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7-42 ふたりの刺客2

 カガリと共に二人組の能力者を相手取っていた美花は、肌が変異して生えそろった艶やかな毛並みが感じ取る前兆(・・)に大きく横へと跳ぶ。

 その直後、空気がバリっと裂ける様な錯覚と共に夜の森に閃光が駆け抜け、地面を吹き飛ばす。

 焼き焦がすではなく、吹き飛ばすという表現が的確だと思える程に、その攻撃は苛烈を極めていた。

 対面する柔和な顔立ちの青年――悠斗(ゆうと)の表情は優れない。まるで、自身はこんな事はしたくなかったとでも言わんばかりの同情を誘う面持ちであるが、その実行われているのは一方的で致死的な射的ゲームだ。

 基本的に美花の戦術は変異した自身の肉体を駆使した白兵戦であり、中遠距離での戦い方をする相手とは一度距離を詰めねばならない。だが、今回に限って、美花はその選択を取る事が出来ないでいた。


「(攻防一体、というより、あれは制御できていないだけ?)」


 始め、裕理と呼ばれた金髪の青年とカガリが戦闘を開始した時、美花は当然の様にもう片方――後から遅れてきた茶髪の青年、悠斗を倒すべく身を躍らせた。

 だが、硬質に変異したその爪があと一歩で悠斗に届くかという所で、獣の感覚による前兆を受け美花は咄嗟に重心を右へ、そのまま地面へと倒れ込む様に前のめりに姿勢を落とし、地面に付いた右手の力のみで更に距離を開ける。

 その瞬間――


 “ああ、ごめんなさい”


 少年の如き、澄んだ声音の謝罪が強化された耳に掠め、直後に駆け抜けた爆音が視界諸共美花の世界から色を奪う。


 それは光。それは熱。それは――()


 瞬時に大気を焼き払い、膨張した空気が炸裂音を響かせるほどの、自然物としての雷と同義とも言える超高圧の電気エネルギーが気弱そうな悠斗の身体から放射されたのだ。

 初動の勢いのまま爪を振るって居れば、その時点で先ほど放射された電撃に当てられて良くて相打ち――否、間違いなく一瞬で焼き殺されていただろう。

 油断ならない相手だ、一瞬で評価を固めた美花が再度攻撃を仕掛けるよりも早く、悠斗が再び発光の兆しを、美花の毛並にぴりぴりと逆立つような空気の違いを漂わせた。


 幾度か美花も距離を詰め、攻撃が出来るかという隙はあった。

 というより、その立ち姿から視線を向ける反応の鈍さに至るまで、悠斗はそのすべてが隙といっても過言ではない。

 それはまるで、夜鷹で保護したばかりの黄泉路――否、それよりもなお悪い。運動能力という点では素人の中でもさらに下に置けるだろう程度のもので、本来であれば美花ならば正面だろうと死角だろうと狙いたい処から奇襲をかける事が出来る程。

 だが、それらの肉体的なスペックの低さを補って余りある能力――自身を中心とした膨大な電気量の即時発電・放射という力が、美花という精鋭を付かず離れずの戦況に立たせていた。


「(埒が明かない……せめてカガリが居れば……)」


 再びの予兆に先んじて身を翻し、木々を盾にするように縦横無尽に走り回る事で光の槍をかわす。

 その後に耳が痺れるような音が尾を引く中、美花がこの膠着状態をどうにか打破せねばと思考を巡らしていると――


 不意に、センサーの役割を担う髭がピクリと動く。


 先ほどまでとは違う空気の変質。何が起きるのかは定かではないものの、美花は咄嗟に身近にあった一番大きな樹の影へと身を隠した。

 美花の身体が完全に木の根の間に張り付くように収まった直後、


 ――自然の物とは思えない横殴りの突風が吹き荒れた。


「――ッ!?」

「わっ、ぷっ!?」


 同時に突風の発生地点から飛んできたであろうへし折れた巨木が無秩序に飛んでくる姿は修羅場慣れした能力者ながらに恐怖を抱くに相応しい物だ。

 それをいち早く察知して回避に入れていた美花はさすがであるが、しかし、相対する青年はその上を行く。


 ――バリバリバリバリッ!


