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8-20 実戦競売2

 静寂の中、規則正しいふたり分の足音が響く。

 蛍光灯によって照らされた通路は白く、人工の灯りのみで支えられた視界はどこか空虚にも見え、通路の端に寄せられた段ボールが作る淡い影の端にさえ、生物の気配が感じられない無機質な雰囲気が通路全体を覆っていた。

 己刃が選んだ衣装に着替え終わった後、呼び出しに来た従業員によって控室を後にした黄泉路は案内されたときと同様、先導されながら廊下を歩いていた。

 前と違うのは先導する男がホテルの従業員というよりも、どこかアングラな雰囲気を持つ作業服の男であることと、案内される先が控室ではないということ。

 加えて会話もない為、黄泉路は幸いと念話による状況報告を終えていた。


『なるほどですねー。現時点の能力使用者でも非能力者にとっては十分脅威ですしねー。おっけーおっけーです。私の方でも深く探っておきますねー』

『黄泉路はそのまま参加者のふりをして』

『上手くすれば“景品”に接近するチャンスだな。その為にも――』

「(了解。能力は極力伏せて、ですね)」

『そういうこった。まぁ、黄泉路なら多少使っても問題ないはずだ』


 傍目から見て完全に死んでいる状態からの再生でもしない限りは、黄泉路は取り立てて珍しくもない再生能力者に収まる。そういった事もあって、今回意図せず潜入が決まったのが黄泉路で助かったというのは作戦に参加している面々全員の総意であった。

 そうでなくとも、本来の想定を大幅に修正させるはめになった原因である黄泉路自身は責任という観点から志願しただろうが。


『んじゃ、俺達はホテル内でアリバイ作りしとくぜ』

『私は引き続きひとりで内部を探ってみます』


 方針の確認が終われば、頭から声が遠のいて実際の静寂が戻ってくる。

 コツコツと靴音だけが直線に響く通路を進むと、俄かに騒がしい音が耳に届き始め、


「ここに入れって事ですか」


 控室とさして変わらない実用性だけを突き詰めた様な扉の前に案内された黄泉路は先導の男に問いかける。

 無言のまま頷く男が道を譲る。

 男の表情は変わらない物の、見られているという感覚を無視して黄泉路は扉に手を掛けて中へと足を踏み入れた。


「おや、おやおやおや? よくお似合いでございますね!」

「え……っと、さっき司会をしてた……?」


 室内で待機していたらしい男性の大き目な声量に僅かに驚いた物の、黄泉路はその声が先程聞いたものである事に思いいたり、確認と会話の取っ掛かりにと声を掛ける。


「ああ、これは失礼いたしました。私、仰る通り先ほどのショーで司会を務めておりました。もしや中継をご覧に?」

「ええ。行木――くんに、勧められました」


 黄泉路が己刃の名前を出すと、先ほどまで軽妙に回っていた司会の男の口がぴたりと止まり、その表情にあからさまな動揺が滲む。

 訝しむ様に言葉を待つ黄泉路に気づいた司会はハッと表情を切り替え、確認する様に問う。


「失礼ですが、行木さんとは以前からお知り合いで?」

「いえ、今日が初対面です。控室が一緒だったので」

「……すみません、こちらの不手際だったようです」


 素直に否定する黄泉路に司会は顔色に悩ましい様相を浮かべて頭を下げる。

 嘘を吐いているというより、言う必要のない事には触れていないだけで誠実ではあるのだろう。けれど黄泉路にはその声音からは安堵が滲んでいる様に聞こえた為、少しばかり掘り下げてみるつもりで声を掛ける。


