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8-9 夢見る少女と黒衣の王子様3

 気持ち程度でも服装を誤魔化すため、コートを買いに向かった黄泉路と唯陽。

 幸いにもというべきか、さすがは終夜のお膝元ともいうべきか、目当ての店舗はすぐにも見つける事が出来たふたりであったが、幸先が良いのはここまでのようで。

 売り場を前に唯陽が今まさに気づいたというように口元を手で覆い、困った様に黄泉路へと視線を向け、


「どうしましょう。私、カードの持ち合わせがありません」


 申し訳なさそうに告げる唯陽であったが、たとえカードを持ち出していたとして、使えば居場所などすぐにバレるだろうと黄泉路は首を振る。


「良いよ。僕が出すから」

「そんな……」


 支払いをさせてしまう事への申し訳なさと、好意的に解釈するならば“素敵な男性からのプレゼント”だと考えられるのではという少女らしい思考に、唯陽が内心で葛藤していることなど黄泉路には当然知る由もなく、


「こちらとこちら、どちらの方が良いでしょうか……?」


 せっかくの贈り物ならばと当初の目的を半ば以上脇へと押しやり、嬉々としてコートを選び始める唯陽の言葉に詰まる問い掛けに少なくない時間を要し、黄泉路が苦笑交じりに頬を掻く場面があったりと。

 既に脱走自体はバレているだろうことは承知の上で、本当に隠れる気があるのならば既にこの敷地から外に出ていた方がいい時間が過ぎている事も含め、黄泉路からすればとてもではないが順調とは言えない滑り出しであった。


 それでも何とかタクシーを捕まえた黄泉路がタクシーの運転手へと告げる目的地はお台場。

 黄泉路としては何処であろうと相応に時間が潰せるのならば問題なかったが、唯陽という――いわば護衛対象を人混みに紛れ込ませつつ、彼女の要望に適う一般的な娯楽施設が充実している場所といった条件から、若者向けの施設が多いお台場を選んだのだ。

 タクシーの運転手はモール内ですれ違う客同様、黄泉路達の事を若いカップルだと考えているようで、バックミラー越しに黄泉路がちらりと観察していれば、後部座席に座るふたりの姿を微笑ましく見守っている体であった。

 さすがにそこまで露骨な見守られ方をすれば、黄泉路としても通行人が向けていた視線の意味にも遅まきながら気づく事となる。けれど今まさに隣で目的地への期待を膨らませて語り掛けてきている唯陽への態度を疎かにすることもできない。


「(……まぁ、その方が詮索され辛くて良いか)」

『よみちんが乙女心を弄んでるー』

「(弄ぶも何も。この子と僕じゃ住んでる世界が違うじゃないか)」

『ぶーぶー。……でも、エスコートはしっかりするんですねぇ』


 唯陽へと受け答えする間にもデートコーディネイターを自称しだした標の茶々が脳内に響き、黄泉路は内心でため息を吐く。

 ややあって、タクシーが止まる。

 抜けるような晴天に冬の寒々とした風が降り立つと同時にふたりの頬を撫で、唯陽が白い息を吐きながらふるりと首をコートの襟口に埋めるのを横目で見つつ、支払いを済ませた黄泉路が唯陽の手を握る。


「とりあえず、屋内から回ろうか」

「はい……」


 総合アミューズメント施設の前で止めてもらった事もあり、寒空に長く身を晒す事無く屋内へと移る事が出来たふたりであったが、


「――すごい、喧騒ですのね」

「まぁ、ゲームセンターだしね」


 扉を潜り抜けると同時に、二重の扉によって遮断されていたゲームセンター特有の喧騒がふたりの耳を麻痺させる様な大音量で出迎える。


「今日が何かの催しという訳ではないんですの?」

「たぶんね。さて、何かやってみたい事は?」

「どういったものがあるのでしょう……?」


 上流階級の社交場や遊技場といった物は経験のある唯陽であるが、そうした場における騒がしさとは別種の雑多とした音の洪水に目を瞬かせ、きょろきょろと視線を彷徨わせる姿に見かねて黄泉路が助け船を出す物の、まず何が出来るのかが分からない唯陽は首をかしげてしまう。


