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7-38 真夜中の戦争

 一番初めの刹那による狼煙とも言える広域に渡る揺れを伴った爆撃(・・)が降って暫し。

 月明りさえも心許無い山の中を、明らかに堅気ではない風貌の特殊迷彩服に身を包んだ一団が足音を忍ばせつつの最高速度によって移動していた。


「しっかし、だりぃなぁ」

「私語は慎め」

「へーへー、すんません」

「良いじゃねぇっすか。どうせもう上のお気に入りふたりは突っ込んで行っちまったんだし。遠くでけっこーな音響いてるし今更声落としたって意味なんて無いっしょ」


 作戦の事も構わず飛び出していったふたりの青年に対する含みを伴った軽薄な言葉に、たちまち部隊の中から嗤い声が小さく唱和する。

 初めに諫めた男は内心で舌を打つと、共に特殊迷彩服に身を包んだ部隊員達を一瞥して小さく息を吐いた。


「(これだからチンピラ風情は。あのふたりが良い目眩ましになるのは間違いないが、ふたりの力量が自分たちよりも上だと理解しきれていない)」


 今回の依頼主(・・・)の直属という点だけを見て金髪と茶髪の青年を過小評価している彼らはありていに言えば犯罪者だ。

 作戦成功の報酬として恩赦を約束された、能力が身に付いたことで犯罪に走った愚か者。

 その引率を任された男はそっと彼らに対する嘲りを仕舞い込む。


「そういえばもうひとりお気に入り(・・・・・)が居たよな?」

「あー、あの女な。顔良いし抱き心地良さそうだよなぁ」

「おい。集中しろ」

「硬い事言うなよ、隊長サン。アンタだってあのお飾りの分まで働かなきゃなんだろ? その分せびってやったってバチは当たんねぇぜ? ケケケッ」

「はぁ……勝利の女神(・・・・・)に見放されるぞ」


 思わずといった具合に男の口から出た言葉に、部隊員のゴロツキ達は一瞬顔を見合わせてぷっと笑い出した。

 俄かに気配が騒めく森に響く野卑な笑い声の唱和が踊り、木々に幾分か吸収されつつも遠方へと響いて行く。

 これから戦地へと入ろうかという集団とはとても思えない陽気な姿に男はもう何度目かという辟易とした顔をマスクの裏に滲ませる。


「(これならばあのふたりの方がよほど、戦いへと向かっている分だけマシだ)」


 まさしく、彼らは戦いへと赴くという意識がない。あるのはただ、自分が恩赦という餌を貰って再び自由になるという願望だけだ。

 幾分か頭の回る者が大笑いするゴロツキを咎める様な視線で見ているものの、隊長である男はもはや彼らを運用する事を諦め、有効活用(・・・・)する方向へと思考を切り替え始めていた。


「そろそろ黙れ。敵が近い」

「へいへい。隊長サマはおっかねぇなぁ」

「……従う気がないなら好きにしろ。生きて帰りたいものだけ付いてこい」


 男が淡々と告げれば、先ほどから周囲を炊き付ける様に嗤っていたゴロツキは一瞬目を見開いたかと思うとすぐさま足を止め、我が意を得たりとばかりに部隊員達へと振り返った。


「お前等聞いたか!? お優しい隊長サマが俺達を自由にしてくれるそうだ!」

「はっはっはっ、そりゃいい!」

「そんじゃ後は隊長サマと物好き共に任せて待ってようぜ!」


 言うが早いか、元々ゴロツキに同調していた半数ほどがニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべてその場に座り込んでしまう。

 隊長の男は彼らを憐れむ様に一瞥すると、元々の想定していたルートを逸れて歩き出す。

 その後へと続くのは元々の部隊の人数から見て半数弱といった具合の、比較的従順だった者達だけだ。

 進むにつれて後方より聞こえてくるバカ騒ぎに眉をしかめた1人が隊長の男へと小声で話しかける。


「……葉佩(はばき)さん、良かったんですか」

「問題ない。女神(・・)に見放された奴等の末路は決まっている」

「女神、って、あの場違いに綺麗な女の子ですか? ずっと後方にいる手筈では?」

アレ(・・)は姿が見えてなきゃ問題ないなんて生易しい存在じゃない」


 隊長の男――葉佩(はばき)宗平(そうへい)は、作戦の上では後方の指揮車の中で成果を待つ上司のお気に入り(・・・・・・・・)と揶揄されている少女を思い出し、小さく首を振る。


