7-4 夏休み4
僅かな間をおいて再起動した黄泉路は口に含んだままの麦茶を飲み下してから確認するように口を開く。
「支部長会合、ですよね?」
「ええ。支部長会合ですよ」
にこりと微笑んで応える果の言葉に聞き間違いがない事を理解した黄泉路はどうして自分がという疑問を浮かべる。
おそらくはそれも説明してくれるのだろうという視線を向ければ、果はその視線を受け止めて改めて事情を口にする。
「不定期に三肢鴉の支部長が本部に集まって会合を行うというのは、ご存知ですよね」
「ええ、僕はなんだかんだと縁がなかったですけど、支部長の他に支部員の同伴が許されてるんでしたよね。それですか?」
「それでは“代わり”とは言いませんよ。私の名代として、お願いしたいんです」
支部長の名代という言葉に黄泉路はぴくりと肩を揺らす。
たしかに、ここ最近ではしっかりと依頼をこなせ、実績と言えるものもできつつある自信は付いてきている。
だがそれはそれとして、キャリアでいうならば自身よりもより優秀な人材が2名ほど心当たりがある黄泉路としては、自分が支部長代理という肩書を背負うことには疑問が浮かばざるを得ない。
「カガリさんや美花さんの方が適任、と言いたげな顔ですね?」
「ええ、はい。何故僕なんですか?」
「あのふたりにももちろん随伴は打診しますが、この時期の招集となると私も旅館で手が離せませんし……現状、日程が確かに空いているのは黄泉路くんだけなの」
「……なるほど」
麦茶をすする廻と、どこからか取り寄せたらしい駄菓子を頬張り始めた姫更にちらりと視線を向ける。
珍しく同席を求めたふたりの組み合わせから、この会合の打診と承諾が既定路線なのだろうという予測を立てた黄泉路が静かに首肯すれば、どことなく神妙な態度で居住まいを正すような姿に果は気をほぐす様にゆったりとした口調のまま説明を続ける。
「それに、黄泉路くんの参加はリーダーからの言伝でもあるから、そうであるならいっそ支部長代理として出席してもらった方が間違いがないでしょう?」
「リーダーが、ですか」
“リーダー”――神室城斗聡の指名と言われ、黄泉路は僅かに眉根を寄せる。
というのも、三肢鴉の指導者でもある斗聡から直接手渡された初めての依頼において、まるで予言されたように敵に襲われ、大きな瑕疵を作ってしまった経緯が忘れられず、斗聡からの依頼という物に対して苦手意識が拭い切れずにいるのであった。
「あらあら、そんな顔をしてはリーダーも悲しむわ。……言動が意味深なのは否定できないけれどね」
「あはは……すみません」
無論、黄泉路が斗聡を嫌っている事実はない。姫更の父でもあり、自分という社会で生きていく事が出来なくなった存在を受け入れてくれた人を嫌う理由がない。だが苦手意識とはそれらとはまた別の基準であるというのは、如何に他人に対してそうそう悪感情を抱かない黄泉路であっても変わりはない。
「話を戻しますが、それで、支部長会合って何を話し合うんです?」
「前回以降更新された情報の交換が主ですね。あとは、何か、新たな活動を提起するなどでしょうか」
「新たな活動?」
「ええ。例えば、普段私たちは近隣の支部と協力して担当地域で発生した問題への対処や依頼の遂行を各支部の裁量で行っています。けれど、それがより大きな枠組みで行わなければならない依頼であった場合などは、支部長会合で決を採るんですよ」
2年前の黄泉路くんの救出作戦などもリーダーが発信した招集によって決議が成されたんですよ、と。果が懐かしむように付け加えれば、それがどれだけの重要性と規模であったかを理解できてしまった黄泉路は思考を回転させる。
「なるほど……あれ、じゃあ、今回の会合の招集理由って……」
「ええ。恐らく、黄泉路くんの一件以来の大きな依頼になるでしょうね」
「……」
思わず黙り込んでしまう黄泉路の心情を察してか、姫更に取り寄せた駄菓子――串に連なる様に刺されたカステラだ――を差し出し、
「ん。黄泉にいは、ひとりじゃない」
「はい。僕達もついてますから」
口を揃えた姫更と廻に、黄泉路は一瞬虚を突かれた様な表情を浮かべるも、すぐにその口元を緩めて首肯する。
「ありがとう、ふたりとも」
年少組の二人に励まされたとなれば、先の事ばかり不安視しているわけにも行かないと緩やかに笑う黄泉路に、果が声をかける。
「了承も得られたことですし、会合には私の名代として黄泉路くん、随伴員としてカガリさんか美花さんのどちらかには付いて貰えるように取り計らいます。あとは連絡員としてオペレーターを同行させてください」
「標ちゃんを、ですか」
出席できない果と、日程が不透明なカガリと美花、そして元より支部を離れる事がない誠を除いた夜鷹支部に所属する能力者。その最後の一人である“オペレーター”――藤代標が随伴すると聞いた黄泉路は今度こそ怪訝な顔をを隠しもせずに、反射的に問いを返してしまう。
というのも、【精神感応】を持つ標はその交信距離に際限がない。本人が出不精である事も含め、黄泉路はこの数年間で標が外出している姿など見たことがないというほどの筋金入りの引きこもりである事もあり、外出を是とする姿が想像を絶していたからであった。
「ええ。彼女も偶には陽を当ててあげないといけませんし、丁度いいでしょう?」
「……嫌がりません?」
「大丈夫ですよ」
これまで本筋の会話には決して口を挟まなかった廻が太鼓判を押せば、果の視線が廻へと向けられ、
「予言があるなら大丈夫ですね」
「ええ。知っています。そして僕達も同行しますね」
「えぇ!?」
さらりと、さも当然の様に同行を申し出た廻に、黄泉路は今度こそ手にした串カステラを取り落としてしまうのであった。