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7-30 戌成村2

 短く、それでいて鋭い制止の言葉。だが、その程度で怯む様では三肢鴉の中でも有数の戦闘部隊である夜鷹の面々は動じない。

 僅かに、こうした機会に乏しい姫更が臨戦態勢を取りかけるものの、すぐ隣に泰然と立つ廻に手を握られた事でハッとなって自然体へと戻る。


「……これはどういうことでしょうか」


 夜鷹の面々を挟み込む様に背後に立つ、ここまで先導してきた老人へと代表として誠――操木が問いを向ける。

 その声はいつになく平坦で、一見敵意も何も宿っていない様に聞こえるが、付き合いの長いカガリには分かる。これは警告だと。

 操木は日頃から誰に対しても温厚で腰が低く対応が丁寧であるものの、訓練をはじめとした戦闘にまつわる物に対してはその丁寧さをそのままに温厚さが嘘のように鳴りを潜め、如何に効率的に(・・・・・・・)敵を排除するかという思考が垣間見える性質を持っていた。

 それを良く知るカガリだからこそ、もしもの時は姫更と廻を気にかけつつ自衛するだけに留めるつもりで静かに息を吐く。

 黄泉路達を囲む様に布陣しているのは一様に老齢と言って差し支えない男女だ。

 平時であれば穏やかそうな村民の老人たちが武器の代わりと思われる鉈や斧、草刈り鎌など、日常の一幕で見かける物で武装している姿はある種の恐ろしさを感じさせるが、


「(ああ、ここまでに人気がなかったのはこういう事だったんだ)」


 違和感の正体に納得しつつ、黄泉路はこの後どう動くかを頭の片隅で考える。

 操木やカガリにとってこの包囲網が脅威足りえない様に――否、黄泉路こそ、本当の意味で脅威足りえないからこそ、その様な事を悠長に考える余裕を持って緊張とは無縁の面持ちで周囲を観察していた。

 だが、それらを実行に移すよりも早く、老人たちの囲いを割る様に一人の女性が進み出てくる。


「待った、待ったーぁ。彼らは大丈夫だって言ったでしょーぉ」

「紗希ちゃん、良いって言うまで隠れてるように言ったねか!」

「マチさんは心配性だねーぇ」


 楽し気に、少しばかりの気恥ずかしさを含んだ微笑を浮かべる見覚えのある女性に、一歩進み出た廻が声をかける。


「こんにちは、お久しぶりです。紗希先生」

「朝軒君かぁ。大きくなったねーぇ」


 動きやすいジーンズにシャツと言ったラフな格好の女性――御心紗希がしみじみと感慨深そうに呟くと、漸くお互いに既知である事が証明できたのか囲んでいた老人たちの纏う空気が弛緩する。


「悪ぃなぁ、紗希ちゃんには色々お世話になってるでな、(おれ)達に出来んのはこうして体張るくれぇのもんだからよ」


 武器を下した老人の中から、まとめ役らしい男性が一歩進み出ると、紗希はそちらへと顔を向ける。


門倉(かどくら)さん、そう言っていただけるのは有難いんですけどねーぇ。命は粗末にしないでくださいよぅ?」

「カッカッカッ、吾ぁ残りかすみてぇなもんよ。そんな燃えカス共の為にこんな辺鄙な所に居を構えて面倒見てくれてんだ、昔失うはずだった命の一つや二つくらい、なぁお前等」


 快活に笑う男性の背筋はピンと伸ばされ、とても老人とは思えない程にしっかりとした声音で村人たちへと声を掛ければ、周囲からは同様の威勢のいい同意が返されて集会場に反響する。

 がっしりとした体躯に似合う太刀――軍刀と呼ばれる、本来は儀礼用のものだろう――を肩に担いだ門倉は黄泉路達の前へと進み出ると右手を差し出し、


「試す様な真似をして悪かったな。紗希ちゃんは吾達にとっちゃ恩人でもあり娘みてぇなもんだ。そいつを任すに足る人物か確かめたくてな」

「いいえ。結果的に矛を交えずに済みましたので、気にしませんよ」

「そいつぁ良かった。吾ぁここのまとめ役をやってる門倉ってもんだ。話は聞いてるから、寝泊まりにはこの集会場を使ってくれ」


 ぽんぽんと担いだ軍刀で肩を叩くような仕草をし、門倉は集まっていた村人たちに解散を告げる。

 解散宣言を受けた村人たちは先ほどまでの統率が嘘のようにその場で談笑を始めるものや、武器代わりに持ち出した農具を手にぞろぞろと集会場を後にするもの、夕食の支度をしなければならないらしく慌ただしい様子で出て行く女性など、普通の人と何一つ変わらない老人たちの集まりがそこにはあった。

 出入りの激しくなった入り口から黄泉路達と道案内をした老人が脇へと寄ると、歩み寄ってきた門倉が案内人の老人に声をかける。


久地(くち)もご苦労だったな」

「はっ! それでは小官はこれにて」

「ああ」


 慣れた仕草なのだろう、門倉に対し帝国陸軍式の敬礼をした道案内の老人――久地は道中の老人然とした所作とは打って変わったきびきびとした動きで集会場を後にする集団に混ざって行く。