「一度でも関わったらアウトだ。それだけでもうあの女からは逃げられない。間接的にでも邪魔だと思われればそれで終わりだ。分かったなら、あの女が必要としている作戦の成功だけを目指せ」

「……わかりました」


 生死が懸かっている作戦中という事もあり、ピリリとした緊張感が息苦しくすらある深夜の樹海。

 その中でも特に鋭く緊張を迸らせる内容が後方の味方に付いてであるという事実は、直接やりとりをしている部隊員のみならず、近くでそれを聞いていただけの隊員たちまで肌が引っ張られる様な感覚を抱かせる。


「……」

「……!」


 短いハンドサインでここからは無言でいる様に念を押す葉佩に、隊員たちは静かに頷く。


「(……嫌な空気だ)」


 夜の森の中という事もあって、暗視ゴーグル等の装備ですらも補いきれないシチュエーションの悪さの中、肌にじっとりと粘りつくような戦場独特の空気を感じ葉佩は数秒息を止める。

 兵士としては作戦成功を優先させるべきであるが、葉佩は傭兵だ。自身が生きて帰ることが最優先。

 戦果に逸り命を落とす傭兵を脇目に、葉佩はそうやって数々の戦場を、能力者という独自の法則性(ルール)で蠢くモノ共が蔓延る戦地を切り抜けてきた。

 その勘が告げている。この戦場は酷いものになる(・・・・・・・)、と。

 後方に置いてきた無能達もそろそろ動き出す頃だろうか。葉佩はちらりと後方に意識を向け、すぐに無駄なことだと内心で首を振って歩を進める。

 再び、先ほどよりも慎重に、足音も少なに歩き出した隊の後方から悲鳴が上がったのは程無くしての事であった。




 ◆◇◆


 葉佩達が森の奥へと消えて少しした頃。

 扇動していたゴロツキの男は徐に立ち上がると、半数になった部隊員たちの視線を集める様に手を叩く。


「よーし、お前等、移動すんぞ」

「えー。ここで駄弁ってるんじゃないんすかー?」

「バッカお前、よく考えてみろ。あのクソマッド野郎は俺達になんて言った?」


 難色を示すチンピラたちに、ゴロツキは尋ねる。

 この中で一番力が強く、リーダーシップがあるのがゴロツキである。そのゴロツキからの問いには先ほどまで葉佩に集団で細やかな抵抗を試みていたチンピラ共も、慣れない夜の森というストレス極まる環境下を行軍して疲れた心身に鞭打って作戦の為に集められた際の事を思い返す。


「……作戦の成否に拘らず、一定の成果を見込めれば恩赦を与える、だったっけ?」

「そうだ。で、だ。その一定の成果(・・・・・)ってぇのは、何を指す?」

「そりゃ、例のブツの回収でしょうが……」


 歯切れの悪い返答ながら、要点を搔い摘んだ回答にゴロツキは満足したようで、自信に満ちた野卑な笑みを面々に向ける。


「つまりだ。我部(アイツ)の言い分からすりゃ、俺達はもう釈放済みって言っても良い」

「じゃあこのまま町にでも戻るんすか?」

「いいや。このまま進む」

「えー。何でっすか。疲れたっすよー」

「良いかお前等、よく考えろ。あのクソマッドは確かにイッちまってるクズだが、権力もあれば金もある。それに俺達みたいな痛い脛だって満載だ。そのクソ野郎が俺達みてぇな犯罪者を使ってでも欲しがってるブツ……一体いくらくらいの価値になるんだろうな?」


 ニヤリ、と。含みを持たせたゴロツキの言に、チンピラたちはハッとする。

 これは千載一遇のチャンスなのだという事に気づいたチンピラたちの表情を暗がりの中も見通す装備越しにゴロツキは満足げに頷き、更に畳みかける様に言葉を重ねる。


「何もアイツに直接渡してやる必要はねぇ。持ち帰ってからアイツに、他所に売られたくなきゃもっと報酬を積めって脅してやりゃあ良い。吊り上げられるところまで吊り上げて、他にも似た様な交渉を持ちかける。そんで一番いい値で買ってくれる所に売りつけてやれば……」

