3-1 夜鷹の止まり木1
遠くからやってくる朝焼けの色が夜を上書きするように空の闇を青白く染めてゆく。
高い壁に挟まれた道を高速で走る車の中で、出雲は昇り来る朝日の片鱗に目を細めていた。
早朝の高速道路、しかも都心から県外へと向かう下りである。
対向車線の上り線であってもほとんど車が通ることはなく、ましてや下りである出雲たちの車が走る車線には前後を見渡しても車の陰ひとつ存在していなかった。
陽気な曲調が車内のスピーカーから漏れ出し、カガリは機嫌良さそうに鼻歌を合わせながらハンドルを握った指先をトントンとリズミカルに叩いている。
眠たそうに――普段から眠たそうではあるが、この場合は本当の意味で眠いのだろう――美花は助手席に座って時折こくりこくりと舟を漕いでいた。
かれこれ1時間近く車に乗って高速道路を移動している現状に、出雲はかつて施設へと連れて行かれた際の不安感を思い出して頭を振る。
少なくとも、カガリと美花は信用できる。というよりは、信用するほかに選択肢がないともいうが、ともかく自身に言い聞かせる為、少しでも気を紛らわせようと後部座席に一人座らされた出雲は、ちょうど曲が終わり、カガリの鼻歌が途切れたのを見計らって声をかける。
「……あの、カガリさん」
「あん? どうした出雲」
「えっと、その……何処へ向かってるか、そろそろ教えてくれても良いんじゃないですか?」
バックミラー越しに視線が向けられ、出雲は思わず鏡越しのカガリの瞳を見つめては恐縮したように顔を伏せる。
恩人に対して申し訳ない態度だとわかってはいるものの、どうしても警戒していますという雰囲気を鉄火場慣れしているであろうカガリに対して隠すことは不可能であった。
その様子にカガリは小さく苦笑し、その後に悪戯っぽく大げさな笑みを浮かべて気安い調子で口を開く。
「ついてからのお楽しみ――ってのは、不安になるか?」
「……正直」
「じゃあ施設の用途だけは教えておいてやるよ。さすがに詳しい場所とか喋んのはまだ早いしな」
「お願いします」
「ま、簡単に言えば俺達――三肢鴉の支部みてぇな物だ。つっても外向きにはしっかり偽装してあるからそうは見えねぇだろうけどな」
「支部……ですか」
「ああ、当面のお前の住処って所だ。衣食住は俺が太鼓判おしてやるぜ。何せ俺とミケ姐さんもこれから向かう“夜鷹支部”所属だからな」
自身の住処となるという言葉の意味と支部という単語が持つイメージとかがうまくかみ合わず、出雲は思わず首を傾げてしまう。
なにせ出雲は特にこれといった趣味もない、ごく一般的な高校生に過ぎなかったのだ。
常群の影響でかろうじてサブカルチャーにライト寄りなはまり方をしているだけである。
自然、出雲の知識にあるレジスタンス支部などといった物は、漫画やアニメで聞きかじったような朧気な存在でしかなく、そこに衣食住や暮らしといった要素がうまく合致しないでいた。
「またなんか難しそうな顔してんなぁ。そこまで考え込むような所じゃねーよ。……ほら、オペ子とかは知ってるだろ?」
「あ、はい。オペレーターさんですよね」
「アイツも同じ支部にー……っつか、あいつの場合はほとんど支部に引きこもってニート状態だ」
「に、ニートですか……」
思わず、先ほどとは別の意味で微妙な顔になるのを自覚する出雲であったが、今度ばかりはカガリも苦笑するのみであった。
「そういえば、レジスタンスってどんな活動をしてるんですか?」
会話が途切れかけ、ふと何か話題で話を繋ごうと思考をめぐらせた結果、出雲は自身が保護される先であるレジスタンスについて何も知らないことに思い至り質問を口にする。
「あー……んーっとだなぁ……」
先ほどと同様、小気味いい返答を返してくれるものとばかり思っていた出雲であったが、珍しく歯切れの悪い調子で言葉を濁すカガリに、もしかしたら聞いてはいけないことだったかもしれないと今更ながらに後悔する。
悩むようなそぶりを見せるカガリと、言ってしまったものは仕方ないと半ば開き直る思いで居住まいを正して待つ出雲との間で微妙な沈黙が流れた。
「カガリ。勿体ぶらない」
お互い、会話の糸口をなくしかけた所で不意にかかる声。
2人が意識をそちらへと向ければ、やはりまどろむ様な表情は変わらず、美花が薄目を開けてじっとサイドミラー越しに流れてゆく路面を眺めていた。
「つってもなぁ……どっちにしろ向こうでリーダーとかが上手いこと説明するだろうし、ここで半端に聞かせるよりはと思ったんだが」
「ん。一理ある」
「だろ? 第一説明苦手な俺と口下手なミケ姐じゃすっきり説明出来る気がしねぇし」
「……」
困ったような、曖昧な表情を浮かべるカガリの言に思うことがあった様で、美花は再び眼を閉じてそれきり喋らなくなってしまう。
結果、どうやら到着するまでは説明できないという事で意見がまとまったようだと理解した出雲は諦めて窓の外へと意識を向ける。
横風防止の為の壁がなくなり、遠くに町を望む事のできる田園風景に、出雲はほぅっと息をつく。
生まれてこの方都内の、決して田舎とは呼べない地域に住んでいた事もあり、こうした自然を前面に押し出した様な風景を眺める事そのものが出雲にとっては新鮮であった。
そうした景色に目を奪われている出雲をバックミラーで一瞥したカガリが口元に柔らかく笑みを浮かべるも、当の出雲がそれに気づく事はなかった。