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6-51 明けを待つ金糸梅2

「――って感じで、釈明は終わりで良い?」

「……まぁ、いいわ。迎坂君が居なかった間の疑問は氷解したし、お陰でこうして後片付けする余裕もできたから」

「それは良かった」


 しゅるしゅる、と。

 金属が擦れ合う様な音が混じる中、事情の説明――主に領域手配師なる女性についての釈明を終えた黄泉路は漸く人心地つけるとばかりに息を吐く。

 無論、1から10まで全て説明したわけではない。黄泉路としてもいきなりOL風の変態に貞操を狙われかけたなどという話は間違っても進んでしたい話ではないし、自らの正体などに関わる細かいやり取りについては大幅に省いていた。


「……本当に、これで終わりなのね」


 彩華の指先が壁をなぞる度に、練り混ぜられていた材質が元の形を取り戻し、白い壁とメタル色のフレーム、汚れひとつない窓ガラスへと変じてゆく。

 そうして戻った窓ガラスの外では、遠くから昇り来る明けの色が僅かに差し込み始めていた。


「そうだね」


 無論、長い夜が明けたという意味だけではない。むしろ彩華にとっての終わりとは、4年にもなる長き雌伏、そして今晩達成した復讐という結末そのものだ。

 果たして、彩華が当初考えていた決着からどれほど変わっただろうか。そう頭に過ぎらないでもない黄泉路ではあったが、ふと、自身のほうへと視線を向けてくる彩華に意識を向ける。


「どうしたの?」

「……いえ。何でもないわ。この先でラストだけど、終わったらどうするの?」

「ひとまずは屋上に戻って領域手配師の仕事が済んだかだけでも確認しよう」

「わかったわ」


 何か言いそうな彩華が言葉を飲み込んでしまえば、わかりやすい話題そらしに乗ることで追求する気がないことを言外に伝えつつ朝焼けが差し込む廊下を歩く。

 塗り固められた壁を開放して窓へと戻してゆき、最後と彩華が称していた地点――昇降口へとたどり着けば、自身が突き立てた刃の痕が薄っすらと残るマーブル状の壁に指を這わせて彩華は静かに瞳を閉じる。

 指が、手のひらが触れた箇所から緩やかに壁面が流動し、柱の中に埋まっていたはずの鉄筋は糸のように建材の内部へと入り込んで行き、それらを補完する様に建材は元の姿を取り戻してゆく。


「終わったわ」

「お疲れ様」


 瞳を開けると同時に手を離した彩華が一歩離れ、自らが復元した昇降口の景観を一瞥して息を吐く。

 もとより、別の物質を刃に変えることに長けている彩華であったが、その逆、変質させたものを元に戻すにはそれなりの集中と気力を必要としていた。

 それは彩華にとって、あくまで能力というのは外敵を切り伏せるため、自己の未来を切り開く為の力という認識である事に由来する、ある種の苦手意識のようなものであった。

 隣で見ていた黄泉路から見ても、刃を生成するときよりも集中している様子なのは明白であり、どこか気疲れしている風の彩華を素直に労えば、彩華は少しばかり困ったような顔でゆるりと首を振る。


「元々私が蒔いた種だもの。困るのも私だし、疲れたなんて言えないわ」

「それでも、うん。お疲れ様」

「……ありがとう」


 片付け以外の意味も込められたお疲れ様という言葉に、彩華が僅かに間を置いてからはにかむ様に礼を返す。

 僅かな沈黙の後、そろそろ屋上へと向かおうかと口を開きかけた黄泉路が階段を下る足音に気づいて其方へと視線を向けると、丁度合流しようとしていたパンツスーツ姿のOL風な女性、領域手配師を名乗る能力者が大きなトランクを引き摺るように降りて来る所であった。


「そっちも片付いたの?」

「勿論よー! お姉さんはこれが専門だものー」


 黄泉路が代表して声を掛ければ、階段を降りきった所で気が付いたらしい領域手配師がキャスター付きのトランクを転がしながら甘えるような声音で早足で歩み寄ってくる。

 その姿は屋上で見た無感情にも感じさせるような淡々とした様子からはかけ離れており、もはや短い付き合いにも関わらずそういうものと慣れてしまった黄泉路はともかく、初対面の印象が180度変わってしまった彩華は困惑をありありと顔に浮かべ、


