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8-8 夢見る少女と黒衣の王子様2

 状況は少し遡り、黄路少年こと迎坂黄泉路が終夜唯陽とばったり遭遇してしまった直後。

 唯陽による衝撃の勘違いはあったものの、潜入中に露見してしまった事を除けば黄泉路は比較的冷静に飛び込んできた少女の姿を観察していた。

 その顔は潜入前に読み込んだ資料にもあった顔で、即座に相手の正体を看破した黄泉路は表向きの沈黙の間に標へと声を掛ける。


「(標ちゃん。緊急で今回の作戦メンバーに繋いで)」

『りょーかいですー』


 状況は見えていないはずだが、黄泉路の緊急という文言に標は普段の冗談ひとつ零すことなく自らに与えられた仕事をこなす。


『何があった?』

「(終夜唯陽と遭遇しました)」

『遭遇――ってことは、バレたんですか!?』

「(そうなります。けど、すこし様子がおかしくて)」

『どういうこと?』


 美花の促す声音を脳裏に聞きつつ、目の前の少女が未だ混乱の渦中にあるらしいことを表情から察して黄泉路は手早く状況を纏めて報告を上げる。


「(気付くのが遅れたのは僕の不注意ですが、終夜唯陽が忍び歩きをしていた所為で音を聞き逃してしまって。それにどうにも、追われている様で……)」

『終夜がこのホテル内で追われる……? 確かに妙だな』

「(それに、人違いなんですけど、僕に対して“結婚しない”と)」

『ははーん? 私読めてきちゃいましたよー?』

『いやいや。そんなベタな』

「(まさかですよね……)」


 黄泉路とて、頭には浮かんできていた仮定。だがあまりにも違う世界の事であるが故、無意識にないと断じていた選択肢を再び持ち上げようとする標の――それもにやにやと楽し気にしているのが伝わるような声音に、黄泉路とカガリの男性陣ふたりは揃って否定を描く。

 だが、標の戯言に近い夢物語を支援したのは、まさかの葉隠であった。


『まさかと言いたい処なのですが。ええ、まぁ、こういう社会ですと割とありますよ。政略結婚』

『マジかよ』

『マジですよ』

「(……そうなると、やっぱり)」

『政略結婚が嫌で逃げ出しちゃったんですねー。きゃー、だいたーん』


 少女向けの物語のような展開に黄色い声で歓声を送る標の声を頭から追い出す様に、我に返って一歩退こうと――そしてものの見事に足をもつれさせてしりもちをついた唯陽に対して黄泉路は声をかける決意をする。


「(とりあえず、接触して見ます。何かしら引き出せたらその都度相談します)……大丈夫?」

「え、ええ」


 その後の流れから、どうやら月浦という許婚から逃げようとしている事、黄泉路を利用しようという目論見がある事を拙い脅迫から理解した黄泉路は、さてどうするかと再び思考を会議へと向ける。


「(流れは聞かせた通りなんですが、どうしましょう?)」

『ここは乗るべき! 是非是非乗るべきですよーぅ!』

「(標ちゃん……フィクションじゃないんだからね? っていうかこんな大事な時にこれ以上迷惑かけるわけにはいかないから)」

『いや、アリだと思うぜ?』

「(えっ?)」

『ええ。はい。少なくとも、私が確認した範囲ではスタッフの配置も変わりつつあります。このまま終夜唯陽が少しの間身を隠していれば、その分私達も入れなかった場所の調査がやりやすくなるはずです』

『そういうこと。黄泉路、エスコートする』

「……わかったよ。ついてきて」


 返答はそのまま唯陽にも聞かせる様に声に出した黄泉路は扉の前へと立ちながら、思考越しに葉隠へと声を掛ける。


「(これから終夜唯陽を連れてラウンジの方へ向かいます。途中で合流して僕達ふたりを能力で隠すことは可能ですか?)」

『了解しました。では階段で。到着したら肩を叩きますね』

「(お願いします)」


 なりゆきで唯陽の逃亡を手助けすることとなった黄泉路だが、無論で偶然あの場に居合わせたわけではない。

 ……否、“終夜唯陽が家出をする”という状況に際しては居合わせたという他ないのだが、こと、終夜のプライベートエリアに居た事自体は偶然ではない。

 黄泉路達の目的はホテルで行われる予定の裏取引の調査または潜入である。潜入までの段取りは予め道筋が立てられているものの、それまでスイートルームで自由に過ごしていいと言うわけではなく、ホテルの内部構造など、事前に詰め切れなかった部分の調査を進めなければならなかった。

