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7-12 コード:破城槌2

 言い返すことを忘れ、半ば呆然としたままの黄泉路の様子を反撃の意思なしと取った女性は鼻を鳴らす。


「はん。ここまで言われて一言もねぇとかほんとにタマ無しだな。テメェなんざ夜鷹に相応しくねぇ。とっととあたしと代われってんだ」

「――なっ」


 黄泉路にとって夜鷹とは、一度は死んだ自分を受け入れてくれたかけがえのない場所だ。

 そこに相応しくないとまで言われてしまえば、如何に温厚な黄泉路と言えど表情に熱が宿る。


「いきなりやって来て言いたい事言って、お前こそ一体何なんだよ」

「あぁん? あたしは嬉々月(ききづき)勇未子(ゆみこ)ってモンだ。これで満足か?」


 思わず口調が乱れる黄泉路に対し、勇美子と名乗った女性は威嚇するように胸を反らし答えるが、それは黄泉路が求めた回答の半分に過ぎない。

 久方ぶりに明確な敵(・・・・)以外へと抱いた不快感を隠しもせず、黄泉路は挑む様に目付きを険しくしながら言葉を重ねる。


「名前なんてどうでもいいよ。初対面の人間にそうまで言われる謂れなんてないんだけど?」

「アンタになくてもあたしにはあるんだよ」


 鼻を鳴らして勇未子が即答すれば、黄泉路としては呆れるほかない。

 だからその理由を言えと、黄泉路が再び息を含みかけた所で、勇未子の背後に影が落ちる。


「勇未子。何やってるの?」


 抑揚の薄い少女然とした声音にハッとなった勇未子が身をずらして振り返ったことで、黄泉路の視界にも姫更の姿が映った。

 どことなく不機嫌そうにも聞こえる姫更の声に、黄泉路は珍しいなと思う反面、つい先ほどまでの自分も他人のことは言えないという自覚が芽生えて加熱され続けていた思考が少しばかり穏やかさを取り戻す。


「うぉお!? ……っと、姫更か。んだよビビらすなっての」

「何、してるの?」


 勇未子を見上げる姫更が普段以上に抑揚に乏しい声で勇未子に再度追及を掛ければ、感情を読みづらい瞳に見つめられた勇未子はうっと言葉を詰まらせる。


「な、何ってそりゃあ、アレだよ。アレ」

「何してるの、って。聞いてる」

「あ、はは、ははははは」


 有無を言わさず淡々と同じ問いを繰り返す姫更から逃れる様に勇未子が一歩下がれば、姫更は自然な動作で黄泉路の手を取った。

 黄泉路にしてみれば勇未子と姫更が知り合いらしいという一連のやり取りからなる奇妙な力関係には興味を惹かれるものの、何よりも勇未子というソリの合わない人種とふたりきりと言う状況を脱せた事への安堵感が内心を占めていた。


「黄泉にい。勇未子、何してたの」

「……」


 問いが黄泉路にまで向けられ、一瞬視線を勇未子へと移す。

 バツの悪そうな、それでいて余計なことを口走るなと主張するような目付きにどう答えたものかと逡巡する。

 勇未子を庇う理由もない。だが、正直に話したことを勇未子に“告げ口”と取られるのも癪だと感じて、黄泉路は姫更へと視線を戻してゆるりと首を振った。


「何でもないよ。所で姫ちゃん、この人と知り合い?」

「うん。勇未子。本部の――たぶん、三肢鴉の(・・・・)最高火力(・・・・)?」

「へぇ……」


 こんな人が。とは、口には出さないものの、この時点で既に黄泉路の中で勇未子への好感度は敵以外ではおおよそ滅多にない最低値を記録しており、そんな人物が自身に何の用だろうと警戒心を強める。


