7-20 支部長会合
拍手の後に両審判より廻への勝利認定が下され、驚きの結果と共に模擬戦の幕が下りる。
元々は噂でしか知らない2年前の大規模作戦によって救出した不死身の能力者――黄泉路の力量を確かめるべく集まっていた支部長達も、夜鷹の若いふたりの健闘には大いに満足したようであった。
とはいえ、その模擬戦も終わってしまえば、結局注意は同じく観戦席で見守っていた黄泉路へと向けられ、
「いやぁ。にしても、夜鷹んとこは若い子も元気でええねんなぁ。……あ、自分逢坂の統括やっとります。浅壁っちゅうもんですわ。以後お見知りおきをー」
「あ、はい。迎坂黄泉路です。よろしくお願いします」
「あっちの子ぉにも驚いたけど、こないなちっさい子があの不死身やなんて意外やわ」
しげしげと黄泉路を見つけながらそう声をかけてきたのは恰幅の良い30代後半に差し掛かるかという男性だ。
良く言えば壁を作らない、より直接的な表現をするならば遠慮のない態度で手を差し出した浅壁に、黄泉路が恐縮交じりの返事を返せば、浅壁はカラカラと機嫌良く笑いながら、黄泉路が遠慮がちに差し出した手をぎゅっと握った。
「はぁ、もう。浅壁のおじさま。迎坂さんが困ってるでしょう。誰も脂ぎった中年の手なんて長く握りたくないんですから放してあげなさいよ」
「おぉ怖。うちのメンバーが堪忍なぁ? こいつ、こう見えて可愛いもん好きやから気ぃ付けぇや」
「そないな事言いおるからおっさんはモテへんのやで!」
「ほれみぃ、こっちが素やねん」
突然目の前でコントの様な掛け合いを始めた逢坂支部のふたりに目を白黒させる黄泉路であったが、どうやら周囲の反応を見るにこれがいつもの様子であるらしいと小さく笑う。
笑いが取れた事で浅壁は機嫌を良くし、合いの手を挟んでいた20代半ばといった具合の女性は醜態をさらしたとばかりに小さく首を振る。
「はいはい、そこまでにしてください。……とはいえ、まだうちの方は近ぇがら多少なり話も入ってきますが、実際この目で見てもそうは見えないのは確かですね」
「あー、ええっと……?」
「ああ。申し遅れだ。私は明田で支部長をやってます。ハコ、と呼んでぐださい」
「ハコさん、まーだ方言混じる癖直らんと? そない喋りにくそうに話すなら別に直さんと良かとよ?」
一度そうして黄泉路を含めた談笑の流れが出来てしまえば、観戦に来ていた他の支部長達もこれ幸いとばかりに黄泉路を含んだ輪の中へと入ってくる。
大人の中に放り出された黄泉路は早い会話の流れに驚きつつも無難な受け答えで顔と名前を一致させるべく会話に応じてゆく。
黄泉路が依頼をこなす様になって暫く経ったとはいえ、まだ2年である。
活動範囲は皆見支部長のお膝元を中心とした関東域に限定されおり、遠出と言っても精々関東よりの東北や中部までであったが故に、北海や関西以西に拠点を持つ支部長達と顔を合わせる機会はなかったのだ。
加えて、支部長とはいえ他に支部に勤めているという形で固定の支部員を持たない形の最小規模の支部――黄泉路の知り合いであれば廻の一件でお世話になった笹井支部などだ――の支部長等、離れる事で支障がでる人員は不参加を認められている事もあり、基本的に細々とした依頼を多く受けていた黄泉路を直接知る支部長の数はそれ程多くないというのも、此度の模擬戦に黄泉路の名を聞いて様子見に来た人数の多さの理由の一端でもあった。
「はいはい、そろそろ昼食会の準備が出来ますから、歓談の続きはそちらでお願いしますね」
パンパン、と。葛城が手を叩けば支部長達は心得ているとばかりに黄泉路の傍から離れ、上層のホテル部分へと向かってゆく。
「……なんか、凄い人たち、でしたね」
「慣れるしかない」
「あはは……」
眠たげな表情がいつも以上に憮然として見える美花に黄泉路は苦笑を浮かべる。
恐らくはあの濃い支部長面子とそれなりに長い付き合いなのだろうと察して余りある美花の端的過ぎる助言は黄泉路の今後を想像せざるを得ないものだ。
「黄泉にい」
「わ。っとと」
通路へと出た途端、飛び込んでくる影に黄泉路がたたらを踏む。
幸いにもぶつかった衝撃は軽く、踏みとどまった黄泉路が視線を下げれば、抱き着いた姿勢の姫更と、少し離れた位置で廻が小さく手を振っていた。
「ふたりとも、お疲れ様」
「私も、ちゃんと戦える、でしょ?」
「うん。すごかったよ。あの作戦は廻君が?」
年齢から考えれば感情の起伏に乏しいと言える表情に微かな笑みを浮かべる姫更の頭を撫でながら、歩み寄ってくる廻へと黄泉路が声を掛ければ、廻は小さく肩を竦める。
「ええ。言ったでしょう?」
当然とばかりに涼やかな表情で答えた廻を、黄泉路の脇を通り抜けた影がひとつ。
『うぉおおおおお!!! めぐっちぃいいいい、あたしゃ心配したよぉおおお』
「あーもう。せっかく格好つけたのに台無しですよ標姉さん」
『うひゃあああっ!? 今、今姉さんっつったー!? 美ショタにお姉ちゃんって呼ばれぐへへへへへ』
「そういうセクハラまがいの思考、相手に聞かせると犯罪だって知ってます?」
正面から抱きしめた標がだらしない顔で廻に怪しい手つきを伸ばすが、当の廻は呆れた様な声音でその手にされるがまま。
一応とばかりに上げた抗議の声音には心なしか疲労感が滲むが、先ほどの涼やかな表情があるからには模擬戦の疲れとはまた別の物であろうと察せてしまう。
『あーあー聞こえなーいいいいいっ!?』
「廻も困ってるから。離れる」
『苦しい、苦しいってミケちゃんやめてマジでそれはナシで――』
ぐいっと。標の首を腕に引っ掛ける形で引き離し、美花はそのままずんずんと通路を歩き出す。徐々にフェードアウトしていく標の音声に芸が細かいななどという益体もない感想を抱いた黄泉路の手を姫更が引く。
「行かないの?」
「そうだね。でも……」
黄泉路はちらりと廻達が出てきた扉――トレーニングルームへと視線を向ける。
最後に気絶したらしい勇未子は放っておいて良いのかと黄泉路が逡巡していれば、もう片方の手を廻が引く。
「放っておけば目が覚めます。お宮さんが回収するでしょうし、本部の事は本部に任せてしまいましょう」
ね? と、廻が視線を向ければ、話に上がった葛城が丁度観戦席として使っていた控室から出てくるところであり、廻の発言を聞いて居たらしくやれやれと首を振った。
「……ええ、まぁ、今回のことは勇未子の独断専行だし、他支部と軋轢が出来かねないという意味では監督不行届きと言われても仕方がないからね。後始末位はわたしがするとも」
「それじゃあ、お願いしますね」
軽く頭を下げ、その間にもぐいぐいと引っ張ろうとする姫更と廻に引きずられる形で遠のいて行く黄泉路に、葛城は小さく笑みを浮かべる。
「……元気ですねぇ」
子供らしく戦果をはしゃぐ両者とその保護者として並んで歩く3人の後ろ姿が消えるまで、葛城は眩しいものを眺める様に目を細めて見送った後、手のかかる部下を回収すべく踵を返すのであった。