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7-41 ふたりの刺客

 そこかしこに付けられた破壊痕が著しく、異常なまでに殺伐とした樹海にぽつりと開けた空間で、炎が躍る。


「はっはァー! やるなぁ炎の!」

「褒められたって嬉しかねぇよ! 風使い!」


 地を這う様な炎が上空へと巻き上げられる風に流されて左右に別れ、その間を直進してきた金髪の青年がカガリへと拳を突き出す。

 その拳にも、よくよく目を凝らせば戦闘によって舞い上がった微細な土埃や葉が渦を巻いて、高密度に圧縮された風を纏っている事が見て取れた。

 抉り込む様な回転を外付けで加えた拳を紙一重でかわせば、カガリの服に細かな裂き傷が増える。お返しとばかりに腹に蹴りを入れるも、何かに阻まれたような感覚に勢いが削がれてしまい、本人が想定したダメージは見込めない。

 それでも多少の距離を開ける事に成功したカガリは自身もステップを踏んで後方に離脱し、息を整える。


「(ったく、黄泉路も探さなきゃならねぇってのに、厄介だな)」


 どうやら熱だけは完全に遮断できないらしく、襟元を指でつまんでぱたぱたと服の中に空気を送り込んで涼をとっている金髪の青年――祐理(ゆうり)を仮面越しに見据えながら、カガリは内心で舌を打つ。

 カガリはと言えば、致命傷や戦闘継続に支障の出るような傷こそ負っていない物の、普段通りの動きやすさを重視したラフな服装は3割がたズタズタになっており、皮膚のあちこちに鋭利な刃物で切り裂かれたような跡が刻まれていた。

 どうやらすぐすぐ動くつもりのないらしい祐理に意識を残したまま、カガリがちらりと視線を別へと向ければ、そちらはそちらで厳しい様相を呈していた。


「(――風使いに、雷使い(・・・)か)」


 祐理とカガリの戦闘中、幾度も目を焼くように瞬いた閃光、その正体が、カガリの視線の先で美花を激しく追い立てていた。


 バンッ、と、大樹の幹が爆ぜる。

 直後に微かだが雷鳴にも似た音が閃光の後を追う。雷の音の原理は瞬間的な空気の熱膨張による炸裂音である為、逆説的にその閃光がどれだけの危険度を孕んでいるかは想像に難くない。

 そんな絶死の雨を、美花はするすると地面を泳ぐようにすり抜けて行く。

 仮面は既に使い物にならなくなってしまっているらしく、代わりに8割がた獣と言った表現の方が正しいとすらいえる猫に似た異形の貌に、髪の間から生えた耳をピクリと反応させながら、雷が発生する予兆(・・・・・・・)を掴んで先んじて避けの姿勢へと移っていた。


「ひゅーぅ。あのお姉さんやっるぅー。俺の悠斗(ゆうと)からあんだけ逃げれるって相当だぜ?」

「はっ。雷使いに風使いなんて洒落が効いてるじゃねぇか。今まで無名だったってのが嘘臭ぇ」

「いやいや、今日は珍しく悠斗がやる気だからな! 普段は――」


 言うが早いか、祐理が踏み込んだ足がドン、と爆風を上げて、


「俺ひとりで片づけちまうもんで!」

「そう、かよ!!」


 ぐんと、明らかに人間単独の挙動ではなく、推進装置(スラスター)か何かによって増幅されたような直線的な起動でカガリへと急接近する。


「っつーわけで、悠斗の邪魔はさせないぜ!」


 振りかぶった祐理の手、その形が拳ではなく、平手であった事にカガリは瞬時に先ほどまでの回避動作よりもより大きく距離を取る。

 風という不可視の武器を相手にするには、それだけの警戒が必要なのだという事をカガリは身をもって学んでいた。


「――《五爪(フィフ)()天地圧縮(マイクロバースト)》!」

「ッ!」


 だが、カガリの予想を超えたその一手が振り下ろされるや否や、下向きに吹き荒れた強烈な風が周囲を木々ごと(・・・・)押しのけて薙ぎ払う。


「が、ッ……!」


 当然、暴風の爆心地とも言える直近で受けたカガリも無事ではなく、周囲の木々と同様に瞬時に吹き飛ばされ、薙ぎ払われた樹の幹へと強かに腕を打ち付け、その反動できりもみをしながら樹海の奥へと大地を転がって行き、ついに広場からでは見えない闇の中へと消えてしまう。


「お、おおー! すっげェすっげェ! なぁなぁ悠斗ー! 言われた通りやってみたけどどうよどうよどうよー! 俺すっごくねェ!?」


 それを為した張本人である祐理の呑気な声が見晴らしの良くなった広場に響く。

 あまりにも無邪気、それでいて自身の起こした現象を他人事のように感心する声音は子供の様ですらあり、命の奪い合いを行っていたとはとてもではないが思えないような純粋なそれは、聞くものにある種の怖気を抱かせる。

 そんな祐理へと、木々の暗がりから非難めいた声が上がった。


「もー! 祐理!! やるならやるって言ってよー。びっくりしちゃったじゃないか」

「悪ぃ悪ぃ。炎の兄ちゃんが思いのほか強くってつい熱くなってなー」

「まぁ、僕の方も、膠着してたし、助かったけど……」


 元々魔女の破壊痕によって拓かれていた広場は残っていた大樹すらもなぎ倒され、樹海の中にぽっかりと開いた空白地帯は遮るものも無くなったことで満点の星空と月光を一身に受けた自然のステージとも言える程に明るくなっていた。

