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7-39 真夜中の戦争2

今回はグロテスクな表現があります。人によっては不快になる事もあると思いますのでご注意ください。

 樹海の各所で発生している戦闘は収まる事を知らず、むしろ時間の経過に比例する様に激しさを増していた。

 本来ならば夜行性の動物の息遣いや、それらから隠れる様に身を潜めた小動物達の息遣いすらも聞こえてきそうなほどの静寂が支配するはずの森の中でまたひとつ、切羽詰まった声が響く。


「どこに居やがる!!!」


 山中という事を加味してもなお、鬱蒼と茂ったという表現がしっくりくる程に木々の密度が濃い樹海の中では、反響した声すらも夜の闇に溶ける様に薄らいでいってしまう。

 自身の声に応じる反応がない事も合わさり、男は焦りを含んだ苦々しい内心を吐き捨てる様に舌を打つ。

 男がいる場所は現在三肢鴉と孤独同盟の面々がぶつかり合う、戦場の最前線と言っていい。にもかかわらず、男の周囲はひたすらに静けさが満ちていた。

 本来ならばこのような静けさこそ深夜の山中に相応しいとも言えなくも無いが、今は戦場、静けさは逆に不気味ですらある。

 しかし、静けさ自体は男にとってそう不安に思う事ではない。何故ならば、既に男は術中にはまっている事を自覚していたのだから。

 歩けどもあるけども敵と接敵する事も無く、かといって目的地にたどり着く事もない。

 まるで同じ場所をぐるぐると回らされている様な感覚に男が気づいた時には、既に共に行動していた者達はひとりまたひとりと分断されて姿を消してしまって居た。

 厳密には仲間とは呼べない物の、仲介役によって組まされた数名のグループで行動していた男も現在ではたったひとり、恐らく他の者は既にやられているだろうという確信めいた推測を元に、現状を引き起こしただろう敵能力者を炙り出さねばならないと判断し、男はいやいやという風に服の袖を捲る。


「ああ、くそっ。これだから山の中は嫌なんだ……」


 露になった男の腕は一言で言えば異様であった。

 包帯によってぐるぐる巻きにされたそれは大怪我を思わせるが、先ほどまでの身振りからして男が怪我を負っている様子はない。

 ではなぜ包帯をしているのか、その答えは男が包帯を乱雑にはぎ取った事で明らかとなる。

 包帯がはがされ、男の腕が外気に触れる。その感覚すらも苦痛だとばかりに男は顔をしかめるのも無理はない。何故なら、男の腕は大小無数の噛み傷と思われる物で覆われていたからだ。

 酷い物では肉が抉れている箇所すら見受けられる傷口は生々しく、一生消えない傷であろうことは明白だった。

 そんな腕を突き出し、男は奥歯をかみしめる様に目をつぶった後、忌々しそうに呟く。


俺を喰え(・・・・)