「――適当に回ってみて、やってみたいのが見つかったらその都度って事で」

「わかりましたわ」


 黄泉路自身もゲームセンターで遊んだのは能力者になるより前、友達に誘われて訪れた程度しか経験がない事もあり、ふたりは入口から近い順にと歩き出す。


「あら、あれは何でしょう?」


 まず目についたのは、多くのゲームセンターがそうであるように入口付近に設置されたクレーンゲームだ。

 透明な筒の中が均等に分割され、ぬいぐるみが山のように詰まれた大型クレーンゲームを前に、唯陽は興味津々と言った具合に黄泉路に尋ねる。


「やってみる?」

「よろしいんですの?」

「ゲームセンターに来たのに見て回るだけってのはさすがにね」


 幸い、やり方自体は非常に簡単である為、最小限の説明だけをした黄泉路は硬貨を投入して唯陽に場を譲るが、唯陽は黄泉路が財布から取り出した硬貨と投入口を興味深げに見ており、


「お札の投入口がございませんのね」


 などと、的外れなことをぽつりと口に出す。

 さすがに物語に出てくる箱入りお嬢様の様に硬貨の存在を知らないなどという事はないらしいと、黄泉路は自身の抱いていた偏見に苦笑を浮かべる。


「普通、ゲームセンターでお札をそのまま使うことはまずないと思うよ」


 促す黄泉路に従い、クレーンゲームを開始した唯陽であったが、初めてプレイする事、クレーンゲーム自体がそう簡単に景品を取らせるつもりがない事と合わさり、


「――あっ」


 デフォルメされた犬のぬいぐるみの前足をアームがひっかけたまでは良かったものの、ぬいぐるみは浮き上がる事すらなくアームが外れて元の位置へ。

 思わずといった具合に小さく声を上げる唯陽を後ろから見守っていると、唯陽はちらりと黄泉路の方へと視線を向ける。


「……あと何回かやる?」

「よろしいんですの?」

「さすがに1回2回で取れる様なゲームでもないしね」

「……でしたら、お言葉に甘えて」


 チャリンチャリンと硬貨が投入される音が響き、複数回連続でプレイできる状態になったクレーンゲームを前に、唯陽は真剣なまなざしでボタンに手を置いてケースの中を覗き込む。

 とはいえ、数回繰り返したところで所詮は初心者である。


「殊の外、難しいですわ」


 途中で1回だけ、あと少しという所まで浮き上がったものの、結局は収穫もないまま投入された硬貨分のプレイを終えた唯陽は申し訳なさそうに眉を下げる。

 黄泉路からすればたかがクレーンゲームであるが、唯陽にとっては初めての経験であり、黄泉路の出費によって叶えられたチャンスでもあった為、ふいにしてしまった申し訳なさが悔しさに勝っていた。


「そんなに落ち込まなくても。……あのぬいぐるみ、欲しかったの?」

「い、いえ。そういう訳ではありませんわ」

「取れなかったことを気にしてるなら、クレーンゲームって元々そういうゲームだから気にしなくていいと思うよ」

「……それは詐欺ではなくて?」


 気休めにと口にした黄泉路の言葉に、唯陽が怪訝な顔を向ける。

 さすがに少し言葉が足らなかった事に気づいた黄泉路は苦笑交じりに緩く首を振る。


「お店によって少し違ったりするけど、アームの強度を調整して“取れるか取れないか”のギリギリを演出したり、景品の配置を工夫して“取れそうで取れないもの”と“よく観察すれば取れるもの”を作ったりしてるんだよ。カジノでもディーラーが操作したりするって言うけど、そういうのと一緒だと思えばいいよ」

「……そういうことでしたの。なるほど、ゲームセンターというのは庶民向けのカジノの様なものでしたのね」


 やや受け取り方がずれている様だが、それでも大差ない範疇であろう理解を示す。唯陽が怪訝そうな表情を引っ込めるのを確認して、黄泉路はどうやら本当にぬいぐるみが欲しいわけではないらしいとそっと息を吐いた。