 その為、隠密に優れた葉隠と連携を取りつつ、3日間かけて怪しまれないように人員を分けながらそれぞれにホテル内を調べていた。

 特に終夜のプライベートフロアとなっていた49階、50階に関しては確実に調査せねばならない領域であったが、無為無策に調査が出来る訳もなく、事前に警備の順路などを調べ尽くした今、漸く調査に踏み切ったといった具合であった。

 万全の準備の下行われた重要区画の調査当日に、まさかその階層の主とも言える人間が忍び歩きで脱走を企てていようなどとは想像するに難しい。その点で言えば黄泉路の不運であった。――とはいえ、しっかりと警戒を強めて事に当たっていれば扉を開ける前に気づけたかもしれないという点では黄泉路のうっかりがある程度の割合を占めている事も否定できないのだが。

 そうした経緯から図らずもバッティングしてしまった黄泉路であるが、エレベーターまでたどり着いてしまえば後は成る様にしかならない密室での降下に任せるばかりである。


「(お陰で助かりました。本当に見えなくなるものなんですね……)」

『戦闘能力に乏しい代わりという奴です。ええ』


 念話経由とはいえ流暢に会話をしている今でさえ、黄泉路の眼に葉隠の姿は映っておらず、それは乗り合わせているカガリや、窓ガラスに自身の姿が映っていない事すら気づく余裕もなさそうな唯陽とて同様だろう。

 共犯と言って差し支えのないカガリはともかく、エレベーターガールまでもが気付かない原因は葉隠の能力【光源変換】による高度な光学迷彩効果によるものである。


 そして時間は再び現在。



 ――チン。



 と、エレベーターが停止の音を響かせて口を開ければ一般客用のロビーから流れてくる人の多さに由来した雑多な音の波が耳を打つ。


『んじゃ、俺と葉隠はこのままカジノスペースの方に向かってみるぜ』

「(了解しました。葉隠さん。一応、ロビー出口まではついてきてもらっても良いですか?)」

『離れる時は左肩を2回叩きます』


 人の波を縫うようにして一般客用のホテルロビーを抜け、階段を使ってショッピングモール区画へと降りる。

 幸いにして、ホテル区画へ向かう人間はそう多くない上に、利用者は基本的にエレベーターを使う為、ショッピングモール内でも階段周辺は人が閑散としていた。


「ひとまずは大丈夫かな?」

「そのようですわ」


 首尾よく終夜唯陽を連れだすことに成功した黄泉路は、唯陽に気を配りつつそっと安堵の息を漏らす。

 とはいえ、これで終わりではない。


「それで、この後どうする?」

「どう……とは?」

「まさかとは思うけど、ホテルを出た後はノープランってことはないでしょ?」

「……」


 そのまさかであった事が今まさにわかってしまったわけだ。

 黄泉路は頭を抱えそうになるのを理性で抑え込むと、最低限皆が調査するための時間は稼がねばと口を開く。


「本当に、家出だけが目的だったの?」

「……どうして家出だと?」


 家出というワードに反応し、改めて警戒する様に手を解いて唯陽は一歩距離を取る。

 唯陽の反応は正しい物とは言え、既に見ず知らずの――それも本人の推理では忍び込む様な後ろ暗さのある――人間の手を取っての逃亡の身だ。今更にすぎる反応に黄泉路は小さく首を振る。

 黄泉路にとっては終夜唯陽の身柄と言動から考えれば当然の推察であるのだが、さすがに偽名を名乗っている相手に対してする発言ではない為、代わりにそうした情報を抜いてでも推理しうる論拠を上げる。


