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8-26 夜の闇へ

 ゲストによって沸き上がる地下闘技場とは打って変わり、静寂が支配する通路を3人の男女が歩いていた。

 土地としては同じく終夜のお膝元。しかし闘技場と現在の場所の雰囲気は真逆と言って良い。

 暖色を中心とした空間の中央に闘技場を設けたドーム状の作りは観客という“部外者”を楽しませる事を主目的として据えた作りであり、通路はあってもあくまでも裏方、主要な使用者がそもそも立ち入ることを想定して作られていない事もあって所々に粗があり、それがまた華やかな表とのギャップを生み出していた。

 対して、現在3人が歩いている通路は“使用者”の為に作られている。白いタイルに同じく白の蛍光灯の明かりが反射する直線は匂いこそ違えど病院を彷彿とさせるような作りで、時折存在する扉以外は異物を許さないとでも主張するような作りになっていた。

 先頭を歩く茶髪の女性――美花は通り過ぎようとしていた扉の手前で片手を上げてあとのふたりに制止を示すと、続く赤髪の青年カガリと短めの黒い髪の女性、葉隠が足を止める。

 すると、数秒もしない内に横スライド式の扉がしゅっと空気を含んだ音を立てて開き、白衣を纏った男性ふたりが姿を現した。


「納期はそろそろですけど、仕上がりますかね?」

「仕上げるのが仕事だ。とはいえ実験場のお陰でデータは集まってるし、なにより上層部の肝入りだけあって予算も潤沢だ。これで成果が出なければそれこそ嘘だろう」


 静寂の中を我が物顔で雑談しながら廊下を歩きだす研究員ふたりは三肢鴉の構成員がすぐ傍にいるというのにまるで気に留めた風もなく通り過ぎて行く。

 如何に壁際に身を寄せ、万が一にも接触しないよう心掛けているとはいえ普通であれば研究員たちの目を疑う事だろう。

 だが、3人は実際に研究員たちの目にも留まっていないのだから仕方がない。

 足音が遠のき、静寂が戻ってくると、止めていた呼吸を再開させたカガリが小さく息を吐く。


「はぁ。ほんと、有難い能力だぜ」

「音は普通に聞こえますから、ええ。過信しない様にはお願いしますね」

「何もない場所でも、隠れられるだけ良い」


 黄泉路が唯陽を連れて逃げた際と同様に、光の屈折率を自分たちの周囲だけ歪める事で風景に溶け込む様に姿を消す事の出来る葉隠の能力はこうした潜入でこそ真価を発揮する。

 常識で考えるならば、光の屈折率が極端に変化していればその膜を挟んだ内と外では見える景色が全く変わり、たとえ隠れる事が出来たとしても内側からも何も見えないという状況にもなりかねないものであるが、そこは能力という超常の力。本人曰く自分以外にまで効果を及ぼす場合は絶えず調整し続けなければならないのが難点らしいが、それでもこうしてすれ違える程の至近距離で一切目視を許さないというのは恐ろしい能力といって差し支えないだろう。

 葉隠がその気になれば狙撃や暗器といった専用の道具を隠して持ち込む必要すらなく、散歩の様に軽快に、隣人に話しかける様な気軽さでどんな大人物であっても殺せてしまう。

 しかも殺された側は誰が行ったかなど一切わからないまま殺されるのだ。つくづく敵方でなくてよかったと言わしめる能力である。

 とはいえ、葉隠の能力はあくまで光――つまり視覚に訴えるもので、音や匂い、熱まではどうしようもない。

 その為こうして音に敏感な猫の特徴をそのまま運用できる美花や、熱量をある程度操作する事の可能なカガリを組み込む事で不意の遭遇や熱源探知から逃れながら、本来ならば厳重な警備の先にある終夜の地下施設の中を言葉少なながらも緊張とは無縁に歩けているわけだ。


「(ここに入る。異論は?)」


 周囲を確認し、自身の優れた聴覚に何も反応が無い事を確かめた美花がふたりへと問いかける。無言で同意するふたりを一瞥した美花が率先して先ほど研究者が現れた扉を、通り過ぎ様に拝借したカードキーで開く。