「ねぇ、迎坂君。あれ、なに?」

「仕事のオンオフが激しい人なんだよ」

「だからってあれは無い(・・)んじゃない?」


 声を潜めて交わされたやり取りは聞こえていなかった様子で、黄泉路のすぐ傍までやってくるなりトランクを立てた状態で手放した領域手配師が黄泉路達からやや離れた場所で足を止めて両手を広げる。


「さぁ、お姉さんにお疲れ様のハグをプリーズ!」

「嫌です。お断りします」

「ひっどっ! 私頑張ったのにー!」

「仕事だから当然、なんだろ?」

「ぐぬー」


 まるで黄泉路が飛び込んでくるのを当然とばかりの主張には思わず閉口してしまっていた彩華であるが、仕事という単語で思い出したように、領域手配師と黄泉路の気安くも見えるやり取りに割ってはいる。


「……どうでもいいけど、本当に片付けたの? 貴女、一応私たちの敵なのよね?」


 棘を孕んだ彩華の口調に、領域手配師のだらけきった表情が一瞬で消える。

 再び顔を出した仮面のような無表情が彩華を真正面から見据え、応じる彩華の瞳にも力が篭った。


「みますか?」

「……いいえ、結構よ」

「確かに、子供が見るものではありませんね」


 互いに首尾を確認する、というよりは、牽制しあう様な言葉の応酬に、黄泉路は空気が急激に刺す様に尖ったのを感じていた。

 第三者から見れば領域手配師と彩華の間には火花が散っている幻覚すら見えそうな程に鋭い緊張感に真っ先に耐え切れなくなったのは他でもない、間に挟まれた黄泉路であった。


「とにかく。もうお互いに用事は済んだんだ。早く解散しないと人目につきやすくなるよ」

「……そうね」


 行きましょうか、と。彩華が言外に黄泉路は自身と共に行動するのだと主張する言葉を発しようとするが、それを察した領域手配師がポケットへと片手を突っ込んで足早に黄泉路に駆け寄ってくる。


「っ!」


 反応して身構えた彩華になど気にも留めず、領域手配師がごそごそと手馴れた様子でポケットから取り出したのは、


「はいこれ!」

「……名刺?」

「そうよー。私の事はクミちゃんって呼んでね」

「……」


 世間一般で流通している高さ55ミリ、幅91ミリの若干厚めの紙。いわゆる名刺と呼ばれている自らの所在を示す社会人における認識票であった。

 畳み掛けるように自らを愛称で呼ぶよう迫る領域手配師を無視し、唐突に差し出された名刺を前に思わず手にとってしまった黄泉路はとりあえずとばかりに紙面へと目を落とせば、本名らしき名前と電話番号、メールアドレスに加えて、コミュニケーションアプリのIDまで記載されており、色々な意味で破壊力と頭痛を誘う内容にめまいを覚えてしまう。


「あ、でもでもー、親愛を込めてお姉ちゃん(・・・・・)って呼んでくれても――ってやだ怖い。もう、冗談3割くらいなのに」

「つまり7割マジボケって事よね」

「と・に・か・く! 私は孤独同盟(アライアンス)だけど実質フリーみたいな物だから、困ったときは私を呼んでね!」

「何のつもりですか」


 何とかして搾り出した黄泉路の問いに対し、領域手配師は一瞬きょとんとしたような顔色を浮かべるも、すぐににんまりと笑みを浮かべる。


「んー? ただ単に好みの子とお近づきになりたいだ・け。なんなら報酬は一晩ホテルで――」


 再び飛び出した妄言ともセクハラともつかない発言を最後まで聞くことなく、黄泉路は彩華の手を掴み踵を返す。


「彩華ちゃん、帰ろうか」

「そうね」


 背後で何か、領域手配師が喚いている声が聞こえたようだと、あえて内容をシャットアウトしつつ、小室との戦闘以上の気疲れに若干肩を落としながら彩華を自宅まで送り届けるのだった。

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