表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
249/605

7-31 戌成村3

 姫更による物資の搬入も終わり、集会場の内部が簡易指令室とも呼べる空間へと変貌した頃。

 宴会の準備が出来たという道案内の老人――久地に案内され、黄泉路達は表へと出る。

 夏とはいえ周囲を山に囲まれた山間の集落という事もあり、頭上を覆う枝葉も合わさり外は既に夜へと向かう仄かに湿った空気を醸し出していた。

 それでも空気が重いと感じないのは、村長をしているという門倉の家の周囲に集まった村の人々の明るさ故だろう。

 村と呼ぶのも烏滸がましい程に小規模な集落である戌成村は、人口30人未満の高齢者だけの場とはとても思えない程の活気が満ちていた。


「客人を迎えるなんていうのは久方ぶりだから、皆張り切ってるんだ」

「久地さん、でしたよね。そちらが素ですか?」

「ああ。外からきた人間には地元言葉の方が怪しまれずに済む。地元民には逆に怪しまれるがな」

「なるほど」


 納得するとともに、一見では地元の農家のお爺さんにしか見えなかった久地の演技力に内心で舌を巻く黄泉路であったが、他よりも一回り大きく、それでいて少しばかり作りがしっかりした昔ながらの長屋とも言える門倉の家へとたどり着くや、廻や姫更共々わっと寄ってきた女性陣――とはいえ戌成村の最年少が70代半ばなのを考えればその年齢は推して知るべしであるが――に捕獲され、あれよあれよという間に酒宴とは場を離した卓へと座らされてしまう。


「よう来たにゃぁ。こっから何日か知らんけど、ゆっくりして行きなさい」

「都会()食事とは勝手が違うけ、苦手なもんがあったら手ぇ付けんで良いからにゃ」


 どうやら直接果実から絞ったらしい桃のジュースが注がれたグラスを手渡された姫更が目を白黒させつつも控えめにお礼を言って口をつける。

 その隣では廻が孫を相手にする様な調子の老齢の女性から山の様に取り分けられた山菜の煮物に苦笑しつつ、助けを求める様な視線を黄泉路へと送っていて。


「あ、はは……」


 既に山の様な白米とおかずが目の前に並んでいる黄泉路はどうしたものかと困惑しつつ苦笑を浮かべていれば、先ほど集会場で紗希に窘められていた女性が近づいてくる。


「可愛い子が来たんで年甲斐もなくはしゃいでるだけだそい(だから)、許()てやっとくれちゃ」

「大丈夫ですよ。姫ちゃんも廻君も、こういった事に慣れてないだけですから」

「そう言ってくれるとありがたいにゃ」


 マチと呼ばれていた女性は目を細め、朗らかに笑う。

 その様子は集会場で紗希を守らんと声を張っていた姿と連動し、人が良いのだろうなと黄泉路に思わせる。


「マチさん、ですよね。ありがとうございます」

「大垣マチ、マチ婆とでも呼んでくれたら良いっちゃ。……皆さっき()事が多少なり気になってるちゃ。だそい(だから)、そう思うなら楽しんでくれる()が一番の気遣いだにゃ」

「はい、ありがとうございます」

「ほんと、あの子たちもそうだけど賢い(かたい)子だにゃぁ。都会の子は皆そんな風なんけ?」


 訛り交じりではある物の、何を意味するかくらいは文脈で察する事は容易く、黄泉路は緩やかに首を振る。


「僕はこれで成人してますから、見た目通りの若さではないですし、あっちの男の子、廻君はちょっと事情があって大人びてる所があります。外見通りなのは姫更ちゃんくらいですよ」

