表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
271/605

8-4 能力“使用者”

 廃ビルが立ち並ぶ工業地区の路地裏に爆炎が上がる。

 炎の残滓が舐める様にビル外壁に取り付けられたさび付いたパイプに纏わり付き、12月の寒空の下とはとても思えない様な焦げ臭さの混じった熱気がビルとビルの間に漂う。


「くっそっ、てめぇ何者だ!? 俺を誰だと思って――」


 照明もない狭い路地。しかし、ワックスでガチガチに固めた金髪はすぐ脇に浮かんだソフトボール大の火球によって煌々と照らし出され、焦りと憤りからくる赤らんだ顔が闇の中でもはっきりと認識する事が出来た。

 男は町を歩いていれば埋没する程度には平凡な顔立ちで、加えて言うならばすこしばかり浮ついた身なりがより一層、街中で見かける若い一般男性という印象を強調する様であった。

 その印象を裏切って、明らかな“異常”として男の脇に浮かぶ火球だけが闇に浮かぶ現状の様に男の印象を矯正させている。


「知りませんよ。だから聞いてるんです。貴方、孤独同盟じゃないんですか?」

「し、知るかよ!!! 俺はアライアンスだかなんだかってのとは無関係だ!!」


 対して、宙に浮く火の玉を前にして平然と、ともすれば日常会話の様に穏やかな言葉遣いに仄かな当惑を交えて問うのは金髪の男以上に場にそぐわない黒髪の少年も中々に風変りだ。

 路地の影に紛れる様な黒々とした髪と声変わりしたかどうかという声に身を包む黒の学ランから一目で未成年と判るが、その顔には白磁を思わせるような目元だけ申し訳程度に穴の開いた仮面を被っており、その素顔をうかがい知ることは出来ない。


「では、貴方は何処でその能力を(・・・・・・・・)手に入れたんですか(・・・・・・・・・)?」


 仮面の少年の声音が一段下がる。それこそが本題であり、今までの様な回答拒否は許さないと言わんばかりの圧を伴った声音に、男はそれでも口の端を吊り上げる。


「は、はっ! そんなに知りたきゃ教えてやるよ。……俺が手に入れた絶対的な力――」


 脇に浮遊していたソフトボール大の炎がパチリと一瞬大きく膨れ、サイズをサッカーボール並の物へと肥大化させると共にボッと空気が爆ぜる音が響き、仮面目掛けて飛翔する。だが、


「ああ。そういうのは別に良いです」

「ごほぁ!?」


 仮面の少年が何という事もないとでも言わんばかりに前進しながら伸ばした右手が火の玉を握りつぶし、握り込まれた拳がそのままの勢いで男の顔面に突き刺さる。

 男はそのまま大きく吹き飛んでコンクリートの地面へと強かに背中を打ち付けてせき込み始めるが、仮面の少年は振り抜いた拳をぷらぷらと振り、皮膚が焼けた際に発生した煙を払いながら歩調を緩めて更に一歩前へと出た。


「て、め……正気か……!」

「何のことでしょう?」


 起き上がろうとする男に示す様に少年は右手を開いては閉じて見せるが、そこにはまっさらな若い手があるのみで、火傷の痕はおろか汚れ一つない様子に男は驚愕に声を上げる。


「――手、なんで……俺のヘルブレイズを受け止めたはずだろ!?」

「……あの火の玉の事ですか?」


 地獄(ヘル)とは大層な名前ですね、などと。少年は小首をかしげる。さらに歩み寄った少年と男の距離はもはや数歩となく、男は否応なく自身が得体のしれない少年の射程内に収まっている事を今更ながらに意識する。

 同時に、手を出してはいけない物に触れてしまったかもしれないという不安から再び出現しかかっていた火の玉がブスブスと消沈し、裏路地が闇に包まれる。


「もう一度質問します。貴方はどうやってその能力を手に入れたんですか?」

「……言えない」

「僕もこんな風な聞き方はしたくないんですけど、貴方は最近この辺りで縄張りを主張しているグループのリーダーですよね?」

「だったら、何だよ」

「活動内容は主に恐喝と窃盗。貴方の能力を使って非能力者の暴走族たちを締め出した……と、ここまでは合ってますか?」


 まるで面接で履歴書を読み上げている様な滑らかな語り口に対し、男は無言。

 沈黙を肯定と取った少年はしゃがみ込む様に男に仮面越しの顔を近づけて囁くように告げる。


「貴方はもう、半分ほど表の社会とは違う領分に足を踏み入れている事を自覚すべきでしたね。能力を使うことを否定はしませんが、使い方は考えた方が良い。そうじゃないと――」

