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8-5 終夜

 黄泉路達夜鷹の下へ進展が齎されたのは12月半ばに差し掛かり、世間の流れもクリスマスへと向けて装飾やニュースが増えてくる頃合いであった。


終夜(よすがら)?」

『そ。終夜グループ。よみちんも聞き覚えあるっしょ? ほら、銀行とか建設とか製薬とか手広くやってるー』

「うん、それはわかるけど」


 普段であれば地下の自室に引きこもって碌に出歩きもしない藤代標が珍しくも支部長室でもあり旅館経営者である南条果の私室も兼ねた和室へと突撃してくるなり、事前に念話によって集めた館内に居た夜鷹支部の面々を前にプリントアウトした書類をバラ撒きながら問えば、相も変わらずの突然な会話運びにも慣れたもので、黄泉路は他の面子同様に文書に目を落としながら答える。

 終夜グループ。それは日本の文化的な生活圏に居ればまぁ知っているだろうという大企業、終夜財閥の保有する企業群を指す。

 先に標が口にしたようにその業種は多岐にわたり、財閥系によくある金融業は勿論の事、系列として病院経営やホテル経営、飲食店の経営など枚挙にいとまがなく、とある業種で評判の会社はよく見れば終夜だったなどという話も漏れ聞こえる程度には有名な企業である。


『海外にも多数の支社を構える日本が誇る大財閥、しかしてその実態は――』

「ああ、うん。その件でもうわかったよ。でも、終夜の裏事業がどうしたの?」

「黄泉路、こいつ見てみろよ」

「えっと……?」


 同様に紙面の文字を追っていたカガリに指摘され、黄泉路は指差された部分へと目を落とす。

 そこに書いてあるのは終夜グループの裏事業が最近になって急速に活発になったという推移が記されていた。

 時期は丁度3ヵ月前と、あの一件から真っ先に“技術”を導入して実用化に漕ぎつけていれば符合する時期だ。


「……終夜の裏事業躍進の背景に能力使用者が居ると?」

『もっと言ってしまうと、終夜が“作ってる”って言うのが正しいんじゃないんですかねー? あそこ、元々裏で能力者開発事業にも手を出してたみたいですしぃー』

「能力者、開発事業……?」

「黄泉路は、その手の依頼を受けてなかったから、知らないと思う。でも裏では能力開発、結構メジャーな事業」

「あまり良い話ではないけれど、能力者ってわかりやすく強力な武力になるから、傭兵みたいな仕事にも結構な割合で喰い込んで居るのよ」


 美花と果が口にする補足に黄泉路は納得する。

 能力者の中には、武器を持たない一般人の様な風体からでも一瞬でその場を制圧しうる力を持つ者も多く居る。身近な例として挙げるならばカガリなどだ。如何に手ぶらでラフな格好をしていようと、その力は銃弾を防ぎ、耐火スーツ越しの人間を蒸し焼きに出来る程の火力を有している。

 丸腰に見える武装兵士、その厄介さは黄泉路にもよく理解できた。


「銃刀法規制下にある日本はもちろん、足が付きやすい海外の兵器事情でも有利に働くという事ですか」

『いぐざくとりぃー! 世界中に根を広げて系列企業だけの内々でプロジェクトを回せる終夜ならそっち方面も当然カバーしてるわけですよぅー。でもってでもって、最後の方が本題なんですけどー』


 標の指示に従い、黄泉路達は複数枚に渡って留められた資料、その最後のページへと指をかける。

 記されていたのは、終夜が現在大きな取引を控えているという情報だった。


「取引の内容については?」

『それはまだー。大財閥の内部に食い込むレベルとなるとさすがに時間が足らなかったって言うか―。でもでもぉ、むしろここまで調べられたことについては凄く褒めて欲しいなーって』

「標ちゃんにはいつも感謝してるよ」

『でへへへへ。もうなんか外見的には私の方がお姉ちゃんなんだけどなんか倒錯的でこれもまた良き……』

「オペ子の発作は置いといて、まぁ、予想はつくわな」

「ですね。終夜は能力使用者を安定して運用できるだけの伝手が、または――」

『終夜自身が使用者を作って出荷(・・)している』


 びしっ、と。人差し指を立ててどこぞの推理作品の名探偵の様なポーズを決める標に、締まりかけていた雰囲気がずるっと滑る様な感覚に黄泉路は思わず苦笑する。

 だが、今から張り詰めていても仕方ないというのもわかる話で、それもまた標なりの気遣いだろうと納得する事にした黄泉路達は本部にも提出したらしいこの情報からくる次なる依頼に備える為の話し合いを始めるのだった。