 扉がひらくなり、するりと猫の様に滑り込む美花に続き、葉隠とカガリが続く。

 室内はいくつもの精密機械が置かれた机が壁に備え付けられた戸棚と共にずらりと並んでいる、一見してなんの変哲もない研究室のように見えた。

 3人は短くアイコンタクトをすると、室内に監視カメラが無い事を確かめて方々に別れて情報を漁る為に戸棚や引き出しを漁り始める。

 研究室はここだけではなく、黄泉路が闘技場で戦っている裏で動いていた3人もまたいくつもの部屋を経由している為、その作業はスムーズだ。

 得るべき情報が絞られている事もあって、そうでない情報はざっと流し読みして正確に元通りに戻してしまう。


「あったか?」

「ここもハズレのようですね。ええ。やはり奥に進むしかないようです」


 程なくして探索を終えたカガリが声を掛ければ、葉隠も美花もわかってはいたがという様に首を振る。

 元々重要な情報がこのような中途な立地に置かれている訳もなく、目当ての情報のきっかけとも言えるものは既に収集済みなのだ。取り逃しが無いようにという理由での寄り道、そう表現するのが正しい探索であった。


「でもおおよそは見えてきた」


 美花の言う様に、これまでの潜入調査の結果、終夜グループが手を付けている能力者開発事業は想定以上の成果を上げている事が分かっていた。だからこそ決定的な物証が、書面ではなく実物が欲しいと、3人の足は施設の奥へと向かっていた。


「(さすがに広いですね)」

「(上に乗ってるショッピングモールの敷地全部が終夜だからな……)」

「(下手な政府施設より広大なのが、厄介)」


 東都のど真ん中と言っても過言ではない土地にこれだけの大規模施設を展開すること自体容易ではないが、終夜の凄まじさはそれ以上、本来ショッピングモールというのは多企業がテナントとして店舗を構える集合体を指すのに対し、終夜グランドホテルを最奥の城とした城下町とも言えるこのモールの店舗はすべてが終夜の系列店で埋められているのだ。

 徹底的に自社で完結する一つの巨大な商業施設。その地下であれば他企業からの目を気にする事もなく、全てがブラックボックスのままに研究や非合法な営業を行えるという、子供でも考え付けそうな事を実際に実現してしまう。終夜グループという大財閥の力がわかりやすく示されていた。

 それらの土地の地下を使った広大な施設群はまさしく終夜の心臓とも言える場所だろう。黄泉路が今も戦っている闘技場など、外向けのごく一部でしかないと理解している面々は区分けされた見取り図が示す端を超えて奥を目指す。


 複数ある区画ごとに立ち入れる社員が限られているらしく、それぞれの区画にはその区画用の見取り図しか用意されていないあたり、自社内といえど細心の注意を払っている事が読み取れる仕組みに四苦八苦しつつも3人は施設を駆けずり回り、漸くどの区画地図にも示されていない中心部へと辿り着いたのは、黄泉路が決勝へと駒を進めた頃になってからだった。

 闘技場へと向かった黄泉路を見送り、その後すぐに動き出した3名である。当然それなりの時間息を潜めての行動になっている為、多少の疲労が心身に覆いかぶさりつつあるが、それでも先の山奥で起きた大きな事件に比べればマシだというのが共通の認識であった。


「(……ここが最後だな)」


 漸く、という感情を隠しもせずカガリが口の中で呟く。

 厳重なロックが掛かった扉はID認証とパスワード、虹彩認識と呼ばれる瞳孔周辺につく色を使って個人を識別する大掛かりなものだが、基本的には電子ロックである。生体認証以外は誤魔化す手は多くあり、その辺りはオペレーターとしてサポート役を務めている標が手を回したお陰で恙無く入手出来ていた。