「不手際ですか?」

「申し訳ありません、どうも情報が錯綜していた様で。以後このようなことが無いよう周知徹底しておきます」

「やっぱり僕の飛び入り参加が原因でしょうか」

「いえいえ、飛び入り自体は稀にあるのです。ですが今日に限って、それも特別な筋からの飛び入りが2件もあったので連絡に不備が出たようですね。申し訳ございません」


 2件という言葉に疑問を抱いたものの、ここでこれ以上の深入りをするのはかえって不自然かと黄泉路は出掛かった質問を飲み込むと、室内を見渡して別の問いを口に出す。


「それで、何を教えてもらえないまま案内されてきたんですけど、ここでは何を?」

「はい。今から大会についての説明を致します。質問がございましたら後程お受けいたします」


 司会に席を勧められ、手前に置かれたコーヒーが湯気を立てる。

 語られる内容は先ほど己刃が口にしていた物とさほど変わらないものの、あちらは本質を端的に表現する事に留め細かい規則等には触れていなかったのに対し、こちらは本質は丁寧にオブラートで包み込んだうえで実際に進行する際の入退場に関する注意点や勝利、敗北条件と言った見世物(ショー)の体裁を保つための様式(マナー)に関するもので、黄泉路としては立場の違う人間から両方の情報を耳に入れる事が出来たのは幸いと言えた。


「大会は下位リーグの際と同じくトーナメント制となっておりまして、対戦相手は直前まで告知されません。勝利された時点でファイトマネーが支払われる点は下位リーグと同様ですが、注意点としましては上位リーグでは原則、上位8名以上の棄権は認められていません。勝ち上がった所で棄権して観客の興を削がれる事を防止するための規則ですのでご理解ください。ここまでで質問はございますか?」

「なるほど。わかりました。……僕は参加する様にとしか聞いていないのですが、僕は何処まで勝っていい(・・・・・)んでしょうか」


 一通り説明を受けた後、黄泉路が口にした問い。それは規約や様式美に関するものではなく、運営側への探りに近い――否、実際の闘技場を仕切っているらしい司会の男の更に上から何か降りてきてはいないかという確認であった。

 司会の男は一瞬黙り込んだものの、すぐに面白そうに黄泉路を観察するように視線を動かし、


「さすが、上からの特別参加枠というだけあって自信がおありのご様子。これはますます面白い興行になりそうですね。ええ、ええ。構いませんよ。勝ち進める限り好きなだけ勝って頂いて構いません。ただし、いくら上から指示があったとしても他の選手同様に命の保証は致しかねますので、高を括って無茶はなさいませんように」


 目の前の先の細い少年の何処にその様な自信があるのか、または、上層部からねじ込まれた例外がどれほどのものなのかを査定するかのように含んだ笑みを浮かべて告げる。


「それでは、最後になりますが、今後の対戦についてのお話を」


 静かに頷くのみに留める黄泉路に笑みを引っ込めた司会が居住まいを正し、多少熱の抜けたコーヒーを口に含んでから改めて口を開く。


「今回集まった選手はシード含め34名。迎坂様はシード枠ですので第二回戦からの開始となります。係のものから声がかかるまではこちらの控室をお使いください。あちらの端末は試合中継の他、ルームサービスにも対応しておりますので必要なものがございましたらあちらからお願いします」


 それでは、と。司会の男が席を立つ。

 そろそろ大会開始が近いのだろう、ちらりと壁掛けの時計をみやると時刻はもうじき日付を跨ぐかと言った具合であった。


「健闘と、そしてお客様を大いに賑わせて頂けることを期待しております」


 黄泉路が入ってきた扉から退出してゆく男が言い残した言葉が部屋の静寂に溶けて、残された黄泉路は新たに得た情報の共有と精査を始めるのであった。




 ◆◇◆


 暖房の利いた室内に僅かに届く喧騒。壁越しという事もあって慎ましい物ながら空調とは別種の熱気を孕んだ雑音は文字通り別世界の出来事のように遠い。

 闘技場の観客席、その最上段に作られたマジックミラーがはめ込まれたボックス状のVIP席の中は絢爛な内装で赤いカーペットに橙色のシャンデリアといった、観客席である事を忘れさせる程に華美な装飾で満たされていた。

 広々とした空間には観覧用に鏡近くに設置された座椅子の他にも、すぐに給仕が出来るようにと仕切りのされた小部屋と試合の合間を退屈なく過ごすための長テーブルとそれに合わせたソファが設置されており、今まさに本番までの待ち時間を有効活用しようという本来の目的に沿った人物たちが腰を下ろしていた。

