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8-17 終わらない夜の底で2

 行木己刃――やみっきーと自称する青年がロリポップをマイクに模して黄泉路の方へと向けながら無邪気に笑う。

 含んだものはなく、探ろうという意図すらも感じられない純粋さだけが前面に押し出された様子はこのような状況でさえなければ見た目の派手さを払拭して余りある好青年的な印象を与えただろう。

 けれどそれはあくまでも、ここが終夜の用意した特別な部屋でなければという前提条件がなければの話だ。

 一瞬躊躇ったものの、ここで何もかもを警戒し続けても何も始まらないと黄泉路は意識を切り替える。


「迎坂黄泉路……僕の事は、好きに呼んでくれて良いよ」

「おっけーおっけー!」


 ぺろりとロリポップを銜え直した己刃は名前を聞いて満足したのか、再びソファに寝転がるとスマホを弄り出す。

 となれば困るのは自己紹介を会話のきっかけと捉えていた――己刃の側にもコミュニケーションの意志があるものと思っていた――黄泉路である。

 会話が途切れ、どうしたものかと手に残ったカップケーキに視線を落とす。


「(本当にこれを渡すため……? 自己紹介したかっただけ?)」


 あれこれ勘ぐってはみるものの、黄泉路が再び己刃へと視線を向けてもまるで気にした様子もなく、静かな部屋に華を添えるような、ソーシャルゲームの軽快なBGMと効果音が流れ続けていた。

 このままお互いに居ない物として扱い、時が来るまで待つことも十分に可能だ。だが、この場において少しでも情報が欲しい黄泉路は己刃へと声を掛ける。


「ねぇ、行木くん」

「……」

「行木くん」

「……」

「――やみっきー?」

「んぁー? なーにー?」


 どうにも独特の間合いを持っているらしい。初めのうちの遠慮がちな声掛けも、明確に呼びかけた声にも応じず、自ら名乗った愛称で呼んだ時だけ、雑ながらも反応を返す己刃に黄泉路は漸く通じた意思疎通を途絶えさせてなるものかと言葉を重ねる。


「いや、さっき入ってきた時、部屋を間違えたとか、いつもの控室だとか言ってたから気になって」

「あー。あれかー」

「良ければどういう意味か教えてくれないかな」


 視線はスマホに向かったまま、けれど、どうやらしっかりと話は聞いているらしい己刃へと黄泉路は軽いジャブの様な探りを入れる。

 黄泉路が居た事で控室を間違えたかと思ったということはつまり、己刃は以前にも――より正確に言うならば頻繁に――この部屋を利用しているということに他ならない。

 終夜のホテル、それもスイート専用の受付を担う様な従業員による厳重な案内によって通されたこの控室を頻繁に利用する立場とは如何なるものか。

 黄泉路の唯陽連れ回し事件の最中に裏で調査に当たっていた三肢鴉の仲間すらも全容を掴むことが出来なかった地下の最奥、その内側にいる人物こそ、彼なのではないか。

 勘付かれない程度の軽い世間話の体で、そうした話の取っ掛かりになるかもしれない話題を振った黄泉路であったが、スマホに目を向けたまま、画面に忙しく指を這わせている己刃はまるで気に留めた様子もなく、


「んー? そのまんまの意味だけどー?」

「そのままって?」

「だからー……ってあっ!」


 ぼんっ、と。今まで聞いたことのないSEと、もの悲し気なメロディが連動して室内に響く。

 同時に手を止めた己刃は至極残念そうな顔を画面へと向け、


「あーやられたー……! くっそーフレ厳選からしなきゃじゃんよー……」

「えーっと……ごめん?」


 気力を失ったように顔面からソファの端に設えられたひじ掛けにダイブし、曇った声を滲ませる己刃に、黄泉路は遠慮がちに謝罪の声を掛ける。

 黄泉路が話しかけた事で攻略に失敗したかもしれない。それが理由で機嫌を損ねられては会話にも支障が出る。そう考えての謝罪であったが、己刃は姿勢を変える事無く、既にアプリを終了させてスリープ状態にしたらしい液晶の暗いスマホを持ったままの手を上げて、問題ないと応える様にひらひらと振った。


