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1-15 メルトプリズン9

 カガリが腕を――その身に纏う高熱の炎と共に振るった瞬間、飛来する銃弾は溶け、防弾加工の為されたシールドは一瞬にして持っていることすらかなわない焼けた板と化して所有者を苦しめる。

 飛び交う銃弾は美花を掠める事すらできず、炎とは逆方向、出雲を追って後方より現れた職員の集団へと突撃するなり女性の膂力とはとても思えないほどの獅子奮迅を見せる。

 出雲はといえば、包囲されたその場から動く事はできなかった。

 これまで脱出の為にやむなしという半ば自棄に近い形で強行突破やら全力疾走やらを繰り広げてきた出雲であったが、いかに不死身の能力者であっても中身が一般人という事に変わりはない。

 とっさの判断として危ないものを避けようという気概こそあれど、自ら殴りかかりに行くほど血気盛んなわけでも、実戦慣れしているわけでもないのだ。

 戦闘慣れし、一般人では把握が難しい領域の技量を持つ二人の戦闘行為についていけようはずもない。

 結果、出雲は二人がその場に居るすべての職員を制圧し終えた頃になり、漸くおっかなびっくりといった風に三人で階段を降るのだった。


「にしても、ずいぶんぼろぼろな服着てんなぁ」

「これ、僕がここに連れてこられたときに着てた服なんですよ」

「ふぅん。……ま、なんにしても、もうそろそろ出口だ。陽動班もそろそろ引き上げてる頃だ。気合入れて強行突破すんぞ」

「え、陽動にまぎれて逃げる、とかじゃないんですか!?」

「大部分は陽動班の追撃にまわされてるって話だから心配すんな。むしろグズグズしてっとせっかく陽動班が引き離してくれた本隊が戻ってきちまうぜ」

「二人とも、しゃべる暇あるなら足を動かす」

「うぃっす」

「は、はい!」


 階段を降りきり、漸く1階へとたどり着いた出雲と併走する形で走っていたカガリがしげしげと服を眺めるのに対し、そこまで酷い格好なのかと首をかしげる出雲。

 そこへ淡々とした突込みで美花が割り込めば、カガリはなれた調子で肩を竦めて気のない返事を返し、出雲は出雲で動揺した様子で返事を返す。

 二人の落差が面白かったのか、美花が仮面の奥でふっと笑ったような気がして、出雲は少し空気が和らぐのを感じて内心で胸をなでおろしていた。

 それらのやり取りの間も三人とも速度を落とさず走っているのだから、陽動によって荒れに荒れた1階で出雲たちを妨げるものは皆無に等しい。


『みっなさーん!! 次の角を左折して大きな通路にでたら、正面出口はすぐそこですよぉー!!! 張り切っていきましょーぅ!』

「だぁから、頭ん中で大声だすんじゃねぇよ、キンキンすんだろうが」

『てへっ』

「はぁ……ったく」

「ま、まぁ、こういう状況で明るくしてくれるのって助かりますし、いいじゃないですか」

「……お前って、オペ子と同じ年頃とは思えないくらい大人だな」

「そ、そうでしょうか……」


 感心したようなカガリの言葉に、思わず照れるように表情を緩めた出雲であったが、もう少しで出口という所でその表情が強張る。


「――あ、あれ……っ!」


 正面入り口を封鎖するように設置されたソレに、出雲は言葉を詰まらせる。

 同様に足を止めたカガリと美花は怪訝そうな顔でソレを一瞥し、首をかしげて出雲を見やる。


「おい、出雲、あれが何だか知ってんのか?」

「あ、は、はい……あれは――」


 走った反動とは違う理由からくる、動悸が早くなる心地の悪い感触を飲み下しながら出雲は言葉を紡ぐ。


「たしか、対能力者用超小型遠隔操作戦車・REX(レックス)……って、言ってました」

「仰々しい名前だなぁおい。それで、その対能力者用戦車とやらの性能はわかるのか?」

「武器は左右の機銃二つと中央の砲塔ひとつです。戦車という割りに機動力があるので、出来れば動き出す前に壊すべき、だと思います」

「なるほどな」


 カーキ色に統一されたコーティングが照明の照り返しで鈍く輝き、4本の脚部をしっかりと地面につける姿は巨大な昆虫を思い起こさせる。

 カブトムシの角のようにも見える機銃と砲塔は、その暴力的な用途に違わずいつでも射撃ができるのだと主張するように出雲達3人へと向けられていた。

 ロビー中央に陣取るようにして鎮座するREXを前に、カガリは楽しげに笑う。


「んじゃ、ま。ぶっ壊して通らせてもらうぜ」

「え、あ、あの!?」


 一歩前へ出たカガリの行動に驚き、慌てて半歩足を動かした出雲の靴先が小さな小石となった瓦礫を蹴飛ばし、カツンと小さな音が響く。

 まるで西部劇の様にその音を合図にして動き出したカガリに反応し、REXが砲台とは思えない機動力で瓦礫で悪くなった足場を諸共せずに動く。

 円形のロビーを直進してREXをしとめようとするカガリと、そのカガリを迂回するように横へと歩を向けるREX。

 取り残された形となった出雲はちらりと美花へと視線を向けるも、美花は流れ弾やREXが出雲たちを狙ってきた場合に備える程度の警戒をするのみで、やはりカガリの心配をしている様子は微塵もない。

