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2-9 ホームシック7

 包囲の輪の外から出雲へとかけられた警告は若い男の物であった。

 照明による目くらましから回復しきった出雲の視界に映るのは、急増された壁のように並ぶ盾。

 追われる立場である事はすぐに思い出した出雲であったが、何故こうも早く自身の居場所を特定されたのかが理解できないでいた。

 実家から逃げ出し、この公園へといたるまでの道すがらに少なくない人々に目撃されているのだから、逃げた方向を割り出して包囲するくらいは可能なのだが、出雲はその事実に気づいていない。

 公園に至るまで自身がどの経路をたどったかすら定かではなく、ただ走る事だけを本能的に実行していた出雲がそれに気づけないのも無理からぬ事であった。


 「――貴方達は何者なんですか?」


 静かなざわめきの中で響いた出雲の声に、にわかに騒がしくなる隊列。

 その盾の壁を割って一人の男が出雲の正面へと立つ。

 出雲が思ったとおり、男はまだ若く、ぱっと見た感じでは20代前半といったところだろう。

 短く切り揃えられた黒髪が実年齢よりも余計に若々しさを感じさせ、逆光の中でもはっきりとわかる鋭い黒目が出雲を見据える。

 恐らくはカガリと同年代くらいであろう青年が口を開く。


 「警視庁特殊能力対策課だ。識別名(コード)黄泉渡(リヴァイヴ)】。現在お前にはSレートの捕縛命令が下っている。抵抗は無駄だ、大人しく投降しろ」

 「特殊能力対策課……」


 確か、我部もそんな肩書きを名乗っていたな、等と、遠い記憶を掘り起こすようにしながら出雲は呟く。

 確認するように言葉を重ねる出雲の声は、自身でも驚くほどに平坦であった。

 包囲され、危機に瀕しているというのにもかかわらず、出雲はどこか他人事のような浮遊感を感じていた。

 いや、他人事のような浮遊感は、今に始まったことではない。

 自覚を持ったのは数度の死を一度に経験した、狼男との二度目の邂逅の時であった。

 自分という存在が、肉体という器から剥離する感覚の中、自身の立つべき場所もわからないまま出雲は緩やかに口を開く。


 「……どうして、ここが?」


 悠然と構えている様にも見える出雲の様子に青年は眉を顰めるものの、律儀に答えてはくれるようで、不機嫌そうに再び口を開く。


 「善意の協力者からの情報提供だ」

 「……“善意の協力者”?」


 “善意の協力者”というのが、この場合は自宅からの疾走を目撃していた一般市民の通行人であることに疑念の余地はない。

 ないのだが、その事実がすっかりと抜け落ちた出雲の中で、カチリと何か、かみ合ってはいけないモノがかみ合った感覚が奔る。


 「レートの設定された危険能力行使者に対しては政府から目撃証言に対して報奨金が出る。一般市民全てが我々の目だ」


 逃げようなどとは思わない事だ、と締めくくった青年に対して、出雲はすでにその言葉を聞いてはいなかった。


 「ほう、しょうきん……?」


 青年の指す“善意の協力者”というぼかされた存在が、“自身の父親”として像を結び、堰を切ったように記憶と単語の濁流が目まぐるしく脳内で交錯する。

 当たり前の日常。異形に追われ、弄ばれて殺された苦痛。我部に騙され、4年間の監禁生活の中で行われた、数えるだけで気が狂ってしまいそうな程の実験。

 施設から脱出し、自宅へと帰りついた時の母の顔。そして、父親の怒声。父親の形相。善意の協力者。報奨金。

 その全てが数秒のうちに走馬灯の如く駆け抜けて行った。

 嫌な想像でしかないその憶測がまるで実像のように脳内で組みあがっていくのを、出雲はただ荒い息を吐き出して押さえ込もうと両腕で自身を抱く。

 外から見れば、ただ、自身に懸賞金がかかり、逃げ場を失った少年が震えているようにしか見えない。

 そして、出雲の内面など知る由もない青年は諭すような調子で、決して言ってはならない事を口にしてしまう。


 「【黄泉渡(リヴァイヴ)】、お前は公的に死亡している。今更一般市民に紛れる事など出来はしないんだ」

 「――っ」


 その瞬間、出雲は自身の中で何かが急速に崩れていくのを感じた。

 夢見心地のような浮遊感は、そのまま極寒の水中を漂うような寒気を伴い、自身の内側が急速に冷たくなっていくのを自覚する。


 「――ぁ」

 「……?」


 出雲の口元がゆがみ、音が零れた。




 「あ、はは……あはははっ、あははははははははははははははははっ!!!!!!!!」




 突如として発せられた哄笑に青年は一瞬驚くも、すぐに拳銃を出雲へと向けて警戒を顕にする。

 しかしそれすらも、今の出雲にとって何の意味も感じられなかった。

 自身の身体から心が乖離し、警察官に包囲された最中で笑い続けていた。

 笑うしかない、そう表現するべき心境とはこういう事なのかと、この時ですら乖離したままの精神は他人事の様に、冷静に自身を観察していた。


 「あはははははは……、なんだ……そうだったんだ……」


 常群が自身に向けた表情の意味も、母親があそこまで声を荒げていたのも、父親が、出て行けといった理由も。

 そこへ付け足された報奨金という仕組みや自身の立場、善意の協力者などというぼかした言い回しによって、全てが出雲の中でひとつへと収束する。

 出雲は自覚した。自身の置かれた立場を、踏み外した足場を。

 自然とあふれ出した涙が頬を伝うまま、出雲は冥く濁った瞳を青年へと向けた。


 「――道敷出雲(ぼく)は、4年前(あのとき)に死んでたんですね」



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