「いーよいーよ。どーせターン制のタクティクスゲーだし」

「そっか。……話の続き、大丈夫?」

「んー。よし、おっけーおっけー。意識切り替えてこー。うんうん、そーだよな、暇つぶしったって他にも出来る事あるしな! いーよいーよ。むかてぃー(・・・・・)の質問に答えよーじゃん」

「(む、むかてぃー……)」


 がばりと身を起こした己刃がソファに座り直すと、ぽんぽんとソファ上に空いた自身の隣のスペースを示す。

 あまりにも綺麗な海老反りであった為、黄泉路は一瞬目を瞠るも、すぐにその柔軟性が日頃から身体を動かしている者のものだと辺りを付けてすまし顔へと戻ると、何食わぬ顔で己刃の隣へと腰かける。


「あれ? それまだ食ってなかったのか。もしかして嫌いだった?」

「え、ああ。そういう訳じゃないんだけど、渡されたのが唐突だったからつい」

「ふーん。あ、俺これもーらい!」


 黄泉路が手に持ったままのカップケーキに目を留めた己刃は首を傾げるも、黄泉路の苦笑交じりの返答に納得したらしく自らもテーブルに置かれていたカップケーキを手に取ると、丁寧に包装紙を剥がし始める。

 途端にふわりと鼻腔を擽る甘い香りに、黄泉路も自身の手にあるカップケーキの包装を剥がし口へ運ぶ。


「んまー」


 隣で頬を緩める己刃を横目に見つつ口に運んだカップケーキは確かに甘い。黄泉路の口の中にも同様にバニラの香りと甘みが広がり、もそもそと咀嚼していると、早々に1個食べ終えたらしい己刃は別のフレーバーらしい堤へと手を伸ばし、再び丁寧に包装を剥がし始める。