 直後、静けさの中に紛れていた生物の気配が爆発的に膨れ上がった。

 しかし、その対象は見えざる男の敵ではなく――


「ぐっ、ぎ、うぅうぅぅ……ッ!!!」


 男の腕が一瞬で黒く染まる。否、それは染まったというよりは覆い尽くされた(・・・・・・・)という方が正しい。

 その証拠に男の腕があった場所には黒々とした大量の何かが蠢いていて、ぼんやりとした腕の輪郭が歪に蠕動していた。

 自らを貪られる苦痛を噛み締め、男は叫ぶ。


「――さぁ……俺を喰ったんだ(・・・・・・・)俺の為に尽くせ(・・・・・・・)!」


 男の命令が下ると同時に腕を覆いつくしていた黒が四散し、方々へと広がる様に駆けて行く。

 それは蟲だ。山中においていても不思議ではない、カマキリや蛾、クワガタといった一般的なものから、カジリムシやクモ、ムカデ、ゴキブリといった不快生物に至るまで。

 男の腕にかじりついていたそれらが、男の命令のままに森を侵食する。

 ――蟲使い。

 この界隈においてなお、孤独同盟においてでさえ文字通り蛇蠍(・・)の如く嫌われる存在であった。

 自身の血肉を与える事で蟲を始めとした生物に対する命令権を得る支配系能力者。

 敵に最悪の結末を与え、味方にすら嫌悪される能力を持って、男は見えざる敵を炙り出すべく無差別(・・・)に攻撃を開始する。


「ひっ、虫っ!?」

「ひぎゃあああぁあああ!?」


 さほど離れていない地点で悲鳴が上がる。だが、男はその声に聞き覚えがあった。


「チッ。まだ生きてたか。まぁいい。邪魔(・・)だ」


 男が蟲に命じたのは、近くにいる人間を襲えというだけの簡単な物。

 肉眼で敵が特定できない以上、虫という人間とは違う感覚器を持つ存在に周囲を無差別に襲わせた方が効率が良いと判断したのだ。


「――ッ」


 文字通り虫の知らせ(・・・・・)と言うべき配下から齎される感覚によって男は即座に前へと跳ぶ。

 その直後、風切り音と共に男が居た地点の地面が抉れた。

 着地の衝撃に腕の傷が痛むのも厭わず、男は周囲に散らばらせた虫達を呼び戻し、手元に残していた護衛戦力としての蟲達を自身を襲撃してきた人影に蟲を嗾ける。

 男の命令を受けた蟲達は即座に黒い波となって襲撃者を飲み込み、その姿を無残な物へと変えた――ように思われた。


「……?」


 ギチギチとムカデの様に硬い殻を持つ蟲達が人型に圧縮する様に蠢く音が重なり合う中、歪な人型へと変貌したそれに目を凝らし、男は訝し気に顔を顰める。

 普通の人間であれば仕留めた手ごたえはある。如何に身体を強化する能力で身を固めたとて、それはあくまで人間の身体を限界以上まで強化しただけで、虫に集られるという不快感からくる精神的ストレスや、穴から侵入して体内を食い荒らす蟲達に対する耐性を得たわけではない。身体強化以外の能力者であればなおさら、あの状況にまで持ち込まれてしまえばどうしようもない程に詰んでいる事は今までの経験で理解していたはずだった。

 だが、男の配下から上がってくる感覚は違う。


「(――何だ……? まるで()に齧り付いているみたいな――ッ!!)」


 違和感の分析をしようと蟲を一部ドカした所で、男はその正体に気づく。

 月光すらも遮る様な暗がりの中とあって、至近距離まで近づいて漸くそれが何なのかを正常に理解する。

 樹だ。それも、あえて人型に似せて作られた生木の異形。直前までそれが動いていた。


「植物、使い――っ!」


 男が噛み締めた奥歯がぎりっ、と音を立てる。

 同時に稼働を再開した人型樹木が蟲を纏ったまま男へと腕を模した枝を伸ばす。


「チッ、やはり形だけか」


 人型のサイズを大きく逸脱する射程でもって伸びる枝の進路から逃れる様に横へ、さらに初めから警戒していた事もあり、男は腕状の枝の射程の倍の距離を取りつつ唾を吐く。

 目の前の人型樹木はあくまでも直接仕留める為だけのもの。だとすれば本体はこの場を認識できる程度の距離から見張っていると踏んだ男はさらに距離を開け、木々の合間に潜る様に駆ける。

 人形と戦う意味はなく、元より男は近接戦よりも蟲を使った中、遠距離を得意とする能力者だ。

 足場の悪い森を駆け抜けながらも、真新しい傷口から滴る血でもって新たに配下を増やしながら男は蟲達に周囲に散らばる様に命令する。

 今度こそ植物使いを見つけて殺す。そう考えていた男が何かに足を取られて体勢を崩す。


「ぐっ!?」


 あわやという所で今日は差し出していない方の腕で受け身を取ること自体には成功したものの、男は自らが何に足を取られたのかを見て息を呑んだ。


「な――」


 男の右足、その足首までをもぐるりと飲み込む様に絡みついていたのは、植物の根(・・・・)だ。それも先ほど見た人型樹木などではない、この森を形成するごくごく一般的な樹木と区別のつかない樹齢何十年はあろうかという大きな木の根。

