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7-5 夏休み5

 水平線の彼方まで見通せるほどに晴れ渡った夏空の下、寄せては返す波の音が絶え間なく奏でられ、灼けた砂浜は素足で踏み入った愚かな獲物を待つように煌びやかに日光を反射していた。


「……」


 ビーチサイドにつきもののカラフルなパラソルの下、迎坂黄泉路は夜の様な瞳を遠くにやる様な気の抜けた表情を浮かべて立ち尽くしていた。

 その表情は物語る。どうしてこうなった、と。


「黄泉路、泳ごう」

『ちょーっとまったー! その前に日焼け止め! ほらほらよみちん、合法的に女の子に触るチャンスですよ!? ほらぬるっと!』

「僕はしばらくここにいますのでお気遣いなく」

「黄泉にい、いかないの?」


 同じパラソルの中でやいのやいのと騒ぎ立てる同行者の存在が黄泉路の思考を更に投げやりにさせる一因であるともつゆ知らず、夏の浜辺は局所的な賑わいを見せていた。




 ◆◇◆


 遡ること数時間前。

 支部長会合に代理での出席を了承してから数日が経ち、余裕を見て数日ほど早く現地へ飛ぶこととなった黄泉路の下に集まった随伴員と共に、姫更の能力によって本部へと転移した直後。

 元々、太平洋側の何処かにあるという無人島だとしか聞かされていなかった。

 政府の目を掻い潜る為にと個人所有の島ひとつを丸々改造して作られたという触れ込みは聞いたことがあったものの、転移した直後は夜鷹支部と変わりないコンクリート壁が目立つ地下空間に出たこともあって、無人島にやってきたという認識が薄かった黄泉路へと、標が発したテンション高めの宣言が元凶だった。


『とうちゃーく! ……で、良いんだよね? 姫ちゃん』

「うん」

『じゃあじゃあ、早速、海! 行きましょう!!』


 ここ数年で標ともそれなりに交友を深めていた為、発言を聞いた瞬間に何を言ってるんだコイツという思考を隠しもしない黄泉路であったものの、


「偶には泳ぐのも良い」

「私、泳ぐの……はじめて」

「今日から暫くは晴れるはずですから、バカンス日和ですね」


 窘めてくれるであろうと予想していた美花の意外にもノリノリな発言と、それに乗っかる様に期待を前面に押し出すような姫更と廻の言葉にあっけにとられてしまう。


『あれ? よみちん聞いてなかった? 大仕事の前にバカンス楽しんできなさいって皆見さんに送り出されたんだけどー』

「ええー……?」


 聞いて居ない。完全な初耳だと黄泉路が怪訝な顔を標へと向けるが、


「ああ。皆見さんは言ってませんよ。僕が言いました」


 さも当然の様に廻がネタばらしをすれば、今度は標が驚愕と言った顔を浮かべる。


『ええええええっ!? バカンスじゃないんですかぁ!? ひどい! めぐっちに騙された!?』

「騙してないですよ。皆見さんの立場上公言できなかったから代わりに僕が伝えただけです。じゃなきゃ正式な支部員でもない僕らが随伴で参加できるわけもないじゃないですか」

「言われてみれば」


 理路整然と語る姿はとても小学生とは思えないが、それを突っ込むものはこの場にはいない。

 美花はしきりに納得したという様に頷いているし、そもそも会合の打診を黄泉路にしている段階で同席を求めていた廻と姫更はその時点で結託していたと見ていいだろう。

 どうやら完全に廻の手のひらの上だったらしいと理解した黄泉路は静かに諦めの息を吐く。


「……とりあえず、到着の報告を先にしてくるから、皆は……」

『はいはーい! 到着報告なら、今! しました! 部屋の用意もできてるそーなので、後は着替えて海に出るだけです! 隊長!』

「……わかったよ。とりあえず外に出ようか」


 仕方なしと、標に引きずられるように歩きだした黄泉路達が進む通路は空調が行き届いており、コンクリートの視覚的な冷たさも相まって夏という気配は感じられない。だが、それもエレベーターを昇るまでのこと。

 地上の階層へと到着したことを告げる音と共に左右へとスライドして扉が開かれれば、目の前に広がるのは広々としたホテルを思わせる清潔感のあるエントランス。

 3階までを吹き抜けに作られた高い天井に取り付けられたシャンデリアに反射するのは、広く取られた天窓から差し込む焼け付くような夏の日差しだ。

 加えて締め切っていてもどことなく感じられる潮の香りを含んだ空気が、黄泉路に海に来たんだなぁという実感を与えるのだった。


「ああ、夜鷹支部一行ですね。ご苦労様です」


 地下とは打って変わった煌びやかな環境に目を白黒させていた黄泉路に掛けられた落ち着いた男性の声に一同が振り返る。

 視線の先では、丁度奥へと続く通路から出て来た所であるらしい略式化されたスーツに身を包んだ男性の姿があった。


葛城(かつらぎ)本部長」

「お久しぶりですね。美花くん」


 歳は30代半ばといった具合、良く焼けた小麦色の健康的な肌と、同じく陽で焼けたらしい明るい髪を短く横へと流した男性――葛城へと美花が声をかければ、葛城はその柔和そうな顔立ちに笑みを浮かべ、ハーフフレームの眼鏡の奥で糸目を緩ませる。


「ええっと、はじめまして。夜鷹支部より来ました。今回の支部長会合の代理出席を任された迎坂黄泉路です」

「――ああ。きみが。はじめまして。わたしはこの本部を任されている葛城修吾(しゅうご)という。まぁ、皆には“お(みや)さん”って呼ばれることの方が多いけれどね」

「お宮さん、ですか」


 美花が気を利かせて他のメンバー、特に黄泉路にわかる様に相手の名を役職も兼ねて呼んでくれた事に内心感謝しつつ、黄泉路が自己紹介をすれば、葛城はなるほどと表情に納得を浮かべてぽんと手を打つ。

 気の抜けるような所作にこの人が本部の、ひいては三肢鴉全体の支部を統括する本部長なのかと密かに考えていると、痺れを切らしたらしい標がぴょこぴょこと飛び跳ねて黄泉路の腕を引いた。


『宮さんー! 挨拶はさっきしたでしょー! 海、海行きたいんですけどー!』

「ははは。オペレーターくんはいつも元気だね。そっちの通路の奥に更衣室があるから、着替えてから行くと良い。……昼食は海で食べるかい?」

『もっちろん!』

「じゃあ、昼時になったら姫更くんに取りに来てもらう方が良いかな。頼めるかい?」

「任せて」


 とんとん拍子に遊ぶ方向へとシフトしつつある会話に黄泉路はどう反応しようかと困惑してしまえば、いつの間にか隣に並んでいた廻が標に掴まれているほうとは反対の腕を引く。


「姫さんから水着とビーチセット、預かっておきましょう。女性の着替えは長いですし」

「……」


 ちゃっかりと具体的な行動を――それも真面目路線を諦める様にだ――促す廻に、黄泉路は本部に来て何度目かの諦観を抱き、海支度を始めたのであった。

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