 ステージ中央に立つ祐理へと、暗がりから姿を現した無傷の悠斗が咎める様な調子で歩み寄れば、祐理は愛犬の如き調子で悠斗に話しかける。


「そんで、悠斗の方は?」

「たぶん逃げられた……と思う」

「ふーん」

「そっちは?」

「俺? 俺はほら、見ての通り――」

「ちゃんと確認した?」

「うっ、えーっとォ……」


 自信満々だった表情から一転、目を泳がせて頬を掻く祐理の姿に、悠斗はそんな事だろうとため息を吐く。

 自身が相対していた敵に逃げられている事もあり、これ以上の小言は控えるべきか、悠斗はいつも通りの割り切りにも似た口癖を発しようとして――


「まったくも――うっ!?」

「っ」


 広場に立った両者、その間を引き裂くように駆け抜けた業火に咄嗟にステップを踏んで互いに距離を取る。


「――これは」

「あっ、の野郎! まだ生きてやがった!!! あーくそー! また悠斗に怒られるー!!!」

「……ふぅ」


 一歩間違って居ればふたりとも焼き払われていた。だが、炎の奥で憤慨する祐理の声に、相方の無事を確信した悠斗は冷静に思考を重ね、炎が向かってきた方向へと視線を向けた。


「はっ。そう上手くもいかねぇか」

「貴方は……」

「まぁ、分断に成功しただけでもマシって事で」


 銜えた煙草に右手で火を灯しながら暗がりから姿を現したカガリに、悠斗は警戒をあらわにする。


「(さっきの奇襲、たぶん当たれば良し、当たらなくても、僕らが分断されるように仕組まれていた……となると次は)」


 逃げた自身の敵と、姿を現した相方の敵。そして分断された自身を考えれば、おのずと結論は見えてくる。


「祐理は後回し(・・・)ってことですか」

「ん? ああ、そりゃまぁ、定石だな。だが違うぜ」

「――?」


 悠斗が考えていたのは、炎によって物理的に祐理と悠斗を分断し、その間に猫獣人(みか)炎使い(カガリ)が合流して2対1に持ち込むというもの。

 戦術としては極めて常識的で正しい選択だろうと踏んでいたが、カガリの否定と共に炎の対面で挙がった祐理の声に悠斗は肩を跳ね上げた。


「うぉっ!? お前猫の!」

「祐理!?」


 安否も確認できない分厚い炎の壁は一向に鎮火する素振りも見せず、祐理の様に風で炎をかき分ける様な芸当も出来ない悠斗が悲鳴染みた声音を上げる。

 だが、そんな隙をカガリが見逃すわけもなく、


「悪いが、本調子じゃねぇもんでな。さっさと片づけさせてもらうぞ」

「――ッ」


 ごう、と、カガリの左腕(・・)を軸に発生した炎が地を舐める様に悠斗へと迫る。


「――来ないで、下さい!!!」


 対抗する様に、バチバチと発光して周囲に破壊痕を刻んだ無軌道な電気が悠斗の身体からあふれ出し、その一部がカガリの放った炎へと吸い寄せられるように迸る。だが、


「わ、わっ!?」

「知ってるか、電気と炎はお互いに干渉しあわないが、炎の熱(・・・)は、空気を歪めて電気の通り道を乱す」

「――ッ!!」

制御できない(・・・・・・)お前の能力を抑え込んでる、裕理(アイツ)と同じ理屈だよ」


 ま、本家本元の風使いと比べたらお遊びだけどな、と、僅かに口元を歪めて煙を吐くカガリであるが、悠斗にそれを聞くだけの余裕はない。

 炎の波を電気が避けてしまう。その事実に一瞬出遅れたものの、悠斗は慌てて横へと飛び退くことで炎を回避する。だが、それは決定的な彼我の相性差を露呈してしまうのと同義であった。


「なんで、僕が……」


 自身の能力(・・・・・)を制御できていない(・・・・・・・・・)と。

 そう言いかけ、それが自身の弱点の肯定である事を理解していた悠斗は慌てて言葉を飲み込む。

 だが、既に確信を得ていたカガリは腕の炎をそのままにゆったりと煙草を蒸かす。


「そりゃ、さっきまで散々やり合ってたミケ姐(あいぼう)に聞いたのさ。情報の共有は大事だぜ?」

「あ――」


 祐理のマイクロバースト、下方へと吹く強烈な突風の余波で飛び散ってきた巨木に対応している間に姿を消していた自身の敵が、炎に乗じて2対1の奇襲に持ち込むことまで予想していながら。


「(情報共有なんて当たり前の事、見落としてたなんて――!)」

「だから当然、あっち(・・・)も俺より相性がいい」

「祐――ッ!」

「おっと、よそ見してたらあっさり死ぬぞ」


 ここは戦場なんだから。

 カガリの低めた声音と共に炎が唸りを上げて、大気を焦がす熱量が悠斗へと迫る。


「う、あ、ああああぁあああぁあぁあぁっ!!!」


 これまでの祐理に対するストッパーを心掛けている様な冷静な態度が剥がれ、悲鳴にも似た叫びを轟かせた悠斗の身体から、今までの比ではない量の眩い雷光が迸る。

 本気を出してきた。そう捉えたカガリは自身の周囲の熱量を調整して大気を歪め、あふれ出した炎を面制圧の要領で悠斗へと差し向ける。

 無差別に地面を抉る雷が炎の伝う先を消し飛ばし、絨毯のように広がる炎の熱が、カガリへと飛来する雷を逸らして地面を抉る。

 炎と雷、どちらも直撃すれば一撃で人が死ぬ自然の猛威が夜の闇を眩く照らし、災害とも呼べる戦いの激しさを物語っていた。

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