8-22 2回戦第1試合
タブレットを通じて第1回戦を見ていた黄泉路は、画面の中で繰り広げられる試合内容に安堵すると同時に納得していた。
というのも、能力による視覚的なインパクトによって誤魔化されてはいる物の、1回戦の間を見るだけでも死に至る様な重傷を負ったものはそれほど多くない事を確信できたからだ。
「(商品が売れる前から使い物にならなくなったら困るし、当然だよね)」
己刃が出演したエキシビジョンや先の大会とは違い、能力者だけの大会は商品価値を示すためのショーという側面が強いのだろうとあたりを付けた黄泉路であったが、実際それは正鵠を射ていた。
「(でも、これならなんとかなりそうかな……?)」
能力者と相対する事が当然の戦場を駆け抜けてきた黄泉路からすれば、互いに本気で命を取り合うつもりのないこの大会は温いとすら言え、この場に立つに際して今回の作戦チーム内で取り決めた縛りを守っても十分に戦えるだろう。
となれば次に考えるべきは、どの様に勝つかという魅せ方であった。
終夜司は黄泉路が能力者かもしれないと、確信はしていない物の疑いは持っている。
薄々勘付いているからこその能力者だらけの大会への参加の要請を考えれば、狙いは恐らく黄泉路という天然能力者を使った自社製品の性能実験。
もしくは、
「(――僕の採用試験に気を付けるだけ……)」
恐らく終夜司は唯陽に対してとても甘い。それはこうした本来ならば部外者に匂わせる事すら危険な催しに、子供に見えるとは言ってもぽっと出の部外者を参加させる所からも明らかだった。
唯陽の口添えがあればこそとはいえ、本来これほどの事業を行える組織の長が下す判断としては甘いと言わざるを得ない。
にも拘らず黄泉路を招き入れた理由は唯陽の口添えだけではないだろう。家出幇助の道すがらに倒さざるを得なかった子飼いの人工能力者辺りから情報は挙がっている上で、天然の能力者だろう黄泉路を自陣に引き入れたいのだろうと黄泉路は――夜鷹を中心とした作戦チームは結論付ける。
故に黄泉路は能力を本格的に隠す必要はない物の、全力で戦う事も出来なければ不用意に負ける事も出来ない。
それが今回黄泉路が自らに課した縛りの全容であった。
ただし、逆に言えばこれはチャンスである事に変わりはない。
黄泉路が意識を再びタブレットへ戻せば、1回戦全ての試合が終わりを迎え、2回戦へのインターバルもそろそろ終えようかという頃であった。
――コンコン。
「はい」
「迎坂様。そろそろ試合時間になりますので準備を」
「今行きます」
ノックの音と共に席を立っていた黄泉路はタブレットの画面を止めて部屋の外へと向かう。
扉を開ければ初めて見る顔の作業服の男が待っており、後をついて行くにつれ、常に画面越しあった観衆のざわめきが近づいてくるのが感じられた。
長いようで短い廊下、音の反響もさほど気にせず作られているらしく、金属扉を一枚隔てた先の個々人としては小さく、群衆として膨れ上がった会話の集合音が耳を擽る。
案内の男が扉を開ける。
すると一気に拡大された観衆の声音や扉越しではわからなかった熱気が肌に張り付く様な錯覚に、黄泉路は手を僅かに握って中へと足を踏み入れた。
背後で扉が閉まる音と、それに小型の通信装置で連絡を取っている男の声が混ざる。
「――はい、問題ありません。……迎坂様、今後の段取りについて最終確認をさせていただきます」
黄泉路が小さく頷けば、男は入ってきた扉とは逆側、観衆の音が大きく聞こえる扉の側を指で示しながら口を開く。
「あちらの扉が闘技場に繋がる扉になっております。こちらで指示しますので司会の選手紹介に合わせて入場してください」
「わかりました」
「武器や防具がご入用でしたらあちらの壁際に一通り揃えられておりますのでご自由にお持ちください」
黄泉路があえて露骨に観察するのもまずいかと気にしない素振りをしていたそちらへと目を向けた先には、男の言うように多種多様な武具が整然と並べられていた。
それは先の己刃と対峙した炎使いの青年が持ち込んだ直剣の様な分かりやすい物から、どこかの部族が持つ様な半月状の刃をした曲刀、拳銃に小銃といった銃火器まで取り揃えられており、黄泉路は時代が錯綜している様な印象を抱くのだった。