 そしてここには色彩や光と言った現象へのエキスパートがいる。


「(少々集中します。周囲警戒をお願いします)」


 扉の前へと一歩進み出た葉隠が能力で偽の瞳を機械に認識させる。


 ――ピ、ピッ、ピッ。


 静寂の中、機械の音が響く。

 やがて、認証が成功し扉が開く短い音が電子音の余韻に混ざった。

 互いに短く頷き、開いた扉へと潜り込んだ3人は今までの研究室とは明らかに違う設備が揃う室内に目を光らせる。


 ここならば、きっと今までにない核心的な情報がみつかるだろうと。


 サンプルと思しき数センチ四方の金属プレートや、保存液に漬された臓器が収められた棚の他にも、薬品がひしめく戸棚の数々が所狭しと並ぶ室内で、葉隠はまっさきに机に設置されたコンピュータへと手を付ける。

 外部へと繋がる事のない、独立したパソコンは当然の様にロックが掛かっていたものの、


「……ええ、これなら問題なさそうですね」


 入口とは違い特別なロックは掛かっていない。そう判断した葉隠はキーボードのすり減り具合を光の反射から割り出して幾通りかのパターンを見つけ、テキパキとロックを外してしまう。

 葉隠が立ち上がったパソコンの中を調べる間、美花とカガリは書面に残っているデータや物品を調べて行く。

 あわよくば黄泉路の方にあるらしい人工能力者生成装置の関連品が無いかを。そして、


「ふたりとも、これを見てください」


 葉隠の声に、カガリと美花はすぐに物色をやめて画面を覗き込む。

 そこに書いてあったのは膨大な実験データや論文の引用、そして分かりやすい結論として


「……対能力耐性合金?」

「はい。そこに飾ってあるサンプルが恐らくそうなのでしょう。ええ。能力者の持つ特定の波長を阻害し、能力によって起こった現象に対して元々の材質が持つ耐性以上の頑丈さを発揮するらしいです。とはいえ、未だ発見初期段階で研究の最中のようですね。結論を出すには実証データが足りないようです」


 予想を上回るほどに進んでいた研究。しかもそれは能力者という一方的なアドバンテージを脅かすと同時に、今後の社会的秩序にも貢献しうる――運用次第では如何様にも発展しうる新機軸の技術の足掛かり。

 元より勉学に疎いと自認している美花ですら、能力に対して耐性を持つ素材が及ぼす影響は多少なりとも推測できる。否、元々戦闘に特化した思考と人生を送ってきた故だろう。他のふたりよりも如実に、その技術の危険性と有用性を見出す事が出来た。

 毛が逆立つような感覚を覚える美花に対し、葉隠は補足する様に付け加える。


「とはいえ、彼らが検証できるのはあくまで自分たちで用意できる能力使用者が行使する能力まで。私達のような能力保有者を交えた実験の記録はありません。そこが未完成と呼ばれる所以だと、この技術者も承知しているようです」

「……あのサンプルはとりあえず回収だな。データのコピー頼む。ミケ姐は書類の撮影。他にめぼしい物はあるか?」

「念のため、全データの抽出を行いながら調べておきます」

「頼んだ」


 スムーズな潜入とはいえ、時間は限られている。いつこの部屋の使用者が戻ってくるとも判らない状況であるのも変わりない為、各々役割を分担して作業に当たる。


「(黄泉路の方は勝つだけなら問題ない。気になるのは、黄泉路が言ってたもうひとりのゲストくらいか)」


 サンプルを回収すべく、ガラスケースを慎重にずらしながら手袋越しにプレートを掴み、用意していたケースへと移すカガリがそんな事を考えていると、引き出しに仕舞われていた書類の写真を撮っていた美花の手が止まっている事に気づく。


「ミケ姐、どうした?」

「これ」


 差し出された書類は正式な書面というよりは、関係者間でかわされた密約に近いやりとりが記録された議事録の様なものであった。

 そこに書いてあったのは、闘技場運用による対能力耐性合金の試験運用の日程と、人工能力者だけではない、天然の能力者を運用しての試験運用に際した政府との裏取引(・・・・・・・)を示唆するもので――


「つまり、もうひとりのゲストは」


 カガリの声を遮る様に、美花の猫の耳がピクりと動く。


「誰か来る――!」


 美花の一言で、3人の意識が一瞬で切り替わった。

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