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7-3 夏休み3

 山の手入れとトレーニングを兼ねた作業が終わった黄泉路達が旅館に戻ってきたのは、夏の日差しが天高く、中央に近くなった頃になってであった。

 出発前は朝日が昇り始めて少しと言った所であり、実に5時間前後は山中で野外作業をしていた事になる。

 とはいえ山を丸々ひとつ保有する南条家の土地全てを、高々4人――しかもその内ふたりは子供である――の5時間程度の作業で終えることはできない。その為エリアを分けてローテーションでその日手入れを行うといった形で数日に一度行っているのだった。


「お疲れ様でした。予定通り、昼食まで少し時間がありますから、汗を流してきましょうか」

「はーい」


 誠の号令に従って、姫更と廻が疲労からか年相応に間延びした声で返事をするのを、黄泉路は苦笑しながら見送る。

 ひとりで台車等の後片付けをしようとしている誠の手伝いをしようと、黄泉路が手を伸ばしかければ、誠はやんわりとそれを押しとどめる様に声をかける。


「黄泉路君も、汚れを落としてくると良いですよ。それに、今朝がたお嬢様に呼ばれていたのでは?」

「――あ。そういえば。すみません、片づけお願いできますか?」


 昼休憩の時間にでも話があるのだと、早朝の営業準備に追われていた【夜鷹の止まり木】の女将であり、この夜鷹支部の支部長でもある南条(なんじょう)(このみ)に呼び止められていた事を思い出した黄泉路はハッとなって頭を下げる。

 ついうっかり、その直後に戦闘訓練やら山の手入れやらで慌ただしく動いていたものだから忘れていたと、恥じ入りつつも、準備から後片付けから、すべて誠に任せきりにしてしまうことに謝罪すれば、誠は気にするなと柔らかく笑う。


「はい。お嬢様にCブロックの手入れが終わった旨を伝えておいてください。それから採取したタマゴタケが少しあるので、後程従業員向けの賄にでもと」

「わかりました」


 結局は誠にフォローされる形になってしまい、苦笑を浮かべつつも了承を返して黄泉路は旅館へと戻った黄泉路は自室へ、汗を流すというよりは汚れを落とす意味合いの強いシャワーを浴びた後に旅館の制服に袖を通して時刻を見れば、ちょうど昼時の忙しい時間から抜ける頃合いであった。


「(にしても、話って何だろう。依頼って感じの言い方でもなかったし……)」


 今頃は休憩室でぐったりしているだろう果を訪ねるにあたり、あらかじめどんな話題を出されるだろうかと首をかしげながら黄泉路が向かえば、途中で風呂を上がったらしい姫更と廻が駆け寄ってくる。


「黄泉にい。皆見さんのとこ、行くの?」

「うん。ふたりはどうするの?」


 基本、このふたりが役割を負うことはない。そもそもをして明らかに高校生以下であると分かる為、従業員のように扱うわけにもいかない上に、廻は夜鷹支部の所属とはなっているものの、実質的には黄泉路が家を持たないが為に居候している扶養家族のような物だ。

 姫更にしても、一応は夜鷹に所属することになったものの、未だに各所から物資の輸送や人員の転送などで引っ張りだこである為、こうして一日空いている日というのは思いのほか少ない。

 そういった事情もあって黄泉路がふたりに問いかければ、姫更がちらりと廻へと視線を向ける。


「僕たちも同席してもいいですか? 依頼とかの話では、ないでしょうから」

「……まぁ、廻君がそう言うなら」


 予知能力者にそういわれてしまえば、黄泉路としては断る理由もない。

 こと、廻は頭が回る以上に自分の立場をよくわかって行動している節があり、けっして黄泉路に無理な我儘はしないという日頃の信頼もあり、黄泉路はすんなりと両名の同行を認めて歩調を緩める。


「でも、珍しいね。姫ちゃんが皆見さんの所にいるのは割と見かけるけど」


 廻はあまり支部の活動そのものにはかかわらない。否、黄泉路としてもあまり巻き込みたくないという意図から遠ざけているのを察している部分があり、自分から積極的に参加するのは訓練など、今後自分の身になるだろう自己責任の部分が大半を占めていた。

 その事を指摘すれば、廻は困ったように曖昧に笑って濁す。おおよそ小学生がしていい表情ではない物の、黄泉路に似たその仕草には思わず黄泉路は何も言えず、代わりに姫更が暴露するようにぽつりと口を挟む。


「今日は、廻が言い出した。黄泉にいがここを通る。から、ついて、行く」

「……へぇ?」

「……」


 何の意図があってとは聞かない物の、黄泉路が興味を向ければ、廻は今度こそ歳相応な――悪戯がバレてしまった際の様な――ほんのりと赤面した照れ顔を隠す様に視線を他所へと向けた。

 ここで弄る黄泉路ではないが、廻の珍しい表情には思わず頭を撫でてしまう程度には動揺しており、頭を撫でられた廻としては追い打ちをかけられたに等しい。


「――もう、いいでしょう。黄泉兄さ(・・・・)……黄泉路さん(・・・・・)、早くいかないと、休憩時間終わりますよ」

「……そうだね」

「ずるい。私も撫でてほしい」

「はいはい」


 なんだかんだで良好な関係性を築いている三人が果が休憩しているだろう従業員室へと顔を出せば、果がちゃぶ台に4人分の麦茶を注ぎ終える所であった。


「いらっしゃい。外回りも疲れたでしょう。麦茶、冷えていますよ」

「こんにちは」

「いただき、ます」

「相変わらず、準備が良いですね」

「ええ、視えて(・・・)いますからね」


 にっこりとほほ笑んで迎え入れる果に促され、各々が畳敷きの室内へと上がり込めば、廻は遠慮がちに、姫更は早速と言った具合に麦茶へと口を付ける。

 障害物を無視し、遠隔地をも見通す能力【夜目の効く鷹(ホークアイ)】によって来訪は事前に知られていた事は今に始まった事ではなく、黄泉路は腰を下ろして麦茶を口に含む。

 喉の奥に流れてゆく冷たく香ばしい液体の感触。黄泉路が心遣いをありがたく思いつつ、事前に誠に頼まれていた報告を済ますと、果は早速とばかりに口を開いた。


「さて、と。さっそく何ですが、黄泉路くん。私の代わりに支部長会合に出て貰えませんか?」


 告げられた果の唐突すぎる話題に、黄泉路は続けて口に含んでいた麦茶を飲み込むことを一瞬忘れてしまうのだった。

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