 ひとりは当然のように上座に腰かけている、闘技場――ひいてはホテルを含めたこの場のすべてを支配する主、終夜(よすがら)(つかさ)だ。

 司の対面、ソファに浅く腰掛けている相手が声を掛ける。


「此度は招待いただきまして」

「いや、此方からの急な提案を呑んでくれた月浦には感謝している。腹を割って話そうではないか」

「そういうことでしたら……」


 改めてソファへと深く座り直した初老の男性はちらりと司の隣に座る少女――唯陽へと視線を向けて改めて口を開く。


「内密な商談と聞いておりましたが、娘さんがいらっしゃるという事は……?」

「ああ。商談で間違っていない。だが娘の縁談の話も絡んでくるのでな。娘たっての希望で同席させることにした。社会見学と思って大目に見てやってくれ」

「ええ、それは構いません。此方も息子も同席させていますしね」


 ちらりと初老の男性が隣の席へと視線を向ければ、それまで黙っていた青年が会釈する。

 顔を上げた青年はふわりと纏まりのある自然に焼けた茶髪の下に覗く涼やかな眼差しを唯陽へと向ける。

 成人しているかどうかという頃合いの青年の顔は目の肥えた唯陽から見ても整っており、パーティなどで見慣れたブランドの――オーダーメイドであろうとブランドごとの色は出てしまう為、どうしたって上流階級で好まれる流行のブランドは逆に没個性となってしまう――服でさえ、目の前の人物の為に誂えた様な、パズルのピースが正しい位置に収まっている様な説得力があった。


「お初にお目にかかります。月浦(つきのうら)瑛士(えいじ)と言います。唯陽さん、お会いできてうれしく思います」

「……ええ。此方こそ。お初にお目にかかりますわ」


 パーティの席であればさぞ照明に映えただろう堂に入った笑みを浮かべる瑛士に対し、どこかぎこちなくも微笑み返す唯陽のやりとりを横目に、初老の男性は給仕が運んだ長細いグラスを指に引っ掛けながら司へ視線を戻し、


「どうやら互いに緊張している様子。まずは我らが話を進めて場を温めると致しましょうか」

「そのようだな」


 司は事前に唯陽が婚約に乗り気でない事やこれから始まる試験についても把握している事から、唯陽の表情が硬い理由も当然把握しているが、それを態々口にすることはない。

 よって、当然のように月浦の主である初老の男性に対して今回この場で商談を持ちかけた意図へと話の舵を切る。


「我々が最近ある事業に力を入れている事は……一定以上の者ならご存知の事かと思う」

「ええ。なんでも新機軸の技術革新があったとどこでも噂ですよ」

「そうだな。あれは日本のみならず、今後の世界の趨勢すら決めかねないほどの重大な代物だ」

「……終夜財閥がそうまで仰る技術、それが我が月浦にどう関係が?」


 月浦重工は世界各地に販路を持ち、今日の日本の工業を支える一大企業ではある。だが、あらゆる分野において世界レベルの規模を誇る終夜と比べてしまえば一段、二段は格が落ちるのは否定しようもない事実だ。

 そんな終夜が、牛耳れば世界を統べる事すら可能とまで言わしめる技術を独占せずにいる理由が分からず、月浦当主が率直な物言いで尋ねれば、司はちらりと分厚いカーテンが掛かった窓の方へと視線を向ける。

 静かなモーターの駆動音と共に開く窓の先――身なりの良い仮面の観客が興奮冷めやらぬ様子で円形に窪んだ中心を覗き込む光景が広がる鏡の向こうでに目を瞬かせる月浦当主に向けて、司は勿体ぶった調子で告げる。


「それはまず、これから行われる第一試合を見てからということにしよう。唯陽、瑛士君もあちらの席につきなさい」


 窓際に並べられた座椅子へと率先して歩み出した司の後を、表情を固めた唯陽は静かに喉を鳴らしてついて行った。

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