 それが信頼の現われなのだというのは理解して入るものの、出雲はどうしても自身がREXの性能実験につき合わされ、ぼろ雑巾の方が幾分かマシであろう姿にまでズタボロにされた悪夢を拭えずにいた。


「はははっ、オモチャの割には良い動きするじゃねぇか!!!」


 実に楽しげに笑い声を上げ、炎を拳に宿しながら追いかけるカガリへと、REXがついにその砲塔と機銃を向けた。

 モーターの回るような駆動音が微かに聞こえたかと思えば、両の機銃から吐き出された弾丸の雨がカガリへと向かって殺到する。

 さすがにそのまま接近する事は不可能と判断したカガリはその場に両足をしっかりと固定するように腰を下げて拳を構える。

 先ほど制圧してのけた職員達の集中砲火を上回る精度で的確に降り注ぐ銃弾に、カガリは両の拳に宿した炎を大きくする事で対応する。

 拳の軌道にそって赤々と煌く炎が大気を焦がして軌跡を描き、歪んだ空気の中へと突入した弾丸がどろりと溶けて飛散してゆく。

 数秒ほど続いた機銃の掃射であったが、目の前の標的に効果なしと判断したREXは次なる行動へと移ろうと、銃撃の終わりと共に砲塔が起動する音を響かせた。


「一々待ってやると思ってんのかよッ!!」


 銃弾の途切れれば、目ざとく駆け出したカガリを砲塔の照準が捉え様と追いかけ、後一歩踏み込めばカガリの間合いという所で砲塔が火を噴いた。


「う、おっ!?」


 辛うじて顔のすぐ脇を飛んでいった砲弾に、びりびりと空気を裂いた音で耳を麻痺させられたカガリは思い切り顔をしかめて横へと転がる。

 その後を追うように再び発射される機銃の雨を転がりながら炎を纏う事で無効化して立ち上がり、面倒くさそうに息を吐く。


「……さすが、対能力者用ってだけはあるってか」

「手伝う?」

「いらねぇよ。これくらい壊せなきゃ戦闘班は名乗れねぇからな」

「そう」


 美花の淡々とした申し入れをREXから視線をそらさないままに断ったカガリは、再び静かに息を吸い込んでは吐き出す。

 その場に立ったままのカガリへと、再び砲塔が照準を合わせるために駆動音を響かせるが、カガリは静かにその光景を睨んだまま、緩やかに拳を構えた。

 拳に宿った炎が大きくなり、拳の周囲はおろか、カガリを内包して周囲の光景までも陽炎として滲ませてゆく。


「か、カガリさん!!」


 さすがにこれはマズいのでは、と。一般人なりにようやく思考が追いついてきた出雲が声を上げるのと同時。

 砲塔が再び火を噴いて、砲弾がカガリへと向かって空気を切り裂いて迫る。




 カガリの頭を正確に穿ったはずの砲弾が、煙のように揺らいだカガリの後方へと抜けて壁へと突き刺さり、大きな爆発を引き起こす。

 爆風によってあおられ、出雲の視界から立っていたはずのカガリの姿が揺らいで消える。

 その光景に思わず目を見開き、きょろきょろと視線をめぐらせる出雲に美花がそっと指を指す。

 指し示された先はREXの斜め横。

 ちょうど先ほどカガリが転がり、全身を炎でくるんで掃射を免れた地点であった。


「あっ……」


 拳に炎を宿し、猛然と殴りかかるカガリに、REXの機銃も砲塔も追いつく事ができない。

 とうとうカガリが砲塔を直に握った瞬間、一瞬にして灼熱にさらされた砲塔が歪み、徐々にその形を変えてゆく。

 機銃など熱の余波によって既に内部機関がショートを起こしている様で、正常に稼動しているようにはお世辞にも見えなかった。

 やがて熱が中枢にも及んだ様子で、ぎこちなくその活動を停止させたREXのひしゃげた砲塔から手を離す。


「うし、こんなもんだな。ほら出雲、早く行かねぇとミケ姐からまた注意されんぞ」

「う、ぇ――ぁ、はい!!」


 何事もなかったかのように服についた埃を手で払いながら、ついでとばかりに手の炎を消すカガリに、唖然とした様子であった出雲も漸く正気に戻る。

 一足早く外へと歩き出したカガリの後を追って出雲が小走りに駆け寄る姿に肩をすくめた美花もまた、REXであった残骸などには目もくれずに駆け出したのだった。

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