 連続した炸裂音、そして、夜の森すらも明るく、昼の様に眩く照らす閃光。

 それらすべてが、風に飛ばされそうになって蹲る悠斗に飛来するありとあらゆる害を消し飛ばしていた。

 防衛本能の様に苛烈で、破壊の化身の様に無秩序な電撃の放射。電気が物理的なエネルギーをもって物体を吹き飛ばすには、相応のエネルギーが必要だが、それをいともたやすく連続で放てる悠斗は、まさに電気使いとしては最高峰のポテンシャルと言えるだろう。


 風が弱まる。突風はむしろ一陣のみで、その後の風は吹き荒れた突風に対して引き摺られた余波の様なものだろうが、それを認識するよりも早く、美花はその場を離脱していた。


「(あの風、恐らくカガリの相手の……とするなら、カガリは――)」


 嫌な予感が胸中で蠢くのもそうだが、何よりも、あの突風のお陰で悠斗の注意が美花から逸れたお陰で追撃の心配がない。

 膠着状態を続けていても戦況は打開しえない。故に一時撤退して仲間と合流するという合理的な選択肢。

 戦いはゲームではない。ならばとれる選択肢を取ることに、美花は躊躇しない。


 悠斗との戦闘を行っていた場所は、分断の意図を込めてカガリ達から少しばかり離れていた。

 その為まずはカガリ達が戦闘していた場所の付近まで近づく必要があった美花は、移動の最中に標に対して連絡を取る。


「(オペレーター)」

『――、……、と、皆見さんとかの方ともやり取りしてたんで遅れました。無事ですか?』


 美花のかけた声の硬さに気づいたのだろう。オペレーター、藤代標のいたわる様な問いに、美花は内心で首を振り現状を伝える。


「(雷使いと交戦。相性が悪いから一旦引いてカガリと合流予定。カガリはさっきまで別能力者と交戦してたけど詳細不明。能力の余波らしきものを受けたけど、その直撃地点にカガリが居たはず。カガリの所まで案内してほしい。出来る?)」

『む、むむー……ちょーっと待ってくださいねぇ。……あ、はいはい。皆見さんの目が届きました。敵を迂回する様に案内します』

「(了解)」


 脳内に響く標の指示に従い、木片やめくれ上がった土などで一層悪くなった地面を軽やかに駆ける。

 元より夜目が効くこともあり、暗闇であっても美花の視界は迂回した中心に立つ金髪の青年の姿を視認していた。

 裕理と呼ばれた青年が立つ爆心地とも呼べるような惨状を一瞥し、カガリのいる方向へと足を速めた。


 爆心地からやや離れた木々の傍らに、カガリは諸共に吹き飛ばされてきたであろう大樹の幹に背を預ける様にして座っていた。

 全身から空気を搾り取られたような酸欠感と、樹の幹と衝突した衝撃で折れた左腕から上がってくる危険信号(いたみ)に歯を食いしばり、カガリは自らの損耗を頭の中で計算する。


「(く、そ……マイクロバーストっつったか……。んなことまで出来るとはな。腕一本……あー、いや、肋骨も何本か逝ったかこりゃ)」


 よろりと立ち上がったカガリは腕以外の損傷を隠す様に気丈に体を起こしながらも、ねじ伏せた痛みで思考が過熱する感覚に眉を顰めていれば、不意に耳に素早い足音が聞こえて咄嗟に其方へと身構える。


「カガリ」

「……、はっ、ミケ姐か……」

「無事?」


 現れたのは、全身の8割ほどをネコ科のそれに代替したように変質した女性。

 闇の中でもきらりと光る金色の猫目に見据えられ、カガリは緊張を緩める。


「あー。まぁ、生きちゃいるな」


 途端に押し寄せた痛みに眉を顰めるも、美花の問いかけに冗談めかして返答すれば、闇の中で目立つ猫目がすっと細くなる。


「情報共有」

「了解」


 短く応答し、お互いに相対した能力者に対しての所感や考察を述べる。

 それによって分かったのは、恐らくは風使いと雷使いのコンビである事。

 風使いは性格的には御しやすく、不意を打つのはたやすいが能力を制御するという点においては優秀かつ、戦闘勘が優れているというのがカガリの見立てだ。

 逆に雷使いは能力制御こそ手放したように無秩序だが、その攻防一体さ故と言えば納得する程度には戦闘の組み立てが巧みで、美花という近接戦闘のエキスパートを容易く近づけさせない程に、それでいて、突風という予想外が無ければ戦線離脱すら許さない程に視野を広く持った戦術思考が出来ると存在と美花は見ていた。


