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幕間4-3 常群幸也と周辺事情5

 煌々と照らす白色の蛍光灯の下、冊子が山のように積まれたデスクに備え付けられた革張りの椅子に腰掛けた恰幅の良い壮年の男性が、手にした数枚の写真と書面に満悦といった具合でそれを持ち込んだ青年を見上げて張りのある声を掛ける。


「いやぁ。若いとは思ったが大した腕、それに良いセンスしてるよ。ほんとに大学出たらウチの専属になる気ないか? 他にも声掛けられてるだろうし、他社の条件次第ではそれよりも出せるぞ?」


 今にも立ち上がって青年の肩をバンバンと叩こうとしそうな男性に対し、青年がゆるりと首を横へと振れば、ワックスでセットされた赤茶けた髪が僅かに揺れる。


「すんません。今はまだ進路とか決めてなくて。フリーで色んな所渡って人脈広げたいんすよ」

「いまどきの若者に聞かせたいな全く」

「いやいや、俺だって若者っすよ!?」

「はっはっは。それはそうか。いや、確かに足で稼ぐのは記者の基本だ。腰を落ち着けたくなったらいつでもウチの戸を叩きに来るといい。それと新しいネタが入ったときにも、な」

「はい。いつもあざっす!」

「いや、此方こそ助かったよ。今をときめく政界の華、橘薗議員の不倫記事だからな。こいつは売れる。間違いない」

「そういってもらえるとがんばった甲斐があったっすよ」

「時に、毎度のやりとりになるが、常群君。こういうの何処からひっぱってきてるんだい?」

「あっはっは。編集長、人が悪いっすね。商売の種っすよ? 当然秘密ですよ」


 赤茶けた髪の青年、常群の答えは織り込み済みなのだろう。悪戯っぽく絡んだ編集長と呼ばれた男性は深く掘り下げる気もないらしく、通りの良い哄笑を響かせる。


「はっはっは。そりゃそうだ。それはさておきこいつは今回の分だ。いつも優先してウチにまわしてくれてるからな。ちょいと色を付けてある。今後ともウチをよろしく」

「はい、ありがとうございます! それじゃ、俺は約束があるんで」


 写真を机の上に載せ、代わりに取り出した長細い茶封筒を編集長から受け取った常群は頭を下げて席を離れようと踵を返せば、言葉尻を目敏く捕らえた編集長はにやりと、人をからかう様な目でオフィス全体に聞こえるよう、わざと張り上げるような声でその背へと声を掛けた。


「おっ、彼女(コレ)かい? 若いねー」


 その声に常群は一瞬面倒臭そうに眉を顰めるものの、首だけで編集長の方へ振り返る頃には先ほどまでと変わりない年上受けする気風の良い青年という仮面を被って、編集長の指が示す少々時代遅れのジェスチャーに苦笑を浮かべる。


「違うっすよ。ただの飲み友っす。編集長こそ、早く帰ってあげないと奥さん拗ねちゃいますよー」

「はっはっは。若いってのは良いモンだ。飲みすぎるなよー」

「うーっす」


 常群の返すようなからかい交じりの皮肉に分が悪いと悟ったらしい編集長が早々に話題を切り上げてくれた事を幸いと、今度こそ引き止められないように常群は足早に机の合間といったほうが正しい通路を抜ける。

 途中、時間に終われるように並んだ机にかじり付き、PC画面に顔を突き合わせる様に文章を起こす人らに挨拶をしつつ外へと出れば、冷房の効いた室内とは違う、むわっとした夏を感じさせる熱気が肺を満たす。


「あっちゃー……急がないと遅刻しそうだ。良い人なんだけど、話が長いのがなぁ」


 常群がビルへと踏み込んだ際にはまだ遠くに茜色が見えていた空は、現在ではすっかりと夜の色へと変貌していた。

 夜空を見上げ、腕時計で時間を確認した常群はちらりと自身が先ほど出てきたビルへと視線を投げる。

 大手とは決していえない、いわゆるゴシップから都市伝説まで幅広く扱う雑誌を刊行している雑誌編集社はこれからが本番なのだろう。夜の闇を払うような眩い人工の明かりが窓から絶えず漏れており、常群は内心でエールを送りつつ早足で歩き出す。


