幕間4-7 常群幸也と周辺事情6
何はともあれ、まずは人通りの多い場所まで移動しようと歩き出したふたりであったが、
「店どうします? 予約取った店でもいいですけど、もしかしたらこの停電の影響で入れるか微妙ですよね」
「あー、確かに。停電してるとなぁ――って、ああっ!?」
唐突に思い出したように声を上げた猫館に対し、常群は一瞬肩をびくりと跳ねさせて足を止める。
「うわ、どうしたんですかいきなり」
「いや……そういえば携帯が……」
取り出された猫館の携帯は相変わらず沈黙を守ったままで、それを覗き込んだ常群は首をかしげる。
「それ、停電前までは使えてたんですよね?」
「ああ。やっぱりアイツの所為かなぁ」
「襲撃者、ですか」
思わず先刻までの命の危険を思い出して神妙な顔になってしまう常群を他所に、一人きりではない心強さからか、そういった危機感が薄らいだ様子の猫館は唸るように疑問を口にする。
「一体何が目的だったんだろう。最初は俺を殺す――口封じみたいな事を言っていたけど、その割にはあっさりと引いていったし……」
「……んー。聞いてた感じじゃ、目的は果たしたっていうのが気になりますね。猫館さん、今、他に何か持ってます? 特に電子機器で」
発された疑問によってすぐさま思案するような表情へと変わった常群に問われ、猫館は一拍遅れてから自身が警察内部から持ち出した極秘資料の詰まったUSBメモリの存在を思い出してハッとなる。
「――それの破壊が目的だったんじゃないですか? 最初は停電の闇に乗じるのが目的かとも思ったけど、今日ここに猫館さんがくるのがわかってるなら俺との会合が終わった深夜に解散した所を狙う方が確実だし、その方が外部協力者の俺っていう邪魔者も同時に消せるわけだし……もしくは、俺という外部協力者の存在まで知らないまま、猫館さんが持ち出したデータの中にマズいものがあったから念のため消しに来た、ってほうが正確なのか?」
鼻を近づければ、わずかに焦げたような臭いを発しているUSBメモリを検分しつつぶつぶつと推察を進めていく常群の真剣な表情に、猫館はなんと声をかけて良いか迷ってしまう。
「……あー、っと。常群君。良いかい?」
「――すみません。昔から集中すると周りが見えなくなっちゃって」
「いや、十分ためになる考察だったけど、どうなんだろう。それだと今日俺がデータを持ち出すことがバレていたってことになるけど」
「そこですよね。警察内部、それもかなり上層部に顔が利く人間が裏にいるのは間違いないですけど、そんな上の人間が……言っちゃ悪いですけど末端も末端、資料室勤めで実績のない新米刑事の動向を深く観察しているかと言われると疑問です」
「はっきり言うね……」
「すみません。でも、そうなると、このことを知ってる人間ってだいぶ限られると思うんですよね。俺も今さっき知ったくらいですから、外部からってことはほぼないですし、能力者が心を読んだーとかだともうお手上げですけど」
能力者が噛んでいる線は確かに否定できない。何せ襲撃者からして能力者なのだ。ほかに心を読む能力者を手駒に持っていても不思議ではないと猫館は思うが、その説は続く常群の言葉で否定される。
「とはいえ、自分ならそんな能力者を子飼いにはしたくないですね。いつ自分の秘密を全部抜かれて良いように使われるかもわからない部下なんて権力者からしたら信頼しようがないですし」
あくまで推論ですけど、と。
付け加えてはいるが、その言説には一定の信憑性が備わっているように猫館は感じた。
「……となると、この事を知ってるのは」
「永冶世さんだけですよね」
「永冶世さんに限ってそんな――」
「ああ、違います。永冶世さんが裏切り者って話でなく。永冶世さんの動向が見張られていて、そこから芋蔓式に、隠れた手足である猫館さんの行動が露見している可能性って事です。大方、そのUSBだって永冶世さんの指示なんじゃないですか?」
常群に指摘され、猫館はハッとしたように隣を歩く青年の顔を見る。
「……その顔ぶりからするとアタリっすか」
「どうしてそこまでわかるんだい?」
「だって猫館さん、さすがに独断で一応は外部の人間である俺――駆け出しとはいえジャーナリストにそんなヤバい代物を渡せるようなタマじゃないでしょ」
「……」
あっけらかんと答える青年はあくまで、自身との付き合いから生じる行動予測に過ぎないと言うが、それにしたって人を見る目が異常に発達している様に思え、猫館は隣に立つ青年が味方で良かったと改めて思う。
猫館の疲労回復を待つ意味も含め、ゆったりとした歩調で話しながら大通りへと戻ってきたふたりであったが、
「……やっぱり厳しそうですね。どうしましょうか」
まばらな人通りであるにも関わらず、そこかしこに未だ停電による混乱の爪痕が感じられる人の往来を目の当たりにした常群が困ったように問いかける。
既に時間としては日を跨ぐかどうかという具合であり、直前の事件も合わせて考えれば解散しても文句を言われないだろう。そう思っての提案に対し、猫館はとりあえずという具合で折衷案を提示する。
「トラブルがあったとは言え連絡もなしに予約をすっぽかすのもどうかな。……ひとまずはお店まで歩こうか。この分だと停電に巻き込まれてて電話も繋がらないかもしれない」
「そうっすね」
駅方面から響いてくる喧騒に背を向け、精神的な疲労を解す様に他愛ない会話に終始しながらふたりは夜の街の中へと消えていった。
その後、ふたりの予想通り停電によって営業困難に陥っていた店から平謝りをされ、どう考えても原因は自分たちにある事など言い出せない罪悪感に見舞われた結果、後日改めて予約を取って高い注文をする事を決意したのは完全なる余談である。