「――俺達、一気に勝ち組っすね!?」

「そうだ。なんならブツをタネにクソマッド野郎からしゃぶり続けてやってもいい。どうだ、やる気は出たか?」

「おお! そりゃあいい!」

「いいねぇ、あの野郎には好き勝手やられてイラっとしてたんだ!!」


 唱和する肯定にゴロツキは演説が成功した政治家の様な含みのある笑みを潜ませて大きく頷き、顎で葉佩達が進んで行った先を示す。


「俺達はツイてる。態々自分から鉄砲玉になってくれたクソガキ2匹に、俺達に自由行動を(・・・・・)認めてくれた(・・・・・・)上官様が露払いをしてくれてるんだ。俺達は後からついて行って……」

「――ブツを奪取して逃げれば良い」


 ゴロツキの語る話は所詮仮定であり、憶測にすぎない。

 だが、熱気に中てられたチンピラたちは自分たちこそが今まさに主役たらんとしているという認識からくる希望的観測によって不都合に目をつぶり、作戦が成功した後の事にばかり気が向いていた。

 ――故に。自分たちが既に狙いを付けられている事など想像の埒外であった。


「っつうわけでお前等。これが終われば俺達は億万長者だ。いくぞ――ぉごっ(・・・)……!?」

「? 何やってんす……か……っ!?」


 だが、彼らが愚かであった事に変わりはなくとも、彼らを責めることはできないだろう。

 なぜなら、今しがたリーダーとなり夢想を説いていたゴロツキが足をもつれさせたように倒れ込んだのを、近くにいたチンピラが抱き起そうとして初めて異常に気付いた程に、その始まりは静かだったのだから。