「ぐ、ぎっ……いでぇええぇえっ!!」

こういう聞き方(・・・・・・・)が許されるようになってしまうから」


 少年がとった男の手、その小指の付け根を捻り上げられた男の悲鳴が響く。


「映画とかでありますよね。沈黙3秒、または関係ない事を喋る度に、爪が一つずつ剥げます。いいですか?」

「良い訳ねぇだ――」

「ごめんなさい」


 べりっ。

 いっそ小気味いいとすら思えるような小さな音。だが、その影響は劇的だった。


「い――でええぇええぁああああぁあああッ!?」


 痛みから逃れようと男が暴れ出すが、少年は馬乗りになる事で意図もたやすく抑え込んで、男が再び話に耳を傾けられる程度には落ち着くのを待ってから再度声を掛ける。


「落ち着きましたか?」

「こ、んな事して……ただで済むと」

「まだ錯乱してますかね。もう何枚か剥がしたらさすがに理解できるでしょうか……」

「ま、まって、待ってくれ、頼む、頼むから!」

「僕は不要なことは言わなくていいと、言ったはずですよ。まぁ、僕も率先してこんなことをしたいわけではないので今回は聞かなかったことにしましょう」


 よく言えば優し気な、悪く言えば自身の行った行為と関係なく穏やかな少年の声音に、男は今度こそ口を開くことなくこくこくと首を縦に振る。

 爪がはがされたばかりの小指に痛みが奔るが、少年への得体のしれない恐怖から痛みを噛み殺す姿は先ほどまでの威勢のよさなど嘘のようだが、少年にとっては質問に答えやすくなることの方が重要である。


「さて、再三問いますけど、今度はちゃんと質問に答えてくれますよね?」


 にこり、と。仮面の奥の口元がどういった形になっているのかが分かる様な、幼子をあやすが如き優しい言葉に男は再度頷いた。




 十数分後。火球によって焼き焦がされ、燻る様に上がっていた煙も完全に鳴りを潜め辺りが夕闇と路地特有の仄暗さで満たされている中、仮面の少年は小さく息を吐いて狭い空を見上げていた。

 先ほどまでその場にいた男の姿はすでになく、聞き込み(・・・・)の終わり際にしっかりと脅しつけた事もあって今後は多少なりまともな生き方を模索するだろうかとぼんやりと考えていた所へ、近寄ってくる人の気配に少年の意識が空から戻ってくる。


「――収穫はあったか?」

「カガリさん」


 背後からかけられた声に振り向く事もせずに応じた少年――迎坂黄泉路は視点を空からカガリの方へと向ける。

 口元に咥えたタバコに指先から発したライターサイズの火を灯す所だったらしく、程なくして黄泉路の鼻腔に風に乗ってきた馴染みのある安いバニラの香りが届く。


「一応、収穫と言えば収穫ですかね……。あまり進展はなさそうなんですけど」

「こっちがゼロだからな。ないよりは良いさ」

「それもそうですね」


 既に仮面をつけていないカガリに倣い、黄泉路も仮面を外せば寒空の刺さる様な空気が頬に当たる。

 外した仮面を学ランの内側へと忍ばせ終え、路地の端で待つカガリに並び歩き出す。

 廃ビルの間を抜け、通りへと出ても人通りはない。それも当然、この辺りは既に真っ当な人間には見切りをつけられており、こうして大通りがあったとしても人と出会うことはそうそうない。

 高度成長期に伴って発生した建築ラッシュの余波で入居者や従事者を考えずに乱立し、その後バブル経済崩壊によって維持できなくなった建物が取り壊しもされずに残されているこの一帯は、そうした地域の例に漏れず人目を憚る様な人種のたまり場となっている。

 だが、ここしばらくの間でそうした人種の事情にもある変化が付いて回る様になっていた。


「にしても、増えましたね。この手の事件」

「だな……ま、今回はそれほど深くもねぇしほっとけば落ち着くだろ」


 すなわち、能力という名の武力を背景とした無法集団の台頭である。

 どの地域にもいくらかはいるであろうただの不良やヤクザの下部組織的チンピラの集まりなどであれば、黄泉路達が関わる様な相手ではない。正しく法の下で処理が行える警察等に任せるべき案件であっただろう。

 しかし、こうして黄泉路達が世直しの様な行為を行っているのには理由がある。


「どいつもこいつも、今回のみたいに力に浮かれて騒ぎを起こすだけにしとけば良いんだけどな」


 ぼやくように煙と共に吐き出されたカガリの言葉に、黄泉路は小さく頷く。

 一般人が不良ぶって暴力事件を超すならば、それは単なる傷害事件として地方紙の片隅にぎりぎり乗るか乗らないかという程度で済むだろう。

 だが、それが能力者という一般社会にとって縁遠い存在であればどうか。

 数か月前とはいえ、つい最近大きな事件として取り上げられたばかりであり、各種マスメディアは面白おかしく“能力者”という存在を取り上げては不安を煽っていたのだ。そうして醸成された大衆心理はふとしたことから歯止めが利かなくなりやすく、ただでさえイメージが下げられている能力者がそうした傷害事件を起こした事が報じられれば瞬く間に能力者という者に対する偏見が加速するだろう。