「はー、お前(おまん)成人しとったがか! あんまりにも細いもんだから子供だと思っとったっちゃ、今からでもあっちに移るけ?」


 あっち、と示すのはカガリと操木が引きずり込まれていった男衆の方であり、黄泉路が視線を向けるまでもなく既に喧々囂々とした混沌ぶりが伝わってきていた。


「飲めると言ってもそこまで好むわけでもないですし、ふたりも見ておきたいので僕はこっちに居ますね」

()がええ、あんなんに無理に混ざる必要もないちゃ」


 自分で提案しておきながら、あちらの様相を一目見て撤回したマチ婆は快活に笑う。


お前(おまん)が細いからたらふく食わさんとって張り切ったっちゃ、速く食わんとまたお節介が増えっちゃ」

「あ」


 どうやら男性陣の方へ酌をしに行くらしいマチ婆が席を立ちながら黄泉路の前を示せば、既に山とあった食事が更に1、2品ほど増えていた。

 本当にこのままでは際限なく積まれることになりかねないと、黄泉路は久方ぶりに食事に全力で取り組む事となるのだった。




 村人からすれば全員が息子や孫世代、下手をすればひ孫世代という事もあって構い倒された夜鷹一行の歓迎会から一夜明け、集会場の中で目を覚ました黄泉路は瞼を擦る。

 元々が山中の旅館を拠点にしていることもあって、そこかしこから聞こえ始めた鳥や虫の鳴き声には慣れたもので、前日教わった井戸で顔を洗おうと表に出ると、操木が既に準備運動をしている姿が見受けられた。


「おはようございます」

「おはようございます、凄いですね、あれだけ飲んでたのに……」

「私はそこそこでしたから。カガリさんはそうとう飲まされていたようですけど」

「あー……」


 もしかしたら、カガリは昼過ぎまで起きてこないかもしれないと頭の片隅に置きつつ、黄泉路は元の目的を果たす為に操木に一言断って別れて井戸へと向かう。

 すると既に起き出している元気な老人たちを幾人か見かけ、その都度挨拶を交わして井戸からくみ上げた水で顔を洗う。

 地下からくみ上げた水だからだろう、キンと透き通るような冷たい水が顔に触れると、完全に覚醒した後とは言え身が内側から引き締まる様な感覚に、黄泉路は今日から本格的な護衛開始だと意気込んで集会場へと戻って行った。

 集会場へと戻った黄泉路がまず取り掛かったのは準備運動だ。普段であれば操木と軽い手合わせまで行う所であるが、いつ何事が起こるか分からない依頼の最中においては体力の消耗は極力避けるべきという事もあって見合され、黄泉路が柔軟を始めるのと入れ替わる様に調理スペースへと向かった操木が朝食の準備に取り掛かる。

 姫更が取り寄せた物資があるとはいえ、現代文明から数世代ほど遅れた環境だというのに操木はてきぱきと食事を整え、純和風の朝食、吸い物として用意された味噌汁が食欲をそそる香りを漂わせはじめる頃に黄泉路も柔軟を終えて集会場の中へと戻れば、そのタイミングで年少組のふたりが起き出してくる所であった。


「おはよう、ふたりとも」

「は……よう」

「おはようございます」

「顔洗って来ると良いよ。水が冷たくて気持ちいいから」


 未だ寝ぼけ眼といった具合の姫更に苦笑しつつ告げれば、そんな黄泉路に送り出される形で廻が姫更の手を引いて井戸へと向かってゆく。

 雑魚寝をしていたスペースへと視線を向けた黄泉路は未だに起きる気配のないカガリを一瞥して緩やかに首を振り、操木の手伝いをはじめる。

 簡易的なテーブルに人数分の食卓を並べ終え、顔を洗いにでたふたりが戻った所でカガリを起こせば、二日酔いらしく頭を押さえたカガリがふらりとテーブルへと座る。


「あー。味噌汁……いただきます」

「昨日あれだけ飲んでましたし、食事は食べれるようならということで」

「すんません……」


 やや締まらない空気ではあるものの、しっかりと食事を摂った夜鷹一行は本格的に日が昇り始める手前に事前に打ち合わせた通りの行動へと移る。


「それでは、私とカガリさんで陣地の構築に当たりますので、そちらは護衛をよろしくお願いします」

「……カガリさん、大丈夫ですか?」

「ああ、問題ない」


 冷水による洗顔と味噌汁によって復調したらしいカガリもカガリですごいのだが、付き合いと考えるならば操木の様にそこそこで引き上げる事も出来た酒宴に最後まで参加しつくしたカガリを褒めるものは居ない。

 美花が居れば小言のひとつもあったかもしれないが、幸いにしてこの場にいる面子でその様に注意をするものは居ない。基本的には自業自得で済まされる案件だけに、他のやり取りもなく黄泉路と廻と姫更、カガリと操木という組み合わせで集会所前から別行動となった。


「さっき村の人に聞いたら御心先生は診療所で寝泊まりしてるって言ってたから、まずは診療所にいこうか」


 黄泉路が先導する形で村の中で唯一年季が薄いと感じさせるしっかりとした建物へと歩きだす。

 村の中とは言う物の、山道に比べれば多少舗装されているかなというレベルの獣道にも近い道。人口の事もあってこれ以上の利便性の追求をする理由も余力もないのだろうと思わせる、自然の中に出来た人間の生息地と呼ぶ方が相応しい空間を進む。