「ひっ、ひあぁああああ!?」

「おいうるっせぇな。さすがにデケェ声出しすぎだろ」

「ば、ひっ、おま、あ、ああっ!?」


 抱き起そうとしたチンピラがゴロツキを覗き込んだまま硬直し、言葉としての意味をなさない音を吐き出し始めた事に、怪訝さと苛立たしさが混じった声が問いただす。


「何言ってんのかわかんねぇよわかる様に喋れよ!」


 暗がりの中、突如発狂した様な異様な光景。だが、その一喝によって抱き起したチンピラが辛うじて言語を取り戻したのか、端的かつ明瞭に、悲鳴の如き報告を上げた。


「死んでんだよぉおおおお――ぉびょ(・・・)!?」

「っ!?」


 その声も、テープを無理やり停止させたように突如として途切れ、直後にどさりとふたり分の重量が地面へと転げる音が残る。

 音源が消え去った事で森の中に訪れた、微かに聞こえる喧騒すらも耳に入ってくるような静寂。

 ひとり、またひとりと命が刈り取られてゆく恐怖は瞬く間に伝播し、極限まで膨れ上がった緊張がチンピラたちに周辺への注意力を引き上げさせる。

 とはいえ、初めからその緊張感を持っていたとしても、襲撃者から逃れられない事は明白だった。


 ――ヒュン。

 風を切る音。続けて、重い何か(・・)が倒れる音。

 それは三度目の襲撃の合図にして、終了の合図。倒れた男の隣にいた者は呆けたように、つい先ほどまで隣で馬鹿笑いしていた男だったモノを見る。


「――ひ、あ、ああああああああああぁあぁぁぁああぁああッ!?」


 一拍空けて、襲撃者の気まぐれがもしほんのひとり分横にずれていれば自分がそうなっていたのだという確信が全身を巡った事による絶叫が木霊する。

 それに焦ったのは警戒をしていた他の男たちだ。

 こうなってしまえばバカでもわかる。自分たちは(・・・・・)騒ぎ過ぎた(・・・・・)のだと。


「うるせぇ黙れ!! ぶっ殺すぞ!!!」

「お前が黙れよ!!! 狙われてんのに声上げるバカがいるかよ!!!!」

「死にたくなきゃ伏せろっ!」


 口々に文句を言い合い、遅まきながら遮蔽になりうるであろう木に隠れ、土がつくのも構わず地面に突っ伏する男達。


「――すぅ。はぁ……」


 そんな半狂乱の集団を見つめる一対の瞳があった。

 夜の闇に紛れる様な黒いモッズコートに、光の反射を抑え、目元を隠す様なバイクゴーグルの青年は太い木の枝の上で照準を付ける様に集団に対して手を翳していた。


「次」

「右に3センチ。下に2センチ」


 中肉中背の黒髪の青年が誰にともなく呟けば、少女然とした声がして青年の耳元に帰ってくる。

 標の様な念話とは違う、物理的な音としての音声ガイドに従った青年が構えた手の位置を修正し、小さく息を吸って吐く。


「――しっ!」


 ヒュン。

 青年の翳した手、その指の間に挟まれていたナニカ(・・・)を、青年が片方の手ではじきだせば、指で小突いた程度の力であるはずのそれが一瞬にして音を置き去りに夜の森を駆け抜け――そして、


「ぐぎゃあっ!?」


 男の野太い悲鳴が上がる。

 ぎりぎり、言われれば何かが居るかも知れないと思えるかという程の距離からそれを観察する青年の耳元に、再び少女の声がかかる。


「へたくそ。さっさと仕留めなさいよ」

「悪かったな。狙いが付けづらいんだよ」

「誰も見てないのに格好つけてるからよ」

「……」


 少女の悪態にも似たダメ出しに青年は静かに息を吐いてバイクゴーグルを額へと押し上げる。

 暗視性能など欠片も無く、むしろ目元を隠す為のカラーコーティングによって暗所の視認性を更に引き下げているそれを青年が付けていたのは単なる格好つけ――だけではないが、現時点で見るならば外していた方が幾分も狙いやすい事は青年自身も自覚している事であった。


「もう。さっさとしてよね。次、構えて。左5センチ。上1センチ」

「ああ」


 整ってはいるものの、長めの前髪と合わせて印象に残り辛い青年が淡々と頷き、指の間に構えたものを飛ばす。

 それだけで瞬く間に命が刈り取られ、チンピラたちが全滅したのはそれから数分もしない頃であった。


「助かったよ涼音(すずね)

「――! 別に、さっさと仕留めないと後が支えそうだと思っただけよ。ルカののろま。へたくそ。あんなクソザコゴミムシさっさと潰しなさいよね」

「はいはい。悪かったよ」


 数メートルはあろうかという高い木の枝から軽々と飛び降りた青年――ルカが振り返れば、その木に寄りかかる様にして待っていた吊り眉の少女がただでさえ険を感じる表情をしかめてルカに文句を告げる。

 その顔は仄かに赤らんでいた物の、暗がりである事も合わさって青年は見えていない様子で、いつもの事とばかりにひらひらと手を振って歩きだす。


「――。()を拾った」

「どこだ?」

「前線。10時方向で交戦中。鴉と――ああ、うちの雑魚だわ」

「一応は共同作戦だ。行くぞ。こっちに誘導する様に伝えてくれ」

「分かってるわよ!!」


 涼音と呼ばれた少女が不服そうに顔を背ければ、黒い艶やかな姫カットの髪が揺れる。

 見るからに未成年、本来であれば高校に通っている姿が似合う少女の年相応の所作に辟易することなく、ルカは機嫌取りの様に涼音へと手を差し伸べる。


「さぁ、お手をどうぞ。お姫様?」

「――ば、バッカじゃないの!? ……でも、まぁ、ルカがそういうなら……運ばせてあげてもいいわ。特別に、ええ、特別よ!」

「いつもの事だろう。ほら、さっさと行くぞ」

「きゃあっ!? もうちょっとゆっくり行きなさいよバカァー!?」


 渋る涼音を横抱きに――宣言通りお姫様抱っこをしたルカが軽やかに駆け出すと、その足は月面でも行くかのように森の中を軽やかにかけて行く。

 その速度に思わず悲鳴を上げた涼音の声だけが深い森に尾を引いていた。

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