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2-4 ホームシック2

 青年の視線と出雲の視線が交差していたのは僅かな間であったものの、出雲と青年にとっては数秒がまるで永遠のように遅く感じていた。

 二人の間に流れる静寂を破るように、コンビニから出てきた別の青年が出雲を凝視していた青年の肩を抱いて寄りかかる様にして笑いかける。


「おーい、どうしたよ常群(・・)! 可愛い子でも見つけたかぁ?」


 その声にハッとなったのは、出雲か、青年――常群、どちらが先か。

 しかし、我に返った常群が友人らしき青年を振り払い出雲の方へと一歩踏み出すよりも、出雲が逃げるように路地の奥へと走り出す方がほんの少し早かった。

 その為常群へと声をかけていた青年に目撃される事もなく、出雲はその場から逃げおおせる事に成功するのだった。

 かつての友人であった常群の成長振りに、自身がどれだけの時間を隔離されて過ごしてしまったのかをまざまざと見せ付けられた様で、様々な感情が入り乱れた錯乱状態のまま走る出雲に、周囲を気にする余裕などすでに無くなっていた。

 常群が追ってくるかどうかなど重要ではないと言う様に、出雲はひたすらに走り続けるのだった。




 ◆◇◆


 大学に進学してから暫く経ち、漸く生活も安定して新しい環境での友人関係も落ち着いてきた常群(つねむら)幸也(ゆきなり)は、その日もいつもの様に友人と待ち合わせて朝食を通学路のコンビニで調達して、いざ大学へ向かおうと言う、ごくごく平凡な生活を送っていた。

 最初に違和感に気づいたのは、4年程前に無二の友人であった少年、道敷出雲が能力者による傷害事件に巻き込まれて事故死――能力者との遭遇はそれそのものが天災、事故のようなものというのが一般人の共通認識である――してからというもの、何気なく裏路地へと視線をやってしまう半ば癖となっていた行動をした時だった。

 朝、昇った太陽によって照らされた街中であっても尚影が落ち、ほんのりと闇を形成する裏路地に見える黒々とした髪。

 誰かいるのだろうかと凝視すれば、それは自身よりも年下な学生であろうと言う事が、その身なりからなんとなく想像がつく。

 その少年が身に纏っているのは常群にとっては母校でもある高校の制服であり、それが判別したからこそ、少年を年下で学生だと真っ先に思ったのである。

 ただ、その風体を見るうち、常群は違和感に気づく。

 なにしろ少年が身に纏っていた制服はどこをどうしたらそこまでボロボロになってしまうのかと言うほどに損壊しており、ぎりぎりで服の体を成していると呼べる代物であったからだ。

 何か事件にでも巻き込まれたのだろうか。自然とそう考えたのは出雲という友人を路地裏で亡くしたからに他ならず、もしも能力者に追われていると言うのであればノータイムで保護しようと走り出す程度には、常群の中で出雲の死は大きなしこりとなって残っていた。

 だが、そこまで思考して、はたと気づく。



 ――目の前の少年は自身がかつて亡くした友人、道敷出雲に似すぎてはいないか。



 一度そうとして認識してしまえば、目の前の少年が出雲にしか見えず、また、目の前の少年が出雲であるならばという仮定が、欠けたパズルのピースがはまるように組みあがってゆく。

 もし、出雲が死んでいなかったのだとしたら。

 ニュースでの報道や、納得できずに警察に詰め寄った事もある常群は、関係者の口から出雲は原形を留めない程の悲惨な状態で発見され、その大部分は獣化した能力者によって食い荒らされてしまったと言うとんでもない話を聞かされていた。

 しかし、改めてそれを考えれば疑問が浮かぶ。

 目の前の出雲が幻でも幽霊でもないとするなら、なぜ警察は出雲を死んだことにしたかったのか。

 警察や政府にとって、何か不都合な事が起こったからなのではないか。

 例えば、能力者として覚醒した出雲を隔離せざるを得なず、それを世間に公表できないだけの理由が裏に隠されていたのだとしたら。

 突拍子のない妄想である事など、常群自身も重々承知していた。

 だが、目の前に出雲としか思えない少年がいるのだから、目の前の現実から理論を組み立てるべきだという思考もまた、同程度には存在していたのだ。

 そうこうしている内に、常群の視線に気づいた様子の少年が常群を見返して脅えた様な表情を浮かべる。

 それは、常群が良く知る出雲の表情であった。


「――まさか。出雲、なのか……?」


 自身でも気づかぬうちに声が漏れる。

 声が届いたかは定かではない。しかし、明確に少年――出雲の表情が驚愕に彩られ、呼吸を忘れたかのようにお互いの視線だけが交錯する時間が続いた。

 そんな沈黙を破るように、常群が大学に進学してから出来た友人である佐野が買い物を済ませて常群の後ろからのしかかる。

 我に返った常群が佐野の声を無視して一歩踏み出した時にはもう遅く、そこにいたはずの出雲は闇に溶けるように路地の奥へと走り去る所であった。

 伸ばしかけた手にぶら下がるコンビニ袋が目に留まり、所在無さ気に降ろされた際に揺れる重量だけが酷く現実を感じさせるようで、常群は歯噛みするような想いでコンビニの袋を握り締める。


「……なんか、あったか?」


 横から覗き込むようにする佐野に対して怒鳴り声を上げてしまいそうな自身を必死に抑圧しながら、常群はじっと出雲が消えた路地裏を見つめる。

 佐野も常群の視線の先を追いかけるように、常群と路地裏とで視線を行き来させていた物の、反応のない常群に首をかしげていた。

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