7-21 支部長会合2
黄泉路達が食堂へと到着する頃には既にスタッフによって立食形式のパーティー会場が整えられており、先ほどまで観戦席に居た面々や、各々の都合によって参加を見合わせていた他の支部長らの姿もあった。
当然、最後の方にスタッフ以外の格好での入場となった黄泉路達への視線がそれとなく集まるが、その所属は先んじて到着していた美花と標の元へ歩み寄る様子から察せられたらしく、視線の意味合いが好奇の物へと変化していた。
「遅くなりました」
「良い。知り合いには、先に話しておいたから」
「ありがとうございます」
黄泉路の両脇を固める様に手を取って並んだ姫更と廻の服装が先の模擬戦で見せた衣装とは変わっている事と、鼻先にふわりと香るシャンプーの香りから、汗を流してきたらしいと美花は察していた。
既に皿に盛りつけられた料理の数々に目移りしているらしい標も、当然3人がやってきた事には気づいており、
『あ、よみちんめぐっち姫ちゃんおそーい。私さっきからお腹ぐるぐる言ってるんですけどぉー』
『標ちゃんはそんなに動いてないよね……?』
『成長期の乙女なんですぅー。胸が養分を求めてるんですよぅ!』
相変わらず、肉声では喋れない代わりに脳に響く思念が喧しい標が、身振りと合わせて寸分たがわず目の前で喋っているような所作で自らを抱くように両腕を組めば、黄泉路はあえて持ち上げたらしい胸元からそれとなく視線を逸らして会場へと目を向ける。
黄泉路とて男子であるからには、そうした異性の仕草や格好に興味がないわけではないのだが、如何せん標は自らの身体をネタにしすぎているきらいがあり、日頃そうしたジョークに晒された結果、黄泉路は見事に標をそういう対象で見ることが出来なくなっているのだ。
程なくして葛城本部長が三肢鴉のリーダーであり神室城姫更の実父、神室城斗聡に伴って姿を現すと、一瞬の静寂が流れる。
2年前からさほど多くない頻度ではあるが、顔を合わせる機会もあった黄泉路もリーダーへと視線を向ける。
サングラスによって隠れた表情は変わりないものの、以前より白髪が混じる割合が多くなったように感じられた。
「皆、今日は集まってくれて嬉しく思う」
そんな語り口で始まったリーダーの挨拶が終われば、和やかな雰囲気で昼食会が始まり、黄泉路は内心で少しばかり意外だと感じてしまう。
仮にも政府に対して裏社会から有形無形の力を行使して圧力をかけようという反政府勢力だ。どこか殺伐とした雰囲気とまではいかないが、ただの身内の立食パーティーのような暖かな雰囲気とは程遠いとどこかで身構えていた為、拍子抜けする気持ちで辺りを見回してしまう。
「黄泉にい」
「ん?」
「パパのとこ、いく」
「ああ。うん。行っておいで」
「黄泉にいも、一緒」
「ええ……?」
少しばかり困った様に眉を下げる黄泉路の手を引いて、ずんずんと会場を割って歩く姫更の向かう先ではリーダーが支部長からかわるがわる挨拶を受けつつも会話をしている姿があり、そのサングラス越しの視線が姫更を、そして黄泉路を認めた。
リーダーの視線を追うように会話をしていた支部長らしき男性が姫更の姿を認めて横に退けば、足を止めた黄泉路と姫更が自然とリーダーの正面に立つ形で向かい合う。
「迎坂黄泉路か。活躍は聞いている」
「ありがとうございます」
短いやり取りだが、サングラス越しにじぃっと観察されているような気がして、黄泉路は僅かばかりの居心地の悪さを感じてしまう。
いち構成員の動向など、これだけ大きな組織の長が認知しているほうが珍しいだろうと脳内でお世辞と割り切り、黄泉路は小さく頭を下げる事で内心に感じる気まずさを誤魔化した。
姫更という最大の特別事項が横に並び、兄と慕っている以上、黄泉路は自身が考えるいち構成員という枠から大きくはみ出しているのは周知の事実であるが、黄泉路の所属する夜鷹が、そうした特別性に気づかせない良い意味で空気の良い環境であった事で、黄泉路はその事実に気づくことはなかった。
もし気づいていたならば、斗聡から感じる視線に別の意味を見出すことがあったかもしれないが、気付かぬ以上は栓の無い話である。
「……姫更」
「パパ。久しぶり」
「元気そうだな」
「うん。楽しい」
「そうか」
黄泉路が再び顔を上げる間にも、どこかぎこちなくも聞こえる簡素な親子のやり取りが流れてゆく。
とはいえ姫更の表情は見慣れた黄泉路からすれば不快そうでもなく、言葉通り純粋に近況報告で不満がないと言っているように見えた。
こうしてみると、姫更の表情が乏しいのはこの父親の影響もあるのかもしれないなどと、完全に付き添いであることもあって思考が明後日の方向へと傾いた黄泉路はリーダーと姫更の顔の間で小さく視線を行き来させる。
目元が隠れている事も合わせて余計に表情に乏しいが、姫更の表情変化の観察をリーダーに当てはめれば、なるほど娘を気遣う姿に見えない事もない。
「迎坂黄泉路」
「っ、はい」
気付けば親子の会話は終わっていたらしく、唐突に名前を呼ばれた黄泉路は小さく息を詰めて返事をする。
「娘を頼む」
「……わかり、ました」
もしかして思考が顔に出ていただろうかと、先ほどとは別種の気まずさに視線が泳がない様に努める黄泉路へと向けられたリーダーの言葉に黄泉路がゆっくりと頷けば、話は終わりとばかりに姫更が手を引いた。
挨拶にきたらしい女性と入れ違いつつその場を離れる黄泉路には、前を歩く姫更の背中は機嫌が良さそうに思えるのだった。