「挟撃は……」

「難しいと思う」


 どうにかして分断、挟撃しての各個撃破を目論むのは複数人での戦闘の基本である。だが、カガリと美花は両名でもってその案を却下する。


「先に仕掛けるなら風使いだが、おそらく雷使いが勘付いて横やりを入れてくるか」

「逆に雷使いは、挟撃しても私が攻撃できない時点で2対1に持ち込む利点が薄い」

「初手で仕留めそこなえばその間に風使いが援軍に来るだろうしな」


 互いの分析結果を総合した風使いと雷使いの評価は“能力の素地は高いものの、扱い方や本人の身体能力などまだまだ粗が目立つ”というもの。だが、それはあくまで個々として見た場合の評価だ。

 お互いの欠点を補い合う様に歯車がかみ合ったコンビという印象の両者、そのふたりを一度に相手取るかもしれないリスクを、カガリが負傷して戦力が低下している現状で取る事は出来なかった。


「……決まりだな」


 歩きだそうとするカガリが脇腹を庇う様な重心の置き方をしているのを無視し、美花は告げる。


「いける?」

「――ったり前だ」


 この後黄泉路も探さなきゃならないんだから、と。零せば、美花は小さく頷いて広場――爆心地の方へ足を向ける。


「今は、あっちも合流してるみたい」

「なら俺が先制で火の壁を作る。あとは……」


 木陰から広場を視認できる距離までたどり着いたふたりは小さく頷き合い、カガリが無事な右腕を広場のふたりへと構え、地を這い、聳える様な火を放つ。

 本来ならば火炎放射の様に吹き抜けて終わりの炎は、カガリの意思を反映するかのように地面を舐め、天を焦がす様にその場に残って円形の広場を真っ二つに二分する。

 裕理と悠斗、両者が咄嗟に反応して左右に別れた事を確認したカガリは、打ち合わせ通りに悠斗の方へと姿を現し、そのまま炎で攻め立て始める。

 思考するのが悠斗であれば、先に仕掛けて足を止め、


「しっ!」

「うぉっ!? お前猫の!」


 カガリと同タイミングで飛び出していた美花が、炎に気を取られ、向こう岸に向かおうとしていた祐理を仕留めるべく横合いから襲い掛かった。


「お前の相手は、私」

「んのっ!」


 咄嗟に回避した祐理の頬を美花の爪が浅く裂く。

 追撃を許さぬとばかりに放たれた蹴りに纏った圧縮された風、それすらも見えているかのように美花が身を引けば、態勢を立て直した祐理が頬に滴る血を手の甲で拭いながら舌を打つ。


「あの炎使いはどうしたんだよ」


 問いかけに応える義理も無い。美花はそう言外に切り捨てる様に再び距離を詰めようと四肢を地に付けて駆け出す。


「チッ! 無視かよっ!」

「ふっ!」

「させねぇ!」


 異形の爪と圧縮された大気が相殺し合い、互いに距離を開かせぬ殴り合いの様な展開だが、明らかに押し込んでいるのは美花だ。


「(コイツ……! 風、視えてんのかっ!?)」


 拳に高密度に、しかし薄く纏わせた風すらも見切る様な完全なる紙一重の回避を続け、その省略した回避動作分をすべて攻め手へのリソースに回してくる美花に、祐理は瞠目する。

