7-10 夏休み10
目覚めた廻を伴って黄泉路達がパラソルの影を出れば、昼過ぎのまさに最も厳しくなっているであろう日差しに廻は寝ぼけ眼を擦る。
「眠いならまだ暫く寝ていていいよ?」
「……午後からは遊ぶって決めているので」
「ん。約束」
廻を気遣って声をかけた黄泉路であったが、どうやら事前に姫更と遊ぶ約束をしていたらしい。
立ち上る香ばしい煙の香りが強くなると、3人が近づいてきたのを見て用意していたのだろう。美花が人数分の紙皿が置かれた組み立て式のテーブルを指で示す。
促されるままに席に着いた3人と入れ替わる様に席を立った標がいそいそと焼き場とテーブルを行き来すれば、瞬く間に3人の前にじっくりと焼かれた肉と野菜が盛られ、その熱を象徴するように僅かに湯気が揺れた。
「あはは……いただきます」
「いただき、ます」
「頂きます」
ふたりを席に着かせたら自身は調理の手伝いに回ろうと思っていた黄泉路を制するような手際の良さに、黄泉路の顔に思わずといった具合に苦笑が浮かぶ。
既に視線が焼肉に集中してしまっている姫更と、相変わらずぼんやりと寝ぼけ交じりらしい廻を一瞥した黄泉路とふたりの声が唱和する。
『姫ちゃん後任せて良いー?』
「ん」
『やたー! ミケちゃーん、座って食べるの集中しよ?』
「わかった」
黙々と食べ続けながらも、姫更はテーブルの上に置かれた焼く前の肉や野菜をぽんぽんと焼き網の上へと転送し、入れ替わる様に各々の皿に焼けた肉や野菜を転送しはじめる。
そのあまりにも無駄に洗練された無駄のない能力の無駄遣いに、さすがの黄泉路も笑みが引き攣るものの、誰一人として能力の無駄遣いについて言及しない現状に小さく息を吐く。
異議を申し立てたとしても、その恩恵にあずかってしまっている以上は説得力に欠けると、まさに目の前で焼き上がった肉が自身の皿に転送された事で理解してしまったからだ。
「黄泉にい、ちゃんと、食べてる?」
「うん。おいしいよ」
思考から端が鈍っていた所を見られていたらしく、鍋奉行ならぬ焼肉奉行の姫更に問われた黄泉路が思考に区切りをつけて割り箸を動かし始めれば、姫更も満足したように再び食事に集中し始める。
大食漢というわけでもない黄泉路の食事量はさほど多くない。そんな黄泉路から見ても用意された食材の消費速度は尋常で無く速いと分かるほど、同席者たちの食欲は旺盛であった。
とりわけ顕著なのは廻と美花だ。寝起きだというのにガツガツと、歳相応に肉類ばかり好んで手を付ける廻は成長期と言う事もあり、元々大食漢で身体を動かす機会が多い美花と並ぶ量を平然と平らげていた。
次いで標も、平均的な女子よりもやや大食いであり、そのカロリーが何処へ消えているのかは疑問が尽きない。
そうなると残るのは歳相応だろう食事量の姫更と、少食に分類される黄泉路である。
『ごちそーさまでしたー』
「ごちそうさまでした」
先に食べ始めていた標と黄泉路がほぼ同時に手を合わせれば、標はじっと黄泉路を見つめ、
『相変わらず、よみちんめっちゃ少食だよねー……食べても食べなくても太らないってずるくない?』
「筋肉が付かない、ともいうけどね」
『いーんですよぉ。よみちんはそのままでー』
すべっすべの肌がガチムチになるのは耐えられないー。などと、気を許せばベタベタと黄泉路の素肌を撫でまわそうとする標に対し、黄泉路は出会った時の事を思い出しつつやんわりと手を払う。
『よみちんのガードがかたいよー』
大袈裟に嘆いて見せる標をさっくりと無視し、黄泉路はこの後をどう過ごそうかと海へ視線を投げる。
「(姫ちゃんは廻君と遊ぶって言ってたし……)」
さすがにそこに混ざるつもりはない。
となれば必然的に黄泉路が取れる選択肢は――
「黄泉路」
『よみちんー?』
ほぼ同時に食事を終えて声をかけてくる両名へと視線を向ければ、猫を思わせる眠たげな金の瞳と情緒豊かな黒い瞳が黄泉路へと向けられていた。
「ううん。午後はどうしようかなって思って。ふたりは?」
「私は、まだ泳ぐ」
『うーん。私はもう満足したかなー。ちょっとゆっくりしたいかもー?』
「午前中は結構泳ぎ回ってたよね」
「黄泉路は?」
「僕は……」
『あー。私パラソル下で昼寝してるんでー。ミケちゃんと一緒に泳いできて良いですよぅー』
迷う様に言葉を濁す黄泉路の背を叩いた標がそのままひらひらと手を振ってパラソルの影へと引っ込んでしまえば、残された黄泉路達は顔を見合わせてしまう。
「標、露骨すぎる」
「まぁまぁ。気遣いはありがたく受け取っておきましょう。美花さん、行きましょうか」
「腹ごなしに丁度いい」
ぐっと腕を天へと伸ばして身体を伸ばす美花に、黄泉路は頷きながらもそっと視線を逸らす。
「どうした?」
「何でもないです……」
「?」
理解しているのか無意識なのか。判断を付け難い美花の仕草に不覚にもドキッとした黄泉路は取り繕う様に浜辺へと歩きだせば、数歩遅れて砂を踏む軽快な足音が響く。
初々しくも映るそんな両者を、一足先に砂遊びに興じていた廻が決して年上に向けるものではない生暖かい目で見守っていた事に気づいたのは、対面で砂の山に穴を開けていた姫更のみであった。