 ふたつ目をほおばり始めた段階で黄泉路も薄々己刃の性格が理解でき始めていた為、自身のカップケーキを食べ終えたのを機に声を掛ける。


「それで、さっきの質問なんだけど……」

「あー、あー。うっかりうっかり。なんだっけ、俺がここにいるりゆー(・・・)だっけ?」

「そうそう」


 ぺろり、と。ふたつ目のカップケーキを食べ終えた己刃が自身の指を舐めて立ち上がる。

 その足がふらりと冷蔵庫に向かい、徐に中から炭酸飲料を取り出してボトルのキャップを開けるのを見やりながら、黄泉路はまた話が中断されやしないかと反応を待つ。


「――りゆー、りゆーなー……強いていうなら、めーわくになんねーからかな?」

「迷惑?」


 小さめのボトルから3分の1程度内容量が消えた後、飲み口から顔を離した己刃が述懐する。

 その表情がどこか遠くを見る様な、ぼんやりとしたものだったため、黄泉路は首を傾げつつ詳しく聞こうと相槌を打てば、己刃は再びソファに深く腰掛けながら悪戯っぽく笑う。


「そ。めーわく。俺ってば抑えが効かねーから。……まーでも、あっちもあっちで儲かってるみてーだし、Win-Winの関係ってやつ?」

「なるほど……。所で、今更なんだけどさ。ここってどういう場所なの? 僕、ちょっと事情があってここに連れてこられた感じで内容については全然聞いてないんだけど……」

「……え? まーじでー!?」

「わっ」


 唐突に増した隣からの声量に、黄泉路は思わず肩を跳ねさせる。


「いや、マジで知らないで参加したのか。やべーなおい。じんせー無駄にしすぎじゃね? 今からでも帰る? 俺なんなら手貸すよ?」

「えっと、いや、僕も、やらなきゃいけない事があって、その条件として参加になったことだから……」


 急に親身になった様子の己刃に困惑しつつも、ここで追い出されては堪らないと黄泉路は首を振って遠慮する。

 すると己刃も元々ただの親切心だった様で、本人がその気なら止める気はないのかあっさりと引き下がった様子でテーブル上の菓子に再び手を伸ばしかけ、


「あー。ならこれ観よーぜ」

「タブレット?」


 思い立ったように立ち上がると、再びソファを離れて鏡面近くの台に置かれていた薄く黒い板を手に戻ってきた己刃の手元に視線を向ける。

 10インチ型の飾り気のない黒のタブレットPCの暗くなった液晶に覗き込んだふたりの顔が映っていた。

 手早くタブレットを操作する己刃の手元をそのまま覗き込んでいれば、専用アプリらしい内線限定の映像画面が映し出され――


「あちゃー。もう最後のほーだ。ま、でもいっか。その分俺らの出番も早くなるしー」

「……格闘技?」


 画面から歓声が響く。

 リングを主に映している事もあってそれ以外の情報量は決して多くない物の、一段深く掘り下げられた円形の舞台の地面は格闘技等でよく見られるマットに似ており、映像に映っている2名の人物も相対して殴り合っている様子から黄泉路は格闘技の試合を連想した。

 とはいえ違和感もある。本来そうした格闘技であれば、態々円形の舞台を作る必要も無ければ、なにより、壁面を高くし、観客席を上に持ってくる必要もない。

 特徴的な形状の舞台はむしろ……


「コロッセオ、みてーだろ?」

「……」

「いーシュミしてるよなー。現代の地下でコロッセオってさ。これこそ金持ちのどーらく(・・・・)って感じで!」


 黄泉路の連想に現実が追い付くが如く、けらけらと楽し気な己刃の声が肯定する。

 皮肉というにはあまりにも明るくあっけらかんとした物言いが幸いと言えるかどうかは判断に困る所だが、今はそれよりも己刃の発言の方が気に掛かった。


「つまり、これが裏ギャンブル?」

「そーゆーこと。てきとーな人集めてやりあわせて誰が残るか賭ける遊びってやつ」


 悪趣味だよなー、などと、スタンドを用いてテーブルの上に設置したタブレットに映る両者血まみれの殴り合いの様相を、再び菓子を片手にけらけらと観戦する姿はとてもではないがその金持ち達の事を言える立場ではないだろうが、黄泉路は指摘を飲み込んで観戦している風を装いつつ疑問を投げかける。


「開催側の意図はわかったけど、参加者側って何かメリットがあるのかな。やっぱり勝てばお金がもらえるとか?」


 素朴な疑問といった声音を意識した黄泉路の努力の甲斐あってか、はたまたそもそもをして黄泉路の態度や意図など気にも留めていなかったのか。己刃は楽し気な笑い声を引っ込めると胡散臭そうに首を振り、


「うんにゃー。あそこに集まってるバカは全員、能力(スキル)目当てに集められた雑魚だよ」

「能力――目当て?」

「そ。聞いたことねー? 最近、能力者(ホルダー)でもねーのに能力が使えるよーになるってウワサのアレ」


 不意打ちの様に告げられた、ピンポイントとも言える話題に黄泉路は思わず言葉を失ってしまった。

 だが、その事を不審に思われないように黄泉路が取り繕おうという気になるよりも先に、タブレット越しに試合終了のゴングが鳴る。


「っと、よーし。そろそろ俺の出番だー」

「え、えっ、出番って!?」


 ふわりと、軽やかな足取りで席を立った己刃がポケットの中から自前のロリポップを取り出し、再び口に銜えながら席を立つ。

 慌てて声を掛けた黄泉路であったが、すり抜けるように控室の出口へと向かう己刃は気にした風もなく扉に手を掛けて振り返り、


「まーまー、気になるならそのタブレットで見てろよー。俺のめっちゃかっこいーとこ見せてやるからさ。っつーわけで、いってきまーす」


 ぱたん、と。扉が閉まる。まるで気負った様子のない己刃の背中に、不安よりも先に薄ら寒い物を感じてしまった黄泉路は言葉を無くしたように再びソファに深く身体を沈めると、先ほど己刃から得た情報の分析も兼ねて画面へと視線を向けるのだった。

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