「初対面の時、人違いだったとはいえ、僕に言った言葉。あれが理由かな」

「……」


 黄泉路の指摘によって自身の発した暴言を思い出したのだろう。唯陽の顔は見る間に赤くなり、羞恥から逃れる様に両手で顔を覆う。


「納得はできた?」

「……ええ、まぁ」


 どうやら落ち着くまで暫し時間がかかるだろうと踏んだ黄泉路は唯陽に気を配りつつ階段に腰かけて念話を繋げる。


「(モール区画まで降りてきました。あと何時間くらい必要そうですか?)」

『おー。こっちは今地下賭博場だ。つってもまだ合法の階層までだから、最低でもあと3時間は欲しい』

「(了解です)」

『こっちは問題ありませんので、お姫様の要望を聞いて適当にデートしていてください』


 葉隠からの冗談とも本気ともつかない念話が終わった頃、唯陽もようやく落ち着きを見せ始め、赤みの引き始めた顔を覆った指の間からちらちらと覗き見る視線に応える様に黄泉路も其方へと目を向ける。

 目が合えば、びくりと肩を跳ねさせた唯陽は観念したように顔から手をどけ、居住まいを正す。


「これからどうするか決まった?」

「……それは、その。私、ひとりで出かけた事って、実はあまりありませんの……」


 それはまた箱入りだ、とは、黄泉路は口には出さずに唯陽の言葉を促す様に小さく頷く。


「もしよろしければなのですが、その、黄路さん」

「何?」

「私に町を案内していただけないでしょうか?」

「良いよ」

「――よろしいんですの!?」


 見開かれた眼は普段の鋭さと相まって一定層に需要のありそうなギャップがあり、目つきとは裏腹にころころと変わる表情の愛嬌に黄泉路はふっと笑みを浮かべる。


「うん。お手をどうぞ? お姫様(・・・)

「――」


 普段の黄泉路からすれば悪ふざけが過ぎるが、標曰くこれくらいやったほうが唯陽の好みだろうとまで言われてしまえば乗ってみるのも一興と思わなくもない。

 冗談めかしたのが唯一の抵抗とも羞恥心とも言えなくもない。唯陽が乗ってくれなければ笑って流す算段でいた黄泉路の手に、細くやわらかな感触が重なる。


「はい、よろしく、おねがいいたします……」


 まさか、婚約拒否の逃避行というシチュエーションとその言葉こそが、唯陽が思い描いていた御伽噺の様な(・・・・・・)展開に綺麗に合致していた事までは黄泉路の想定外であった。

 ふわりと華やいで笑う唯陽に、黄泉路は何か踏み抜いたらしいという事だけは悟ったものの、今更後には引けず、この後はずっとこうした対応を心掛ける事を勝手に誓うのであった。


「まずは、その服を何とかしようか」

「これでも地味な色を選んだのですが……」

「地味でも質が良いのは分かるよ。それに、唯がその服を着て外に出たって事はもうバレてるんじゃないかな」

「……」

「ひとまずここの洋服売り場で上から着られるコートか何かを調達してからタクシーで街に出よう。他に何かやってみたい事とか、行って見たい場所とかはある?」


 あまり長居していては折角姿を隠して出てきたアドバンテージも失われるだろうと、歩き出す旨を仕草で伝えて一歩踏み出せば、黄泉路の横に並ぶように唯陽も歩き出しながらおずおずと口を開く。


「それでしたら、普通の遊びに興味がありますわ。カラオケとか、ゲームセンターとか、そんな感じの名前でしたよね。私、一般的な娯楽と縁が遠くて、一度でいいからそうした娯楽を嗜んでみたいと思っていましたの」


 気恥ずかし気に告げる要望はささやかなもの。

 黄泉路は東都でそうした娯楽が充実している場所を脳内で洗い出しながら微笑みかける。


「わかった。じゃあ、まずはその手のアミューズメントパークから回ってみようか。他にも行きたい場所があれば案内するよ」


 柔らかく告げて先導する様に半歩ほど前を歩く黄泉路の背を見つめる唯陽の顔に赤みが差していた事に気付いたのはたまたま行き交う通行人くらいのもので。

 そうした通行人たちも、事情を知らないが故に若いカップルが仲睦まじく歩いているようにしか見えずに微笑ましい――または妬ましい――視線を向けるのみであった。

 視線が微妙に集まっている事は察した黄泉路であるが、さすがにその内容までは推し測る事が出来ない為に内心で首を傾げたのは完全なる余談であろう。

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