7-16 兎と子猫と破城槌3
姿勢を低くして迫る勇未子に対し、廻はあくまでも冷静に両手で反動を抑え込む様に構えた拳銃を向ける。
――パン、パン、パンッ。
火薬の弾ける音が連続して響き、銃口から吐き出されたゴム弾が勇未子の額、首、心臓の縦に並んだ人体の急所とも言えるラインをなぞる様に飛来する。だが、
「甘ぇよ」
銃口から着弾点を予測したように、既に腕を構えていた勇未子の手のひらがゴム弾に触れる。
その瞬間、今度は握り込むまでもなく弾丸は弾けて塵へと変わり、猛然と踏み込んだ勇未子が腕を振り上げる。
勇未子の口の端が吊り上がる。瞳は既に廻を逃がすまいと固定され、その表情は捕ったと主張していた。
廻の頭を鷲掴みにしようとする勇未子に当然その意志はないだろうが、もし触れられてしまえば実戦であれば触れたものを即座に破壊する勇未子の手はそれだけで必殺の一撃として認められるだろう。
無論、それは廻にもわかっている事で――
「姫さん!」
廻が声を張る。先ほどのやり取りから姫更への援護要請と読んだ勇未子は腕を振り下ろしながらも周囲に姫更が転移してくる事を警戒して身を捩る。
しかし、当の姫更は遥か後方、試合会場とするべく移動範囲を定めた枠のぎりぎりに立ったままであった。
視界に姫更が入った瞬間、勇未子はハッと、自身が廻にハメられたことを即座に理解して首だけを廻の方へと――
「やはり間に合いませんね」
「て、めッ!」
振り返れば、廻へと向けた腕と自らの身体の間に滑り込む様に独特の凹凸が刻まれた楕円形の影――ピンの抜かれた手榴弾が存在していた。
まずい。そう脳内でかき鳴らされる警鐘に従うまま、勇未子は右腕を引き戻しながらも空いていた左腕を手榴弾へと伸ばす。
パァァン!
至近距離で爆ぜた手榴弾からは大量のBB弾がまき散らされる。それはサバイバルゲームで使われる玩具の一種であり、当然ながら非致死性装備と言える。
まき散らされたBB弾は実戦で置き換えるならば金属片といって差し支えなく、すなわち至近距離での炸裂はそのまま致命傷といって差し支えない。
「――か、はは、あっぶねぇあぶねぇ。なるほど、弱っちい分は小細工って事か」
「ええ。勿論。勝つための工夫と言ってほしいですが」
それでも、嬉々月勇未子に致命傷判定は出ない。
それもそのはず、勇未子が咄嗟に身体と手榴弾の間へ挟み込んだ左手によって、勇未子へと齎されるBB弾の大半が砕かれてしまっていた。
元より離脱の目的で投げた廻はやはり、3mほどの距離を空けて銃を構えて静かに息を吐く。
「(ここまでは予定通り。次は――)」
「小細工ってのはなぁ――強いヤツには踏みつぶされるから小細工っていうんだ!!」
相も変わらず――というよりは、勇未子にとってはそれが最適解であり、それ以外の選択を取る必要がないともいうが――直線で距離を詰めてくる勇未子が吼えれば、廻はあえて急所を外す様に連続して引き金を引き――
カチ、カチ。
発砲音が途切れ、から回る様な音が廻の手元から響く。
弾切れ、そう主張する拳銃の音が虚しく響く中、観戦席が静かにざわつくのも気にも留めず、勇未子は最後の一歩とばかりに大きく踏み込む。
詰まる距離。廻が役目を終えた拳銃を勇未子の顔面目掛け投擲するも、片手間のように軽々と塵へと変えられ、
「終わりだ!」
「――」
あと少し踏み込めば手が届くといった所で、廻の声が室内を走る。
「姉さん! 右手8番、左手3番!」
「ッ!?」
――パパンッ、パンパンッ!!
先ほどよりも短い間隔で吐き出されたゴム弾、それも弾の種類を分ける事で弾速を微妙にずらして調整された連射に、勇未子はたまらず横へと飛ぶことで銃弾を回避する。
それは勇未子が初めて攻撃に対して自発的に回避行動をとったという事に他ならず、勇未子の攻撃性能、そしてその能力からくる物理攻撃への絶対的な優位性を知る支部長らは息を呑んだ。
「どこから」
「ふふふ。誰も持ち込みだけが全て、とは言ってませんからね。その為の姫姉さんでもありますし」
「チッ。最初から織り込み済みってことかよ。洒落臭ぇ真似しやがって」
「誉め言葉として貰っておきますね」
両手に種類が異なる小型拳銃を構えた廻を勇未子が苛立たし気に睨めば、二挺拳銃を両手で弄びながら廻は薄く笑う。
『あの少年、すごいな』
『あの歳であそこまで習熟できるものか……?』
『夜鷹でどんな訓練が』
『いやあの子はまだ能力を明かしてない。その関係かも』
観戦席が騒めきに包まれ、廻と言う少年の異質さがじわりと会場を侵食するように広がる。
当然、黄泉路としても話を振られても答える事が出来ず、答えを求める物は自然と視線を試合へと、廻へと寄せる。
「いきますよ」
廻の両手に握られた二挺拳銃が小気味いい音を散らす。
吐き出された弾は先ほど両手で構えた時よりも幾分精度が悪く、勇未子が素早く判断を下して排除した数はそれほど多くはない。
如何に堂に入った仕草とはいえ、廻はあくまで小学生。両手で効率よく反動を抑え込むならばいざ知らず、反動の小さい小型であっても拳銃を片腕で扱うには筋力不足なのは明白であった。
とにかく勇未子を近づけさせない。そんな意図が透けて見える廻の乱射に対処しながらも距離を詰めようと腰を落とし、踏み出す準備をしていた勇未子の耳に、再び廻の声が届く。
「――姉さん!」
「ッ!?」
警戒を疎かにしていたつもりはない。だが、確かに視界には入っていなかったこともあり、勇未子が咄嗟に横を向く。
勇未子の注意が姫更へと傾いたその瞬間、
「――くろす、ふぁいあ!」
可愛らしい声と同時に、姫更の正面に三脚で固定された機関銃が連続する爆音を吐き出した。