7-27 支部長会合6
いっそ呑気と言える程にゆったりと、堂々とした歩みで会場入りした勇未子を見つめる視線は冷たい。
一時は幼い子供の提言で乱れた場の流れが固まりかけた所を文字通り空気をぶち壊しての登場なのだからさもありなんという所であるが、当の勇未子はそのような事は些事とばかりに本来葛木本部長が座る予定だった席に腰を下ろし、円卓に足を載せる。
「ちょっと、少しは行儀よくできないの!?」
「なーんでアンタに指図されなきゃなんねぇんだよ」
あまりの行儀の悪さに思わず再加熱した掛園を勇未子が鼻で笑う。
バチバチと両者の間に火花が散る様な錯覚さえ抱く状況に、丁度席次的に中間点に置かれてしまった黄泉路は両者へと視線を揺らして小さく嘆息してしまう。
「まぁまぁ、紫くん。勇未子にはわたしからしっかり言い聞かせておくから。まずは勇未子の主張を聞きませんか?」
さすがにこのままでは話が進まないと、助け船をだす葛木に安堵したのは何も黄泉路だけではあるまい。
一度話を聞くことを了承した手前、文句は多々あろうが一時飲み込んで主張くらいは聞こうという掛園の大人の対応もあり、勇未子は廻を一瞥し、模擬戦を見学していた支部長達へと視線を向けた。
「アンタ等も見てたろ? このあたしに勝った奴に何の問題があるんだ? 年齢? 序列? ハッ。笑わせんな。命掛かってる時に女も子供もあるもんかよ。あんまり前線に出ない所為で日和ってんのか?」
勇未子の指摘も、先の掛園の意見と共に一定の理がある。
三肢鴉が如何に崇高な理念を掲げて活動しているといっても、空想でもないのだから“現実的な限界”も存在する。
物資や人員などその最たるものだろう。この場で黄泉路も含め裏方作業を詳しく知らない者も多く居たとして、現実問題として構成員の活動資金や工作資金、活動する人手など、現実に即して妥協をせねばならない部分は大いにある。
それは倉庫番――物資調達・供給に特化している掛園紫率いる掛園支部が、恐らくは一番理解しているであろう事実。
だが、それでも。掛園紫はその事実をこの場に限り目を瞑る。
「戦力として不安視している訳ではありません! 先ほども言いましたが、彼らはまだ子供です。いくら有能だとして、彼ひとりの穴を埋める人員くらいは確保できますし、子供をあえて危険にさらす理由なんて必要な――」
「じゃあ何だ? テメェはこのあたしが年齢を理由に参加を蹴られるような奴より下だって言いてぇのか!?」
「っ、それとこれとは別問題でしょう!」
「いいや、同じだね。あたしだって今回の作戦に参加したくてもどうせ本部防衛云々つって却下されんだ。無い無い尽くしの状況がアンタのプライドだけで覆るのか? 違うだろ。なぁリーダー、あたしは廻を推薦するぜ」
勇未子がリーダーへと水を向ければ、状況を見守っていたリーダーは廻へと顔を向ける。
「嬉々月勇未子を下した事も、計算の内か?」
それは、どの段階からこの状況までを――否。これから先、どの段階までを見据えての一手であったのかを問う言葉。
「ええ、まぁ」
「何処まで手を打っている?」
「知りうる限り」
50を過ぎた大人と、未だ12を迎えたばかりの少年とは思えない会話に場がシンと静まり返る。
決して長い沈黙ではない。しかし、リーダーの考え込むような素振りは時間が引き延ばされたような錯覚を出席者達に与えていた。
その視線が廻から黄泉路、姫更へと移り、最後に円卓に座る支部長達へと移ろって行き……暫くして、リーダーは緩やかに口を開く。
「朝軒廻及び神室城姫更を有する夜鷹支部は先のローテーションから除外し、御心紗希の身辺警護及び周辺の警戒・遊撃任務に当たるものとする。迎坂黄泉路、異論はあるか?」
「――なっ!?」
リーダーの決定に浮足立ったのは何も掛園だけではない。先ほど掛園に賛同していた面々はリーダー自らの娘も最前線に投入するという事実に色めき立つ。
そんな中、先ほど視線を向けられた際には既に予感めいたものを抱いていた黄泉路は比較的落ち着いた声音で応える事が出来た。
「ありません」
黄泉路としても、廻と姫更を危険にさらすつもりはない。要は御心紗希に敵を近づけなければ良い。
そう割り切る事が出来るだけの思考時間を得られたことも、黄泉路のこの決断を後押しする要因になっていた。
「納得いきません!」
「掛園紫。感情ではなく、理屈で説き伏せられるか?」
「――それは……」
「無論、無制限に参加を認めるものではない。朝軒廻、神室城姫更は二人一組として運用し、作戦中は御心紗希から離れる事は許されない。さらに有事の際には御心紗希を連れて即時離脱する事を最優先とする。これに異論はあるか?」
「……分かりました」
先ほどの思考時間に纏めたのだろう、既に決まっている作戦の概要を大きく変える事無く廻達を作戦に組み込んだリーダーの視線が廻へと向けられれば、廻はそっと息を吐くようににじみ出た安堵を漏らしている所であった。