無手でも困りはしない物の、小物はあったほうがごまかしは効くだろう。黄泉路は棚から刃の付いたものを除いた使えそうなものを探す様に視線を巡らせ、ある道具を手に取り、棚を離れる。
「……」
「どうかしましたか?」
「――いえ」
視線を感じた黄泉路が振り返れば、案内の男が“本当にそれで良いのか”と問う様な眼差しを向けていた。
黄泉路が手に取ったのは籠手だ。それも甲冑に付ける様な仰々しい物ではなく、どちらかと言えば拳打の際に手を傷つけないようにする事が主目的のナックルダスターに近い役割をもつそれは、明らかに居並ぶ武器やこれから待ち受けるであろう能力者に対して不足していると思えるものだ。
男の当然の疑問と、恐らくは良心からくる仕事外の心配に黄泉路は少しばかり口元を緩めて、籠手をはめた手を見下ろす。
銀色の蔦のような装飾が戦闘用の道具という武骨な目的に華を添える籠手は己刃によって選ばれた燕尾服によく似合っている様に見える。
「(仮装パーティみたいだけど、うん。こればっかりは仕方ない)」
青いバタフライマスクを付けた自身の顔が籠手の金属面に歪んで映し出され、全身を映す鏡があればさぞ愉快な絵がとれただろうと他人事のように――事実、他人事のように考えなければ緊張感が薄れてしまうという自覚もあった――考えて待っていれば、どうやら時間になったらしく案内をしてくれた男が闘技場側の扉の前で黄泉路を手招いた。
「――では、ご武運を」
「はい」
扉を開け、小さく頭を下げる男の横を通り過ぎ、黄泉路は一際煌びやかな灯りに照らされたステージへと進み出る。
『北より現れるのは本日最初の特別ゲスト!! 出身も経歴も謎・謎・謎! 唯一判明しているのは仮面越しでもわかるその幼さのみ! ブルーマスクのニューフェイスはどんな戦いを魅せてくれるのでしょうか!』
拡大された司会の声が会場中に反響し、数多の視線が黄泉路に吸い寄せられる。
照明とは別の光源に晒されている様な感覚の中、黄泉路は対面に立った人物を観察していた。
短く刈り込まれた短髪、筋肉質に張った胸部が押し上げるシャツの上からコートを羽織った姿は服装と相まって建設現場で働いている姿が似合う様に思える。
とはいえ能力者同士の戦いにおいて外見などというものはさほど役に立たない事は黄泉路とてよく理解している。それもましてや――自由に能力が付けられるらしい人工能力者ならばなおさらと言えよう。
「見た所武器を隠し持ってるってわけじゃなさそうだが、そんなに能力に自信があるのか?」
「さぁ、どうでしょう」
黄泉路が観察しているのと同様、男もまた黄泉路を観察していた様で、体格に違わないざらりとした低い声音で首を鳴らしながら中央へと歩み寄ってくる。
対する黄泉路も中央へと歩み寄りながらとぼけて見せる。
「聞いてるぜ。上のねじ込みだってな。ま、細けぇことは――」
男の声に被さる様に、司会の音声が響いた。
『第2回戦第1試合――開始!!』
「戦えば分からぁなぁ!!!」
開始のゴングが鳴ると同時、男は慣れを感じさせる絶妙なタイミングでの踏み込みで一気に距離を詰めてくる。
その右手が背中、コートの裏へと伸びるのを見た黄泉路はさっとステップを踏んで横へと跳ぶ。
「っしゃぁ!」
「――あぶな、仕込み警棒――!」
「おうよ! 使い慣れた得物が一番ってなぁ!!」
カシャカシャと短い音を立てて伸び切ったそれが空を切り、丁度黄泉路の腕の服をぎりぎり掠めて通り過ぎる。
照明に反射して黒光りする特殊警棒――男の得物がはっきりした段階で、黄泉路は強く地面を蹴って振り抜いた直後の男へと肉薄する。
「しっ!」
「らぁ!!」
黄泉路の籠手と強引に引き戻した男の警棒がぶつかり合い、硬質な高い音が弾ける。
じんと手が痺れるのを認識するよりも早く、黄泉路は男の視線の先を見て後方へと跳び退き――
「《スパイク》!」
直前まで黄泉路が立っていた場所に鋭い土が競り上がって遮蔽物の無かった舞台に影が出来る。
「種は割れてるってかぁ!」
「1回戦は見てましたからね」
岩の柱が如き棘を挟んだ男の声に、黄泉路は淡々とお陰で対策がとれたという風に言葉を返す。
実際、男が岩の槍を作る姿は見ていた。そしてその際、視線を起点に発動させることも、黄泉路はしっかり確認していた。