 それが意味する事を即座に理解した男は、それでも足掻くべく命令を奔らせる。


「カミキリムシ!!! 齧れェ!!!!」


 だが、命令を受けた数多のカミキリムシが根を噛みちぎり、男を救出するより早く。


 ――森が圧縮する。


「あ、ああ……くそっ……こんな仕事、受けるんじゃなか――」


 男の最後の言葉が木々の成長に飲み込まれ、幾本もの木々が絡み合う様にしてできた新たな巨木の内部で男だったモノを配下共々砕いて行く音が断続的に響く。

 巨木の隙間から赤黒い粘液が滴っている事を除けば、その場で戦闘があったなど誰が想像できただろう。

 終わってみれば戦闘とも言えない、駆除を終えた者が口を開く。


「……終わりました」

「はい、確認しています。お疲れ様でした」

「再配置に数分ほど時間がかかりますので、それまでは」

「ええ。他の支部に穴を埋めてもらうように伝えておきますね」


 蔦が枝葉を絡め、撓め、綺麗に円を描くようにドーム状に天すらも覆った木々の籠の中。

 三肢鴉の司令塔、“皆見”こと南条(なんじょう)(このみ)と、そのお付きにして護衛戦力、“操木”こと(くすのき)(まこと)は淡々と会話を交わしていた。

 しかし、その姿は普段のそれとは打って変わった異様な物だ。

 皆見は当たり前のようにしているものの、操木の姿は人と呼ぶべきか樹と呼ぶべきか判断に迷うもの。ドーム中央に聳えたつ巨木に身体の半分以上が埋まり、樹と皮膚の境目にはまるで皮下に根が張っている様な異様な盛り上がりが浮かび上がっていた。

 操木達が身を置いているのは男を葬った森からはだいぶ離れた集落に程近い地点だ。

 男が近くに、自身を認識できる距離に術者が居ると踏んだのは、結果的に見れば間違いではない。

 ――実際に皆見という千里眼と透視を複合した効果を持つ能力者に補助を受け、自身が接続した樹木を操作できる操木がいたのだから。

 ただし、それはあくまで男にとって近い距離ではなかったという話。ただそれだけの事実がこうも勝敗を分けてしまうのも、能力者同士の戦では間々ある事であった。

 拠点防衛に優れた能力者として有名な皆見と操木はさらに複数、同時に似た様な戦況を作り出していた。

 操木の能力は仕込みに時間はかかるものの、一度縄張り(テリトリー)を形成してしまえば城塞の如く堅牢に、迷宮(ダンジョン)の様に悪辣な広域殲滅型の能力と化す。

 それを皆見の能力が補佐し、的確な位置情報と状況観測が合わさる事でその精度を押し上げている。

 夜鷹支部は戦闘集団である。ならば、防衛線力と司令塔が戦えないという事は、ありえない。

 普段前面を張る美花やカガリといった戦力に隠された鷹の爪は、淡々と次の処理を開始する。


「防衛樹海の再配置完了まであと2分ほど。避難状況はどうなっているでしょう?」

「芳しくないですね。女性層は素直に応じてくださっている様なのですけど、男性方は――」

「元軍属故に、ですか」

「ええ。ですが私達の目的は戌成村の全村民の避難までの時間稼ぎですから、どうにか納得して頂かないと……」

「それまでは、このまま防衛を続けるしかありませんか」

「頼りにしています。誠さん」

「はい、お嬢様」


 大樹に呑まれた操木が目を瞑る。

 植物の操作に集中し始めた操木にちらりと目を向けて、皆見もまた、全体の状況を確認すべく目を凝らすのだった。

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