 無論、美花は風などという無色透明な物は見えていない。


「(うん、予想通り、感じられるなら(・・・・・・・)避けられる(・・・・・))」


 美花の頬の毛がぴくりと揺れる。

 それだけで一瞬早くスウェーした美花の顔の横を拳が抜けて、解放された風が拳の直線状に渦を巻く。

 余波に耳をパタパタと揺らしながら、美花はさらに一歩踏み込んで爪を振るう。


「――っ、あ、っぶねぇ!?」


 纏った風に押しとどめられた爪が浅く祐理の胸を裂き、シャツに三本の痕と血を滲ませる。


「浅、かった――でも!」

「は、ははっ、強すぎだろッ!」


 楽しくなってきたとでも主張する様に、口の端を吊り上げた祐理が乾いた笑いと共に吐き出し、殴り合いに応じる様に拳を振り上げる。

 だが、


「う、あ、ああああぁあああぁあぁあぁっ!!!」


 炎の壁、その向こう側から響く悠斗の悲鳴染みた咆哮に、祐理の表情にびしりとひびが入る。


「ゆう――」

「行かせない」

「て、めぇ――」


 祐理の表情が一瞬で殴り合いを楽しもうとするバトルマニアの顔から、心配と焦りがない交ぜになったような顔つき変わる。

 放っておけば炎の向こうへと突撃しかねない祐理の懐へと美花が踏み込む。

 相手は自分だと、意識を縫い留める様に割り込んだ美花を迎え撃つのは、敵意をむき出しにしたカラーコンタクトの嵌った赤い瞳だ。


「邪魔、すんなぁああああぁあぁあぁあ!!!!」

「うッ」

悠斗が(・・・)悠斗が呼んでんだよ(・・・・・・・・・)!! 俺が行かなきゃ(・・・・・・・)俺が(・・)俺がァ――(・・・・・)!!!」


 咆哮。

 まるで枷の取れた獣の様なむき出しの敵意と、呼応するように至近で吹き荒れた強風に美花は数歩たたらを踏む。

 その隙に互いを阻む炎を排除しにかからんと祐理が拳を構え――


「――ッ!?」

「な、あぁッ!?」


 夜という概念すらも塗りつぶすような眩い光が空を彩り、大地が崩壊するかのような巨大な揺れが戦場に立つすべての人間を襲った。

 咄嗟の事に身構えた美花とカガリはある種、人として、戦闘に携わる者として正しい判断であろう。

 だが、それらを度外視して動く者がこの場に居た。


「悠斗!」

「祐理!」


 互いの呼び合う声が反響し、炎の壁に突風の刃が、雷光の槍が突き刺さる。

 二つのエネルギーの両者から挟み込まれた炎は破裂する様に裂け、互いの姿がはっきりと映る。


「悠斗、無事か? 怪我してないか? 大丈夫だよな?」

「大丈夫、大丈夫だから……」


 炎に突撃する様に風を放った祐理がそのままの勢いで炎の壁があった場所を突き抜け、悠斗へと手を伸ばしてそのまま抱き寄せる。


「退こう、悠斗」

「……良いの?」

「悠斗より大事な物なんてない」

「うん……」


 言うが早いか、悠斗を姫抱きにした祐理が森の奥へと駆け出す。

 その無防備な姿に追撃という選択肢が頭に過るも、自身の負傷度合いを考えれば徒労に終わるか、手負いの獣の様なあのふたりを纏めて相手にする可能性を考えカガリは即座に首を振る。


「……逃がした?」

「まぁ、な。あのふたりを追うよりも」

「オペレーター、さっきのはわかる?」


 敵影が完全に姿を消した事で、ふらりと重心が揺らいだカガリを支える様に肩を貸した美花がオペレーターへと問いかける。

 すると、ノイズ混じりの標の慌てたような声音が即座に返ってきた。


『北西部の森で……大規模な火災が発生してるみたいです。ほぼ間違いなく山火事になります。消防もじきに駆けつけてくると思われますので……』

「撤退、か」


 夜の空にあってもわかる程、もうもうと立ち上がった煙を遠目に視認したカガリが呟けば、美花はそっと息を吐く。


「(黄泉路……)」


 恐らくは、能力者という立場でなお異常だと感じる先ほどの光景の中心にいたであろう仲間を案じながら、美花とカガリは村へと引き返していった。

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