「そりゃ参ったな。こっちはまだ楽しみたいんだが」
「……?」
「そんな余裕はなさそうだなぁ!! 《ストーンバースト》!!」
「っ!」
咄嗟に横に跳んだ黄泉路の燕尾服の端を石の矢が掠める。
拳を地面に叩きつけるようにして更に飛び、側転の勢いに逆らわずに体勢を整えた黄泉路は半ばから先が消失した岩の柱と、地面に突き刺さった鋭い礫を一瞥して息を吐く。
「ちっ、これでも仕留められねぇか。身体強化系か?」
「――どうでしょうね」
「涼しい顔しやがって」
そんな事は無い。
黄泉路がそう応える事は無いものの、内心では驚愕を押し殺すのに必死であった。
「(人工能力者の……バリエーション……!)」
人工能力者に共通していた欠点のひとつ。それは能力で出来る事が限られているという点だ。
能力者の炎使いと使用者の火球使いの大きな違いはそこにある。
自身の思い描く形へ、状況に応じて炎という現象を出力する炎使いに対し、火球使いはあくまでも火球という形でしか炎を出力することができない。臨機応変な戦術や応用力という部分において歴然とした差がそこにはあった――その認識が根底から覆されたのだ。
「オラオラ! 避けるだけか!? 《ストーンバースト》! 《スパイク》!」
黄泉路は思考の間にも地面から斜めに射出される石の矢を籠手で弾き、反り立つ石柱を足場に宙へと身を投げる。
追うように当てられる照明に煌びやかな燕尾服が地上に大きく影を作り、宙で踊る様に地面と水平になった身体を独楽の様に回転させながら追い縋る石の矢を籠手と靴裏で弾く姿が余す所なく映される。
そのまま空中で姿勢を垂直に戻して片足を軸に危なげない着地を披露する黄泉路の姿は、観衆を沸かせるには十分すぎるインパクトがあった。
この場が血生臭い見世物であるという認識から――役者を愛でる為の舞台であるかのように観衆を魅了する。
先ほどまでとは色の違う声援が飛び交う中、対する男は着地時が着地後に追撃を仕掛けるでもなく、称賛の混じった視線を黄泉路へと向けていた。
この時点で、既に黄泉路は相手の男が街中で見かけた能力を手に入れた事で増長したゴロツキなどではないと確信し、また、この大会という場をショーとして盛り上げようという気概を感じていた。
それ故に、黄泉路は申し訳なさを押し殺した声で男へと向き直る。
「いいえ。……申し訳ないですが、そろそろ次に進ませてもらいます」
「……! 漸く本気って訳か!」
「そういう――ことになりますね!!」
ぐっと、僅かに身をかがめて足腰に負荷をかける。それは身体の外には現れない程度であり、肉体的に一般人の域を出ない黄泉路という少年の身体を軋ませる程の出力。
任意で自身の身体的なリミッターを外せる黄泉路ならではの、自傷を伴う身体能力のブースト。
「《スパイク》!」
先程とは比べ物にならない速度で直線距離を詰めてきた黄泉路に対し、身を護る様に尖った柱が屹立する。
だが――
「はぁっ!!」
「何――!?」
籠手を嵌めた黄泉路の拳が柱を叩く。鈍い音が高らかに響き、柱がその外見的な強度とは裏腹にバキリと罅割れて砕けて破片が男へと飛び散る。
咄嗟に顔を庇った男はしかし、直後に真下に踊り込む様に肉薄する影を捉えて後方に跳び退こうと――
「せいっ!!!」
「ぐぇあ!?」
その背後。正確には下がろうとする男の真横に並ぶように駆け抜けた黄泉路が回し蹴りを男の延髄へと叩き込み、それが下がろうとした男自らの勢いと合わさって脳を揺らす。
蹴りを入れる際に加減したとはいえ、その威力は意識を刈り取るには十分すぎるもので。
――ぐらりと男の身体が揺れる。
「……っと」
黄泉路からすれば巨体とも言える男を容易く受け止め、大小の石が散乱している中でも比較的マシな床へと横たえると同時にゴングが鳴り響いた。
『試合、終了ぅぅぅううううう!!!! まさか、まさかの大健闘! 誰があの華奢な矮躯からこの結果を想像したでしょうか!? ブルーマスクの貴公子、ここに爆誕!!! 華麗なる試合運びと最後に見せたスポーツマンシップに、皆様大きな拍手をお願い申し上げます!!』
司会の声が終わるよりも早く、会場を包んでいた熱気がこれでもかと爆発する中、黄泉路は照れ臭そうに手を上げて応えるのだった。




