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7-15 兎と子猫と破城槌2

 未だ脳内に残響するような威勢の良い開始合図と共に両者が動く――と思いきや、廻と姫更、勇未子までもが静止したままにらみ合いの様相を呈した事に、観戦席では静かなどよめきが起こる。


「皆さん、何でそんなに驚いてるんでしょう?」

「ああ。黄泉路は知らないか。勇未子がああやって警戒する、ってのが、珍しい」

「……あー」

「たぶん、黄泉路が思ってるので間違いない。けど、それを押し通すだけの力が、勇未子にはある」

「……」


 あの猪突猛進バカが突っ込まなかったことに対してのどよめきだと認識した黄泉路の意識を正す様に付け加えられた美花の一言に、黄泉路はスッと表情を引き締める。

 その視線の先、強化ガラスを跨いだ先から響くのは、標によって中継された両者の会話。


「挑むってわりに、突っ込んでこねぇのかよ」

「そちらこそ、突撃してこないから皆さん驚いてますよ?」

「ハッ。あたしはアンタを敵と認めた。なら、それらしい名乗りってのは必要ってもんだろ?」

「……まぁ、いいですよ、どうぞ?」


 腰を落としたまま、勇未子はにぃっと口の端を吊り上げ、両手を打ち合わせる様に拳を鳴らす。


三肢鴉(トライクロウ)本部戦闘統括! 【破城槌】嬉々月勇未子だ!」

「――三肢鴉、夜鷹所属。 【秒針弄り(ラピットラビット)】朝軒廻です。異名やコードネームは特にありませんので、能力(スキル)の名前だけでも覚えて帰ってくださいね」

「三肢鴉、夜鷹の、姫更。【そこに居ない子猫(シュレーディンガー)】」

「ハッ、わかってんじゃねぇか! んじゃあいくぜぇ!」


 互いに名乗った直後、力強く床を踏みしめた勇未子が姿勢を低く、両腕を曲げて肘を腰へと寄せた抜き手を思わせる構えを見せる。

 鋭く絞られた腕の先――手だけが、何かを鷲掴む事を目的とするように開かれている異様な構えで前傾姿勢のまま廻と姫更へと突っ込んでくる。


「姫姉さん!」

「ん!」


 無論、廻達にその勇未子をただ正面から受けるつもりはない。

 短い応答で左右に散開した両名の間を一瞬勇未子の視線が彷徨い、しかし、すぐに標的を廻に絞った勇未子が片足の踏ん張りのみで矢のように突撃の先を変えて廻へと迫る。


「逃げるだけか!?」

「いいえ、もちろん、戦いますよ!」

「っ」


 ――パァン!


 乾いた音。何かが耳のすぐ傍を通り抜ける風を感じた勇未子は素早く跳躍して距離を取りながら、構えていた腕を自身の急所を庇う様に移す。


「銃か」

「ええ、もちろん中身は実弾じゃないのでご安心を。まさか僕が貴女と近接格闘をするとでも?」


 警戒するように構えた腕の隙間から相対した視線の先では、いつの間に装備していたのか、その身の丈には明らかに釣り合っていないであろう自動拳銃を弄ぶように手の中で回す廻の姿があった。

 手慣れた様子――その姿がそもそも銃に釣り合わない少年の為、なおさら違和感を強める要素でしかないが――で銃を構えた廻が笑い、


「……タネはバレてるってわけか。姐さん――いや、姐さんはそういうのフェアだししねぇか。なら」

「はい、僕の能力ですよ。そこは隠し立てしません。いいえ、知られたところで、もう意味がない」

「チッ。だからっていってあたしに勝てる、なんて思ってねぇよなぁ!」

「それは、結果を見てのお楽しみと言うこと――でっ!」


 会話は終わり、そう告げる様に、再度乾いた音がコンクリートの壁に残響を描く。

 勇未子は今度こそ、真正面から畏れることなく見据えたそれを――手で掴んだ(・・・・・)


「ゴム弾か。ま、妥当って所か――あたしにステゴロ挑むって事は、こうなるって事だしなぁ?」


 勇未子が握り込んだ手を開く。

 そこにはゴム弾など存在せず、ただ、何かがあったという微細な塵だけが空調に浚われてさらりと宙に溶け落ちていた。

 これこそが嬉々月勇未子が三肢鴉最高火力(・・・・・・・)と呼ばれる所以。


「さすが。【破壊強化(エンハンス・ブレイク)】【粉骨砕神(ミョルニル)】の嬉々月さんといった所ですか」


 こくり、と、喉が鳴る。

 それは誰のものだったか。しかし、知っていた者もそうでない者も、廻の指摘する勇未子の能力、その名の示す危険性に唾を呑むのは無理からぬことだ。

 ――破壊性を強化する。たったそれだけの一点突破の能力。だがそれは、逆に言えば“あらゆるものを強度を度外視して(・・・・・・・・)破壊する”事が出来るという事を意味する。

 その意味が分からない者はこの場にはいない。伊達に支部長や、その随伴を務めるに足る人材ではないのだから。


「知ってんだろ? あたしにそういうの(・・・・・)は効かねぇってさ」

「さぁ、どうでしょう?」


 威嚇を孕んだ獰猛な笑みを向けられてなお、廻は涼しい顔で首を傾げる。

 瞬間、勇未子の足元の影が歪み――


「ペアだって分かってんだ、気付いてねぇと思ったか姫更ァ!」


 背後に転移した姫更が勇未子へ触れようとするより先、振り返った勇未子の手が姫更を掴もうと蛇のように撓る。

 同時に響くのは再度の銃声。

 立て続けに発された背後からの音に、勇未子は横へと跳躍して身を翻し、その隙に転移によって距離を取る姫更を一瞥して改めてやり辛いと認識させられていた。


「なるほど、そういうハラってわけか」

「ええ、僕と姫姉さんへの慢心は抜けましたか?」

「上等!! ふたりまとめて畳んでやんよ!!!」

「負けませんよ!」

「がん、ばる!」


 廻の手元で音が炸裂すると同時、弾かれたように飛び出した勇未子と廻の距離が再び詰まった。

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