 ものの数分でたどり着いたのは、木目が目立つ平屋の家々と比べると近代的な白い建物。

 一目で、田舎にある個人の診療所とはこのような見た目だろうと思わせるに十分な、清潔感とこじんまりとしたサイズが合致した建物の前で立ち止まった黄泉路は、この集落では珍しい硝子戸を開ける。


「おはようございますー。御心先生、起きていらっしゃいますか?」


 しんと静まり返り、また、電気は通っているらしいが点灯していない院内に黄泉路の声が響く。

 入ってすぐの待合所のような場所は、普通であれば待ち受けとしてカウンターとベンチ等があってもおかしくないはずだが、個人経営の診療所という事でカウンターはない。ただ、診察室と待合室を分ける為だけのスライド式のステンレス扉があるだけだ。


「あー。来たんだねーぇ。おはよう、私はこっちにいるよーぅ」


 その扉越しに聞こえてきた紗希の声音にそっと安堵しつつ、黄泉路は部屋の構造や家具の配置を記憶する様に目をやりながら其方へと足を向ける。

 もしもの時はこの場所が戦場になるのだ。無論ここには姫更という転移能力者がいる。いざとなれば姫更に紗希の避難を任せてしまえば安心して戦いに集中する事が出来るが、それはあくまでも最終手段である。

 いつもいつでも姫更に頼れるとは限らない。いざという時に姫更が紗希の下に向かえない場合だって、あるのだから。

 常に最善を尽くすために思考を止めない事。それは黄泉路がこの2年で裏から世界を見てきて学び取った事のひとつであった。


「や、昨日は皆につき合わせちゃって悪かったねーぇ」


 扉を開けた先、システムデスクに備え付けられた丸椅子に座って待っていた紗希が昨日と変わりない調子で手を挙げれば、応じる様に黄泉路達は軽く頭を下げる。

 彼らに悪気はないんだよ、と苦笑する紗希の顔はやや照れた様な、嬉しさの入り混じった様な暖かさを抱かせるもので、黄泉路としても迷惑だとは思わなかった為、即座に首を振る。


「いえ……カガリさん――仲間も楽しんでいましたから」

「あっはっはぁ。気の良い人たちだろーぅ?」


 紗希は心底信頼しているという様にしみじみと笑う。

 黄泉路は紗希と村人たちの関係性がとても眩しいものの様に思え、その口元に自然と笑みが宿った。


「ええ、暖かい人たちですね」

「……だからこそ、巻き込んでしまって申し訳ないのだけどね」

「巻き込まれたとは、思ってないと思いますよ」


 廻が確信のある声音で否定すれば、姫更もそれに乗っかる様に昨夜の夕食の際に老人たちとのやり取りを思い出して口を開く。


「ん。昨日、紗希先生のこと、いっぱい話してくれた。皆、紗希先生が、好きなんだと思う」

「……そうだねーぇ。だから私も、皆がこんな風に暮らさなくても良い様な社会にしたいんだよーぉ」


 能力者という物が社会に今ほどに認知されるまでに、どれだけの偏見や迫害があっただろうか。

 戦時中に活躍したという事は、敗戦後にどれだけの責を積まされただろうか。

 そうしたものを想像する事しかできない黄泉路達でも、彼らが平和に隠遁している生活は尊いものだと思った。

 だからこそ、それを乱す様な問題を持ち込んでしまった紗希は申し訳ないのだと、それを理解したうえで受け入れてくれた分まで、社会に対して能力者への理解と格差を正していく働きをしなければならないのだと、紗希は穏やかな表情に確固たる決意を宿した瞳で告げるのだった。


「だから、この研究だけは絶対に守らないといけない。今のあの男(・・・)に、渡しちゃいけないものなんだ」


 ついてきてくれるかい? と、紗希は椅子から立ち上がり告げる。


「診療所としても稼働はさせてるけど、ここの人たちは皆能力者だからねーぇ。実を言うと、あまり身体の調子がーとかって理由で医者に掛かる人は多くないんだよ。だからね――」


 その背を追って向かった診察室のさらに奥には、


「こうして研究する為のスペースをカモフラージュする事の方が本命だったりするんだよーぅ」


 地下へと続く螺旋階段が口を開けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