 ◆◇◆


 標の報告から1週が経った12月20日。黄泉路は美花とカガリ、そして葉隠と共に東都の街中を歩いていた。

 目的は勿論、終夜財閥が近々行うらしいという大規模な裏取引の調査。場合によっては現場への潜入やその場の判断での介入も視野に入れた大掛かりなものだ。

 ここまで性急にことが運んだ経緯として、情報は標からだけではなく情報収集に長けた支部や他地方を統括する支部からも当然上がっていた事が挙げられる。それらを総合判断した結果、標の持ち込んだ情報の裏がとれた事で、場合によっては武力介入も視野に入る今回の依頼に適した夜鷹と、調査や潜入に特化した葉隠が同行する形で依頼が降りてきたのだ。

 現地に赴き直接調査を行うのはこの場に居るメンバーであるが、サポートとして標が付いており、必要とあれば姫更の能力による物資の補充や即時撤退など、見えない部分での支援も万全と言える。


「会場は終夜が経営してるホテルなんですよね」

「そうなります。元から裏カジノをやってる場所らしく、潜入するには参加者を装う必要がありました」


 寒空の下、昼前という事もあってイルミネーションに灯りこそ灯っていない物の、街路樹や軒先など至る所に装飾が施された街並みは間近に迫ったクリスマス一色と言った風で、街を行き交う人々の足並みは年末へ向けてなのかどこか忙しなさを感じさせる。

 そんな中、横に広がるでもなく歩く年齢に多少の幅を持った男女を注視する者はいない。

 多少なりその身なりに目を留める者も居るが、それも少数だ。

 黄泉路達の身を包んでいるのは、目の肥えた物が見れば一目で質の良い物と判るコートだ。現在こそ隠されている物の、内側に着込んだ衣装もそれに劣らぬ高価なもので、これから足を運ぶ場に相応しい装いと言える。


「でも、なんか悪い気がしますよね……いくら任務だとはいっても、終夜グランドホテルのスイートに連泊って……」

「良いじゃねぇか。調査ったってずっと気張るなんざ土台無理な話だ。滅多に泊まれない高級ホテルを楽しもうぜ?」

()……高いお酒は、ダメ」

「……へいへい」


 さりげなく本名で呼ぶことで経費で落とすことは許さないと告げる美花に、カガリは少しばかり期待していたらしく肩を落とす。

 程なくして、気の抜けるやり取りのお陰で多少なり気分の解れた黄泉路の視界に、都内にあっては広大と言って差し支えない敷地に建設されたツインタワーが入り込んでくる。

 車の往来が多い大通りから一歩引き、外界から一線を画す様に立っている2本の巨塔。それが終夜グランドホテルが入っているツインタワーを見た黄泉路が初めて抱いた感想だ。

 事前に渡されている資料――とはいえ一般公開されているパンフレットにも書いてあることだが――によれば、地上に近い階層は系列企業の服飾店や飲食店、美容室などが入ったショッピングセンターの役割も兼ねているらしく、広くとられた駐車場には平日だというのに多数の車が止まっていた。


「早く、入ろう」


 どうにも、都会の空気は()に合わないらしい美花がマスク越しのやや曇った声音で急かす。

 見れば、理由は違えど早く屋内に入りたいのは葉隠も同様で、男性陣は互いに顔を見合わせて足を速めるのだった。


 終夜グランドホテルはその名の通り、終夜グループが単独出資で建築から営業までを一手に手掛ける都内でも有数の高級ホテルである。

 その入り口は地上から地下含めて上下5層にもなる系列企業のみが軒を連ねる商業区画を抜け、専用エレベーターによる移動で地上5階まで移動して初めて現れる。

 ホテルエントランスに辿り着くまで商業区画を歩いた黄泉路は客層もさることながら、置かれている商品の価格が桁一つ違う事に、やはり住む世界が違うと実感する。

 多少の質の良し悪しは分かっても、付加価値的なものまで勘定する程の眼は黄泉路にはない。それ故、富裕層向けの商品が並ぶショッピングセンターというのは物珍しくも、特段意識を向けようという気にはならないのだった。

 寄り道する事もなくホテルへと通じるエレベーターへと向かえば、乗り込み口を守る警備員が黄泉路達を一瞥する。

 黄泉路達の格好はこの状況にあつらえた物である為、身なりに不自然な点はない。警備を素通りした黄泉路達を乗せたエレベーターが数秒揺れ、チン、という軽い音と共に扉が開く。