「ふんっ。何たってあたしは最強だからな!」

「どうでもいいけど用件を言ってよ。面倒くさい」


 思わず本音を吐き出しながらも改めて用件を問う黄泉路に、勇未子は一瞬気分を害した風に自慢げな表情を顰め、しかしすぐに本題に入るべく口を開く。


「そうだそうだ、そうだった。――おい、【黄泉渡(リヴァイヴ)】。あたしと勝負しな!」

「……勝負?」


 用件を言え、と言ったのは黄泉路だ。だが、その内容の意図が掴めなかった事は黄泉路の所為だけではあるまい。

 圧倒的に言葉が足らない。誰か翻訳してくれないかなと、もはや苛立ちを通り越して面倒臭さが勝ってしまっている黄泉路は、それでも一応は自分から用件を聞いたのだからという律義さをもって聞く姿勢を向ける。


「おう。あたしと能力込みで(・・・・・)ガチバトルだ。あたしが勝ったらアンタは夜鷹を出ろ」

「はぁ?」


 唐突な要求――それも自分が勝つことを前提としているような一方的過ぎる物だ――には、とりあえず最後まで話を聞いてやろうと思っていた黄泉路も思わず頓狂な声を上げてしまう。


「んで、アンタが抜けた穴にあたしが夜鷹所属になる」

「……で? 僕が勝ったら?」


 続く主張でそれが空耳などではなかったことを否応なく理解してしまった黄泉路は、それでも建設的な話題をと問い返す。

 だが、黄泉路のそんな心配りも蹴り飛ばす様に、勇未子は怪訝な顔を浮かべる。


「あ?」

「あ? じゃないよ。僕が勝った場合、嬉々月さんは僕に何を提供するんです?」


 まさか考えてない訳じゃないだろうな、と。口にしながらも心配になってしまった黄泉路の勘。皮肉にも日頃から非常に高い確率で的中するそれは、今回もまた、嫌な方面でその真価を発揮してしまう。


「んなもんねーよ」

「話にならない……」


 今度こそ、呆れて物も言えないと僅かに目を遠くにやる黄泉路であったが、目の前の現実は急かす様に声を上げる。


「んで、受けるのか? 受けねぇのか?」

「受けるわけないでしょう。バカなんですか?」

「結局逃げんのかこの腑抜け! やっぱ見た目モヤシみてぇなヤツは中身もスカスカかこの野郎!! あとバカっつった方がバカなんだぞバーカ!」

「お前もう全国の小学生に謝れ! 頭幼稚園児なのに大人みたいな外見しててすみませんってさぁ! 今日日そんな返しするやつは初めて見たよ!!!」

「んだとクソモヤシ!」

「僕だってお前の脳みそと同じで鍛えられれば苦労してないからな!?」


 あまりの衝撃から思わず黄泉路が口に出してしまった言葉尻を端にした暴言の応酬。

 普段の黄泉路――というより、夜鷹に所属してから初めて見せる――歳相応の一面に、隣に立っていた姫更は目を見開いて固まってしまう。

 それもそのはず、日頃黄泉路は立場、年齢といった面から見た目上の人間(・・・・・)に囲まれる環境にあり、そうでない人間とも良好な関係を築くことを心掛けていた。

 そうした黄泉路の取り組みは夜鷹は言うに及ばず、他方面の支部でも好意的に受け止められていた事もあり、周囲が抱く黄泉路という存在は精神的に成熟した温和な少年という印象として定着している。

 だが、あくまで黄泉路の中身は16歳という普通の少年としての歳月に、監禁されていた4年を飛ばして裏の世界で2年。その程度しか生きていない、未だ大人と言い張るには個人差の出る青年でしかない。

 苛立つこともあれば、当然ながら声を荒げる事もある。それなりに普通の男子なのだ。


「だぁぁぁ! うっぜぇぇぇぇ!! 男なら拳で語れよ面倒臭ぇ!」


 面倒はこちらの台詞だ、と。黄泉路が言い返そうとした所で、かちゃりと女子部屋(・・・・)の扉が開く。


「煩い」


 眠たげな瞳を擦っていながらでもわかるほど、呆れと苛立ちが篭った美花の声音が廊下に響いていた勇未子の声をばっさりと切る。


「あ、姐さん……」


 白熱していた思考に冷水を浴びせられれば、後に残ったのは気まずい沈黙が広がる廊下だけであった。

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