「(っと、連絡入れておくか)」


 駅へと向かう道すがら、携帯を取り出した常群は電話帳から相手の番号を呼び出して耳へとあてる。


 ――るるるるるる、るるるるるるる。


 無味乾燥としたコール音が幾度か響いた後、電話先で相手が応じた音が響いた。


『常群君か。どうした?』


 先ほどの編集長とは打って変わった、ひたすらに実直という概念を詰め込んだような折り目正しくはきはきとした男性の声が通話口から聞こえる。


「こんばんは、永冶世さん。そっち、もう仕事上がりました?」


 それに対する常群の雰囲気も、先ほどまでの若者らしさを前面に押し出すようなものから、思慮深い青年のものへと変わっていた。


『いや、すまない。上司に捕まってしまって、まだ本庁にいる』

「なんだ。俺も今出た所なんで、約束の時間に間に合わなそうだったんで連絡したんですけど、それなら少しゆっくり行けそうっすね」


 電話を掛ける合間も駅へと向かっていた歩調を緩め、電話口で邪魔にならない程度に深く息を吐くが、永冶世の言葉でその余裕もすぐに打ち消されてしまう。


『いや、俺は向かえないのが確定してしまったから、代わりに猫館を遣す心算だったんだ。今頃猫館が店に向かってると思う』

「うっわ、マジっすか。じゃあ、俺これから猫館さんに電話いれますんで、また!」

『ああ。そちらも、また何か掴んだら連絡してくれ』

「了解」


 切断を告げる電子音が聞こえ、常群は携帯の画面を一瞥してポケットへと戻す。

 どちらにせよ急がねばならないことは変わりがない事を知ってしまえば、一時緩められた足は再び、否、先ほどよりも足早に、もはや小走りといって良い速度で駅へと続く大通りを抜けてゆく。


「――? (なんだ……駅のほう、様子が……)」


 駅が近づくにつれて増えてゆく雑踏が普段のものとは趣を異にしている事に気づいた常群は駅舎に入るなり、改札近くに居た駅員へと声を掛ける。


「すみません、なんか騒がしいっすけど、何かあったんですか?」

「ああ。いえ。仁田線の方で大規模な停電があったらしくて、そっちのほうの電車がストップしちゃってるんですよ」

「……」


 丁度乗ろうとしていた路線でのアクシデントに、今日は本当についていないと脳裏でぼやきかけた常群はふと思う。

 停電とは、それほど局所的に起こりうるものだろうか、と。

 考え込んだ為の沈黙を電車の通行不能に対する不機嫌と感じたらしい駅員が常群へと平謝りするように声を掛ける。


「お客様にはご迷惑おかけして申し訳ありません」

「――いえいえ。復旧、いつごろとかは分かります?」

「それがまだ……」

「そうっすか……あざっした! お仕事お疲れ様です!」


 駅員の申し訳なさそうな態度に、どうやら本当に何も知らないらしいと手早く会話を終えた常群は駅の外へと向けて足を速め、再び取り出した携帯の電話帳を呼び出して耳へと当てる。


 ――るるるるる。るるるるる。……お掛けになった電話は現在電源が入っていないか――


「くそっ、嫌な想像がとまらない……!」


 駅舎を飛び出した常群は一向に繋がらない携帯を乱雑にポケットへと戻し、混雑の中で暇そうにしていたタクシーへと駆け寄り、先ほど受け取ったばかりの茶封筒からお札を数枚取り出して口早に告げる。


「すぐに出してほしい。急いでるんだ」


 真剣な、それこそ、人の命が懸かっていると言わんばかりの常群の瞳に圧され、運転手は慌ててタクシーを走らせるのだった。

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