 そういった懸念に対応するのも三肢鴉という“能力者と非能力者が共存していける社会”を目指す団体としては必要不可欠な行為であった。

 とはいえ、夜鷹(・・)が動くのはそれだけが目的ではない。


「やり合ってみてどうだった?」

「なんというか……あまりにも……その」

弱い(・・)、か?」

「……はい」


 言葉を濁す黄泉路の意を汲んだカガリが口に出せば、黄泉路は先ほど聞き取り(・・・・)を行った男に対して申し訳ないと思いつつも苦笑気味に肯定を返す。


「狭い路地で火を相手に当てるとして、カガリさんならどうします?」

「被害気にせずって事なら、路地ごと炎で沈める(・・・)な」

「ですよね」


 思い返す度、そして隣を歩く炎使いと比較する度に、先ほどの男は能力者としては歪だったと黄泉路は考える。

 出力が低いわけではない。現に男は炎を弾として打ち出し、ビルの外壁を焼き焦がしパイプを溶かす程の熱量を発揮する事が出来ていた。

 にもかかわらず、その形状は多少の大小を選ぶことは出来ても終始球体、それも男の周囲にしか出現せず、そこから打ち出すという形を取り続けていた。

 念のために質問の中にその事について織り交ぜて見たが、男はそれ以外の使い方が出来ないという答えが返ってくるばかりであった。


「他からも上がってる情報の意味が分かった気がします」

「能力を使う(・・)って話か?」

「はい。彼ら――人工能力者は、なんというか、能力を道具の様に使っている気がします。僕達みたいな能力そのものとの内面的な繋がりが薄いというか……」

能力使用者(スキルユーザー)、ね」


 カガリが口にした言葉は、最近になって裏社会で浸透し始めた人工能力者に対する呼び名である。

 従来の能力者が保有する能力は自らの本質や深層心理、価値観に根ざしたもので、その根本から派生した個人だけの能力を獲得している場合が多い。

 それは例えば、身体強化系の能力であっても、自身の身体機能そのものをブーストする物と、自身の挙動を世界に反映する際に結果を書き換える類のモノといった具合にだ。

 しかし、一方で人工的に生み出された能力者はそうした拡張性とも呼べる物が極端に薄いという報告が挙がっている。

 黄泉路が先ほど相対した炎使いと同様の能力を持つ能力者の報告は既に三肢鴉内部のデータベースにも記載されているが、そのいずれもが火球を周囲に生成して射出するというもので、そこに個人の気質や価値観が覗くことはない。

 故に能力を保有する者(スキルホルダー)に対応した形で、能力を使用する者――【能力使用者(スキルユーザー)】と。誰が言いだしたかは知らないが、実際に対面した黄泉路はそれが的を得ていると思う。


「カガリさんの方はどうでしたか?」

「俺か? 俺の方は単なる悪ガキ共だったよ。能力者はお前が相手にしてた奴だけらしい」

「じゃあ今回はこれで終わりですかね」

「だな。いい加減何かしら引っかかってくれても良い頃だが、その辺はオペ子に期待しとくしかねぇか」


 廃ビルの一帯を抜け、遠く微かに雑踏の騒々しさを感じる辺りまで歩いてきたふたりが雑談混じりに角を曲がり、待ち合わせていた入居者がほぼ居ないマンションの中へと入って行く。

 マンションの中、合流地点として指定されていた階段の踊り場では待機時間に暇を持て余したらしい姫更が廻と共に携帯ゲーム機で遊んでいる所であった。


「お帰りなさい、黄泉兄さん、カガリさん」

「おう。最近結構それやってんな。何ゲー?」

「アクションゲーです。能力者をイメージしたキャラを操作してモンスターを倒す感じの奴です……あ」


 廻の意識が外へと向いている間にも動き続けていた姫更の操作キャラクターが大型のモンスターを倒したという表示が二人の画面に表示されており、リザルトが表示された事で区切りをつけたらしい姫更は小さくピースを作る。


「私の、勝ち」

「……協力ゲーじゃないの?」

「どっちが多くダメージ与えるかで、競争してた」

「なるほど」


 どうやら勝負の邪魔をしてしまったらしいと黄泉路が納得していれば、特に遺恨もないらしいふたりはゲーム機本体をスリープ状態にして片づけ、本来の役割である撤収作業を始める。


「帰ったら続き」

「程々にね」

「標はもっとやってる、よ?」

「……」


 これは標にも一言必要だろうかと、姫更の発言に微妙な顔になる黄泉路の姿も、姫更に手を握られた瞬間にはその場からふっと消える。




 全員がそうして姫更によって転移されて夜鷹へと戻った後、旅館の地下に広がる夜鷹支部の一室では自堕落生活に対して説教をされる標の姿と、その脇でゲームに混ざり始めるカガリの姿があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