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3-2 夜鷹の止まり木2

 高速道路から一般道へと降りる際、出雲は検問などありはしないかと内心びくびくしていた。

 ……のだが、検問どころか電子マネー引き落とし型のゲートを何事もなく潜り抜けた事に思わず目を丸くしてしまう。


 「なんか、拍子抜けしちゃいました……」

 「まさか自分達が世間様に秘密でやってた人体実験場が襲撃されて実験体が逃げたんで指名手配します、なんて口が裂けても言えねぇだろうしな」


 何気ない調子でさらっと告げられた内容に出雲は確かにと納得する反面、自分の扱いとはやはりそういうものなのかと、覚悟はしていた物の実際に他人の口から聞かされると思う所であった。

 一般道へと降りた事で速度が目に見えて下がり、後方へと流れてゆく窓の外の景色の長閑な風景がよく見えるようになる。


 「ふぅー。さすがにずっと高速ぶっ飛ばし続けるのも疲れるな」


 長時間の運転がさすがに堪えたのか、カガリは信号が赤の合間に目を休めるように指で眉間や目じりを揉み、息を吐き出しながらポケットへと手を伸ばす。

 ごそごそと何かを探すようにポケットをまさぐり、どうやらお目当てのものを見つけ出した様子で手を引き抜けば、その手にはタバコの箱が握られていた。

 慣れた手つきで片手で蓋を開けて一本取り出して口にくわえ、火をつけようとした時だった。


 「カガリ」


 ぼそっと。しかし、明確に聞こえる音量で美花が非難する様な視線を向ける。


 「……一本」

 「ダメ」

 「ずっと運転してんだから息抜きくらい――」

 「もうすぐ着くんだから我慢」

 「……へいへい」


 美花の視線に折れたカガリは素直にタバコに火をつけようとしていた左手の人差し指から炎を消し、火もつけていないタバコをそのまま車の灰皿へとねじ込む。

 そのやり取りがごく自然であった事から、出雲は普段からこのようなやり取りをしているのかと思う。

 そう考えれば荒事に従事している姿くらいしかまともに見た事のなかったカガリの新しい一面が垣間見えた気がして、出雲は思わず声を殺して笑みを浮かべた。


 「ん、どうした出雲。なんか楽しい事でもあったか?」

 「あ、いえ。すみません」


 声は殺せていても、どうやら表情はばっちりとバックミラー越しに見られていたようで、カガリの怪訝そうな顔に出雲は思わず謝罪を口にする。

 カガリはますますもって怪訝な顔をすると共に、小さく息を吐いて進路へと視線を戻しながら出雲へと声をかけた。


 「なんで謝るんだ?」

 「いえ、あの……つい」

 「謝り癖でもあるのかよ」

 「そういうわけじゃ……」


 曖昧に微笑む出雲を一瞥し、カガリはがしがしと片手で頭を掻く。

 自身でもどう伝えるべきかと考えるような調子のまま、カガリが不満げに口を開く。


 「なら謝んなよ」

 「えっと……すみません」


 思わず謝罪を口にしてしまった出雲へと注がれる視線が強まり、出雲は困ったような顔を浮かべて視線をそらす。

 しかし逸らした先でサイドミラー越しに成り行きを見ていたらしい美花にまで呆れた様な視線を向けられていた事に気づき、視線の行き場をなくして結局はカガリへと向けて口を開く。


 「……カガリさんってタバコ吸うんですね」

 「なんだ、意外か?」

 「いえ、妙にしっくりくるなぁと」


 当たり障り無いはずの話題を選んだつもりの出雲であったが、カガリは出雲の言葉に苦笑を浮かべる。


 「え、あの……僕、何か変なこと言いました?」

 「いや、なんつーか。皆似たような事言いやがるからなぁ」

 「炎使いの宿命……ぷっ」


 美花は笑いを堪え様としていたようだが、どうにも自分で口にした言葉を引き金に耐えられなくなってしまったらしく、くすくすと声を殺して笑い始める。

 その様子にカガリはため息をついて美花をじろりと睨む。


 「笑うなよ」

 「ごめん、でも、面白かった」

 「ったく」


 悪態をついてはいるものの、カガリの調子に不愉快さは無い。

 長らく感じていなかったような穏当な雰囲気、柔らかな会話の楽しさに、出雲は自然と心が温かくなるのを感じていた。

 そうこうしている内に車は徐々に人里を離れ始め、ただでさえ都会に比べて車窓から見える人工物の比率が落ちている事に加え、目に見えて自然の割合が多くなってゆく。

 もはや人工物など標識程度しか見当たらない山道へと入りだした事で、どこへ向かっていくのだろう、と。尋ねても恐らくは帰ってこないであろう返答が脳裏によぎり、車で高速道路を走り続けていた際の不安がぶり返してくる。


 「心配すんな。夜鷹支部は皆似たり寄ったりな事情を持った奴が集まってる。 ……ま、お前ほどハードな奴はそうそういねぇだろうがな」


 出雲の表情を察したのか、カガリはあえて軽い調子で笑う。

 その声色の片隅に悲しさや憤りといった感情が見え隠れしていて、出雲は何も言えずにただ目を伏せた。


 「ん。私たちは、出雲の仲間」


 ポン。と。出雲は自分の頭に乗せられた手に気づいて眼を開ける。

 視界に飛び込んできたのは、美花が後部座席のほうへと振り返り、仄かに影を帯びた、柔らかな笑みを浮かべて出雲の頭をなでる姿。


 「――ぁ」

 「ほら、もう見えてきたぞ」


 出雲が何かを言わなければと口を開きかけたところで、カガリの声が車内に響く。

 言葉を飲み込んだ出雲が気恥ずかしげに顔を伏せれば、美花はそのままひと撫でしてから手を離し、何事もなかったかのように前を向いた。

 手が離れた感触と、美花が前を向いた気配を察して顔を上げた出雲の目には、車の進行先で木々が開け、山道に入ってから暫くぶりに見る事となった人工物であった。

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