「(未来を知る者にとってこの作戦への参加はそれだけ重要な案件ということか)」
如何に先を知っていようと、手が出せなければ意味がない事をリーダーは理解している。
それは報告書で読んだ朝軒廻の能力にも合致する事で、廻がどうしてこのような仕込み――恐らくはこの会合への参加に始まり今に至る全てだ――を行ってまでこの作戦に参加しなければならなかった理由であろうとリーダーは推察していた。
「これにて支部長会合を閉会とする。各自、作戦行動に備えて行動を開始せよ」
「「「了解!」」」
自由解散を告げられた室内の空気が弛緩し、今後のすり合わせを行おうとする者、早々に帰還準備を始めようと部屋を後にするもの、自身の支部の構成員と集まる者など、動きが活発化する。
「よう廻。やったな」
席を立った黄泉路が夜鷹の面々が固まっている場所へと向かうと、その背後から勇未子が黄泉路の肩をひじ掛け代わりに体重を掛けつつにぃっと悪い笑みを浮かべる。
「嬉々月、さん。重いですよ」
「あァ? 男だろテメェ、あたしの重みくらい支えろや」
「嬉々月さん」
「わぁったよ。ったく……ひとつ教えろ」
廻の咎める様な声音にすっと肩から退いた勇未子に、黄泉路は疑問とも不満ともつかない感情を抱く物の、ちらりと横に見た勇未子が真面目な声音で廻に問いかける様に出掛かった言葉を飲み込んだ。
「最初から、ですよ。嬉々月勇未子が迎坂黄泉路に――とある理由から決闘を挑む。……その前の、兄さんがこの会合に代理出席する際に正式な支部員として扱われていなかった僕等がこの島にやってくる所からです」
勇未子の視線を受け止め、勇未子が問いを口にするよりも先に。
廻は既にその問い自体も知っていると言外に告げる様に、勇未子だけでなく、黄泉路や美花、標が抱いていたであろう疑問に答える。
「は、ははっ。んじゃあたしが負けるのも既定路線ってことか。ったく、マジモンの化け物じゃねぇか」
「お褒めに与り恐縮です」
「ったく可愛げねぇな。……ま、いいや。これならあたしが推しただけの仕事はすんだろ。なぁモヤシ?」
相変わらずの呼び方に黄泉路は返事をするのも馬鹿らしいと肩を竦めるのみで答える。
勇未子が絡むと途端にらしくなくなる黄泉路の態度に美花と標はどうすべきかと顔を見合わせていたものの、そんな夜鷹の面々に近づいてくる複数の足音に気づく。
「今、ちょっと良い?」
断りを入れて声をかけてきた相手の声に黄泉路は内心で小さく覚悟を決めて振り返る。
「あ……ええっと、掛園支部長?」
「ええ。掛園紫、三肢鴉の物流調整担当よ。さっきはごめんなさいね。少し熱くなりすぎたみたい」
先ほど廻の提案に対して咎める姿勢を貫いていた姿とは違う外見通りの柔らかな物言いに、釘でも刺しに来たのだろうかと身構えていた黄泉路は思わず呆気にとられてしまう。
「ああ、いえ。子供の安全を考えるのは正しい事ですし、掛園支部長は悪くないと思いますよ」
「……思えば貴方も子供なのにね。ごめんなさい。貴方が前線にいる以上、説得力なんてあった物じゃなかったわね」
「あー……えーっと、僕、これでも22歳で成人してます。外見がこうなのは能力の性質上といいますか」
「えっ、そうなの!? ごめんなさい私ったら……」
どうやら黄泉路自身を子供――外見からすれば、確かに16そこそこの子供と言っても差し支えない年頃であろう――と思っていたらしく、黄泉路の訂正に掛園は目を瞠り、先ほどから何度目になるかの謝罪を口にする。
『紫さん、本当はすっごく優しい人なんですよ。ただ、ちょっと子供が絡むと箍が外れやすくなるだけで』
「(そうなんだ……)」
恐縮しきりという態度の掛園の様子に困惑する黄泉路のフォローにと念話を飛ばしてきた標に納得と感謝を返していれば、このままでは話が進まないと見た美花が掛園へと声をかける。
「掛園さん、それで用事は?」
「ああ、そうね、狩野さんもお元気そうで。……あの場でああ言ってしまった手前、しこりは残るだろうと思うけれど、作戦にこれ以上の私情は挟まないと伝えておきたくて。リーダーが決めた以上、私たちは私たちの仕事をします。だから夜鷹の皆さんも、必要なものがあれば私たちが手配しますからどうぞ頼ってくださいね」
それでは、と、一礼して去って行く掛園とその随伴員達が会議場を後にすれば、会議室は既に参加者の半数ほどが退室しているようで、後に残っているのはたまにの交流をメインとした雑談に興じている面々が大半と言ったように見受けられた。
「……僕達も帰りましょうか」
「賛成」
ひとまず、今回の作戦についてを本来の支部長である果に報告せねばならない。
それぞれに割り当てられた部屋で私物を纏めた黄泉路達は、来た時同様姫更の能力によって我が家とも呼べる山間の旅館へと飛ぶのだった。