『えー。ここは代わりに取ってあげるシチュじゃないんですかぁー?』

「(僕だってクレーンゲームなんて中学生以来だよ。その時だって上手かったわけじゃないし)」

『ぶーぶー。ここは“チープでも思い出に残る品物を渡して印象に残す大作戦”しましょーよー』


 脳裏に響く標の横やり(アドバイス)を無視し、黄泉路は唯陽に手を差し出す。

 そもそも今回のデートの目的は終夜唯陽に取り入る事ではなく、あくまで葉隠やカガリ、美花が調査を終えるまでの間の陽動になればいいのだから、無理に見栄を張る必要もない。


「さて、まだほんの入り口だ。他のゲームもやってみる?」

「ええ。他にはどの様な遊戯がありますの?」

「音楽に合わせてボタンを押すゲーム、画面に映る的を専用リモコンで狙うゲーム、カーレースを疑似体験するゲームとか……色々あるけど、どれも見て実際に興味が沸いたらやってみる方が早いんじゃないかな」

「それもそうですわね」


 楽し気に笑った唯陽が差し出された手に自らの手を重ねれば、ふたりはゲームセンターの騒音の中へと身を投じていった。


 その後も、新しい筐体を見るたびに足を止めて、あれはなにか、これはどう遊ぶのかと問いかけてくる唯陽に黄泉路が応じ、一通り遊び終えたのはホテルを抜け出してから2時間が過ぎた頃であった。


「聞いてはいましたが、本当に色々な種類がありますのね」

「そうだね。僕も来たのは久しぶりだったから、知らない物が増えてて驚いたよ」

「あら、そうでしたの?」


 立派なエスコートぶりでしたわよ、などと。冗談とも本気ともつかない調子で口元を隠して笑う唯陽と対面しているのは、アミューズメントパーク内に設置されたレストランの一角。

 昼時ということもあって相応に込み合っている中、運よく大した待ち時間もなく席に通された黄泉路は、店員の運んできたメニューに目を通しつつ、物珍しさからチープな料理に興味をひかれている様子の唯陽と言葉を交わしながら、念話を繋いで今後の予定のすり合わせを行っていた。


『どうやらお嬢様脱走は相当堪えてるらしいぞ。どこもかしこも水面下ではあるが蜂の巣をつついたような騒ぎになってる』

『会話から裏も取れましたが、どうやら本当にお見合いから逃げた様です。ええ』

『となるとー、お嬢様の返し方も考えないとですねー。下手に誘拐を疑われてもっていうか、現状実質誘拐みたいなものですしぃー?』

「(頭の痛い事言わないでよ……。まぁ、とりあえずこっちでも何か考えてみる)」

『了解しました。ベストはお嬢様に自分の意志で抜け出し、帰ってきたと証明してもらう事ですが、方法はお任せします』

『顔を見られてるのは黄泉路だけだから、最悪黄泉路が裏方に回れば良い』

『だな。こっちはこっちでもうちょっと探ってみるから、そっちも上手くやれよ』

「(了解)」


 黄泉路が念話を打ち切るタイミングで、幾度か捲っては初めのページから終わりのページまでを繰り返し眺めたメニューから目を離した唯陽が首をかしげて黄泉路に問う。


「――こういったお店に入るのは初めてなのですが、コース料理は一般的ではないのでしょうか?」

「お店の種類にもよるけど、ファミレスでコース料理っていうのは聞いたことがないかな」

「では、こういったお店ではオードブルから自分で注文しなければなりませんの?」

「そもそも前菜とかの概念が薄いんじゃないかな。好きな物を注文して好きなタイミングで食べるのが普通かな?」

「まぁ」


 初めて知った、と、顔で語る唯陽はしかし、与えられた自由を謳歌する様に再びメニューへと熱心な視線を向ける。

 その姿に、黄泉路はこの子は本当に箱入りなんだなと今更ながらな感想を抱くと共に、今後どう接するべきかを改めて整理するのであった。

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