 その様子に瞠目した黄泉路であったが、すぐ隣で納得しきりといった具合の操木を見て其方へと問いを向ける。


「操木さん、分かってたんですか?」

「ん? いえ。なんとなく動きがぎこちない気がしていただけですよ。私たちを警戒させない為の演技だったのでしょうね」

「それはまた」


 油断ならない村だ。と、黄泉路は抱いた感想を喉で止めて仕舞い込む。

 未だ、観察するような気のある門倉の視線に気づかないふりをした黄泉路が視線をずらせば、廻が紗希と話し込んでいる姿が映る。

 2年越しの再会、廻にとって今の道を歩むきっかけを気づかせてくれた女医は一見変わりないように見える。

 だが、よくよく眺めればその顔の皺は多少深くなったように感じられ、以前に比べて背が伸びた廻と合わせて時間の流れを感じさせる光景であった。

 黄泉路の視線に気づいた紗希が廻に断りを入れて話を中断させるに合わせ、黄泉路もそちらの話の輪に加わる為に歩み寄る。


「お久しぶりです」

「やぁ少年……いや、道敷出雲くん(・・・・・・)と言った方が良いのかなーぁ?」

「っ」


 ひらりと手を挙げ、悪戯めいた調子で笑みを浮かべる紗希に、黄泉路の表情がぴしりと凍る。


「ああ、すまないね。別に悪気があった訳ではないんだよ。なじみがある名前はそちらだったからつい、ね?」


 許してくれ給えよ、などと続ける紗希の言葉が耳に届いては抜ける様な錯覚に、黄泉路はひゅっと息を吐く。

 その名前は、黄泉路という少年にとっては懐かしく、そして未だに傷として残る響きで。


「……なんで、その名前を」


 三肢鴉に入ると決めた時に自ら死んだと宣言した事も忘れ、黄泉路は呆然と呟く。

 しかし、一番驚いていたのは黄泉路の事を出雲と呼んだ紗希の方であった。


「あれ? 違ったのかい? それは済まない事をしたね、少年」

「……いえ。……でも、なんで、そっちの名前を……?」

「あ、あー、そうか。そういうことか。すまないねーぇ。今の名前を聞いても良いかい?」


 なにやら得心行った様子で紗希は眼鏡の奥で目を瞬かせる。

 だが、黄泉路の意識は何故その名前(・・・・・・)が出たのか(・・・・・)に向いており、今の名を答える所ではない。


「その前に、どうしてその名で呼んだのか。教えてください」

「……何、君のご両親とは(・・・・・・・)面識がある(・・・・・)というだけの話さ。単純に面影があったからそうじゃないかと思っただけだよ」

「僕の――」


 両親と。そう口にしようとした途端、黄泉路の喉は空気の行き場を失ったように詰まり、音が途切れる。

 道敷出雲という少年が親の庇護から放り出されてから6年、迎坂黄泉路と名を改めてからはおよそ2年が経った現在ですら、あの日の出来事は少年が思う以上に心に深い溝を作り出していた。


「……すまない事をした。さっきの発言は忘れてくれ」

「あ、いえ……そんな」


 言葉に詰まる黄泉路の態度からあまり良い話題ではない事を察したらしい紗希が、普段の口調とは違う、静けさを孕んだような声音で謝罪をすれば、黄泉路としてはこれ以上この話題を追究する気にはなれなくなってしまう。

 空気を入れ替える様に、紗希がひとつ小さく咳払いをして口を開く。


「君たちさえ良ければ今日はこれから皆の歓迎会をしたいと思うんだけど、どうかなぁ?」

「歓迎会ですか?」


 護衛として滞在するからにはそれは職務と言っても過言ではない。

 故に必要以上に邪険にされる事さえなければそれで良いという思考が染みついているが故に、黄泉路は首を傾げて問い返してしまう。


「先ほども言ったが、吾達が可愛がってる紗希ちゃんを守ってくれるんだ。歓迎したいってのは吾達の総意だと思ってくれて構わんよ」

「そういう事らしいですから、ご厚意は頂いておきましょう」


 黄泉路が振り向けば、どうやら話し合いをしていたらしい門倉と操木とカガリの3人が黄泉路達に歩み寄ってくる処であった。


「ま、そういうことだ」

「カガリさんは飲み過ぎないようにしてくださいね」

「へいへい、ったく。お前は酔わないし良いだろ?」


 状態異常とは無縁の黄泉路が居るのであれば確かに警護という観点では申し分ない。

 だからといって護衛中の飲酒行為は決して褒められたことではないが、カガリやそれを窘めた黄泉路とて本気ではないことは互いの声音からも明らかだ。


「私たちも、飲めないから平気」

「今晩どうこうという事はないでしょうし、いいんじゃないですか?」


 そこへ混ざる様に最近少女らしくなってきた胸を反らす姫更と、さも当然と言わんばかりに有事はないと言い切る廻が加われば、夜鷹所属のメンバーがいつも交わす気安い雰囲気が醸造される。


「じゃあ、吾は村ん連中の方を見てくる。集会場の中は好きにしてくれて構わんぞ」

「はい、お世話になります」

「カッカッカッ、世話されるんは紗希ちゃんだろう」

「あははーぁ、それは確かですけどーぉ。私もこれから残ってる研究資料を纏めなきゃいけないからーぁ、またねー」

「え、じゃあ誰か付いて――」

「いーのいーのぉ。朝軒くんも大丈夫って言ってるわけだしねぇ?」


 廻の予知を理由に門倉と共に紗希までもが足取り軽く集会場を出て行くと、残された夜鷹の面々は僅かに面食らったもののすぐに復帰し、姫更の能力で物資の運び込みと配置に取り掛かるのだった。

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