「……聞いてはいましたが、すごいですね」

「だなぁ。ここまでかっちり分けられてるとさすがに壮観だ」


 エントランスへと足を踏み入れた黄泉路の呟きに応じるカガリの声も、目の前の光景に対する感嘆のようなものが混じっていた。

 ホテル部分のツインタワー、その根元は実際には別たれておらず、エントランスから左右に別れて上へと伸びる形式であるが、終夜グランドホテルがツインタワー形式をとって居るにはとある理由がある。


「和洋折衷というのは聞きますが、文字通りの和洋両立は中々見ませんよね」

「……目が痛い」


 エントランスを丁度半分に、入口から向かって左側、北に建てられたタワーへと続く側はホテルと言えばこちらを連想しやすいだろう、シャンデリアの暖色の灯りが煌びやかな洋風のレイアウトで纏められた空間が。

 逆サイドの右、南側に立てられたタワーへと続くエントランスはその逆張りというべきか、黄泉路達のよく知る日本旅館を思わせるオリエンタルな雰囲気に纏められ、それでいて対比となる北側に負けないよう暖色の灯りで満たされた落ち着いた空間が広がっていた。

 黄泉路達が今目にしている光景こそが、終夜がツインタワー式にこだわった理由であるというのは、黄泉路の手元にあるパンフレットにも紹介されていた。

 しかし実際に見るのと資料を見るだけでは受ける衝撃はまるで違う。


「これ以上立ち止まるのも目立ちます。とりあえずチェックインして、部屋に向かいましょう」


 真っ先に復帰した葉隠に促され、黄泉路達は和洋に別れたエントランスの中央、大きなカウンターの受付へと足を運ぶ。


「予約していた久遠寺です。チェックインを」

「はい。スイートを2部屋、和室と洋室両方でご予約の久遠寺様ですね。手荷物等は」

「後で必要があれば下で決算しますので大丈夫です」

「かしこまりました。それでは案内の者を呼びますので少々お待ちください」


 テキパキと慣れた様子で手続きを行う葉隠の後ろで夜鷹3名は待機である。というのも、葉隠の本名である久遠寺というのは由緒正しい呉服店としてそれなりに有名な家であり、こうした場における顔とするには丁度いい側面があるのだ。

 当の本人は高級志向の店を好まない事もあって終夜グランドホテルに宿泊した事はないそうだが、友人(・・)を連れて宿泊しても不思議ではないだけの家格を持っている。

 照会が済めば、予め控えていたのだろう従業員の先導に従って入ってきた時とは別口のエレベーターへと通される。

 ぐんぐんと高度を上げていく様子がガラス張りのエレベーターの内部からよく見え、都内を広く見渡せる景色は高級ホテルならではといった見ごたえがあり、雑談混じりにそうした景色を楽しんでいるうちにエレベーターが地上40階を指したところで停止する。


「こちらの階はスイート限定のフロントになっております」


 通されたのはふたつのビルを繋ぐように作られたエントランスであり、その様式は最初に見た地上付近の様式にとても良く似ていた。しかし、明確に違うのはその客層と人の少なさだ。

 まだ地上5階の総合エントランスでは一般客の姿も多くみられたが、こちらは一転してエントランスに見える人影は数人とおらず、その身なりもどことなく洗練されている様であった。

 和風と洋風で2本のビルとして分けられている終夜グランドホテルであるが、その41階から上は予約限定のスイートルームとなっており、40階と41階で一度ビル間を統合する事でスイート専用のエントランスとラウンジを兼ねているとのことだ。


「(もし何かあってもここを通らざるを得ないんですね)」

「(だな、ここから先は部屋を見てから話し合おうぜ)」


 黄泉路とカガリがひそひそと声を落としてやり取りする間にも、その足は案内に従って先ほどまで乗ってきたエレベーターとは別のVIP専用のエレベーターへと向かっていた。

 徹底的に客層を分ける事でトラブルを減らし、快適な空間を作る事を心掛けていると言えば聞こえはいいが、潜入する側の黄泉路達にとってこの仕様は出入り口を限定される為、入退出を監視されていると言っても過言ではない。

 一般的な客とはまた別の視点から見た終夜グランドホテルは中々に手ごわそうだと、一生に一度縁があるかないかという高級ホテルのスイートを楽しむだけの余裕も無い黄泉路は平静な顔の裏で今後の予定を整理するのだった。

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