父様が手を回して猶予させたと聞いていますが」

「はい。ですが、その、市民団体を隠れ蓑にする迎坂黄泉路が所属する組織は……」

「まさか、何かあったのですか?」


 ピリッ、と。車内が張り詰めた空気を帯び、防音性に優れ、静音走行しているはずの社内に微かな外部の風の音が聞こえる様な重い沈黙が降りる。

 とはいえ、白峰は自身が受けた報告をそのまま上司である唯陽に上げる他なく、唯陽も決して感情のままに暴れる様な人物ではない為、すぐに沈黙は破られた。


「つい先日、協力者が迎坂黄泉路の所在を突き止め、同時に対策局が同地の制圧作戦を敢行するという情報を得たことで、行木己刃と協力者は現地に急行、迎坂黄泉路と接触することに成功するものの、現場からの離脱を優先したとのことでした」

「そう……ですか。それで、黄泉路さんは今どちらに?」


 接触が図れただけでも進歩だと意識を切り替えた唯陽であったが、


「恐らくは本拠地へと撤退した物と……ですが、その本拠地と思しき場所も先ほど対策局が摘発に動いたとの情報が入りまして」

「そんな――!」


 続く白峰の報告には思わず表情を強張らざるをえなかった。

 黄泉路の能力は確かに破格のもの、だが、終夜の新能力者以上の質と量を備えた対策局を相手にして無双が出来るとまでは、唯陽の想像力は逞しくない。

 最悪を想像してしまい――それすらも、お嬢様の思考回路から導かれた最悪であるが故に、現実に起こり得る最悪とは程遠いものであるが――顔色を青ざめさせる唯陽を現実に引き戻す様に、あえて強い語調を出した白峰の声が響く。


「お嬢様。迎坂黄泉路が、あの男が対策局の精鋭に囲まれた程度で死ぬ(・・)とお考えですか?」

「……それは、いえ……」

「行木己刃と協力者達は手掛かりが消えたことに消沈していましたが、それでも次に動くための準備期間であるように思えました」

「……白峰。ええ、わかったわ。私も、黄泉路さんを信じて動きます」


 亡き母親譲りの碧眼が白峰のサングラス越しの視線と強くぶつかり、その表情に生気と決意が戻ったことに安堵した白峰は小さく頷いて沈黙する。

 唯陽に報告すべきことを全て告げたと態度で示す白峰から意識を外した唯陽は、さっそくとばかりに内線を手に取って運転手へとつなげ、


「行き先を変えてください。ええ。お父様には私から。ええ。それじゃあ、お願いするわ」


 移動先を自宅から、父から預かった終夜の事務所のひとつへと変更した唯陽は白峰にも声をかける。


「白峰は引き続きやみっきーさんと協力者の方との連絡を密に。諸経費は私の歳費から。必要とあれば自分の判断でお父様に奏上して頂戴」

「かしこまりました。そのように」


 指示を受けた白峰がポケットから携帯を取り出し、唯陽の父親から託された終夜の情報収集班へと連絡を回し始めたのを横目に、冷めてきてしまった紅茶を口に運んだ唯陽は黒く遮光された車のガラスに映る自身を見つめ、最後まで燻った焦りを鎮火させるべく想い人の無事を祈るのだった。

諸事情によりPCが手元にない環境に1~2週間ほどおかれることになりました。

もしかしたら来週の更新は出来ない可能性がありますので、もし更新されなかった場合はそういうことだと思っていただければ……。

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