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6-49 花咲く夜の裏側で3

 瞳孔ひとつ動かすことなく息絶えたままの姿で、罠を張る様に待ち続ける。それは黄泉路がこの2年の間に身につけた新たな能力の拡張(アップデート)があればこそ可能な芸当であった。

 元々黄泉路の能力は完全なる死という状態からでも蘇生するという効果ではあるが、それはあくまで自動的に発動する、いわば黄泉路の制御から離れた現象でしかない。

 だが、この2年間に能力の扱いに慣れたことで、蘇生しない状態(・・・・・・・)で留める(・・・・)事ができるようになっていた。

 黄泉路や黄泉路を知る者にとっては、自動で治る怪我をそのままにする事で能力者であるという事実を隠すというだけの特性でしかない。

 だが、黄泉路を知らぬ者にとっては時と場合によっては今回の様に相手の不意打ちすら逆手に取る罠と化す。


 ――はずだったのだが。


「貴女は、何なんですか……!」

「そ、それはこっちのセリフ! さっきまで完全に死んでたじゃない!?」


 痛々しい沈黙に耐えかね、元より時間を掛ける余裕もない黄泉路が口を開けば、反射的に返してくるパンツスーツ姿の女。

 凡そ裏社会の人間として似つかわしくない情緒に溢れた言葉ではあれど、先ほどまでの狂気的な言動を鑑みれば気を許す理由にはなりはしない。

 本来であれば、黄泉路はまだ起き上がるつもりなどなかった。

 おそらく隔離能力者は単独であろうという当たりこそついてはいても、確証もない段階で奇襲を掛けてそれが隔離能力者とは別であったとなれば目も当てられないのだから、慎重になるというのも当然の事。

 処理というからにはこの場から持ち去るということでもあり、持ち去るに際して現れた人物が能力者であればそのまま移動を、そうでないならば隔離を担当している能力者と連絡を取るだろうと踏んでいた為、少なくとも自身が運ばれる段階までは死んだフリを決め込もうと考えていた黄泉路であったが、


「その死体に何をするつもりだったんですか!?」

「え、そりゃナニって勿論ナニを――っていや、その……やだ、聴かれてた?」


 恥ずかしい、と。しおらしく頬に手を当てる女性を前に、黄泉路は思惑を外された事とは別の意味で戦慄する。

 絶句する黄泉路を他所に、パンツスーツの女――領域手配師は自らの頬に手を当ててなにやら思案気に黄泉路の足元から頭の先までを嘗め回すような視線を向け、


「ああでも、よくよく考えたら綺麗にして防腐加工するよりは生きてた方がナマの反応が返って来て美味しいからこれはこれでアリかも?」


 恥らう顔から一転、瞳の奥に生々しい欲が宿る。


「っ!!!」


 先ほども感じた、二度目ともなれば気のせいなどでは済まされない悪寒。

 黄泉路は無意識のうちに半歩、距離をとるように更に後退りしてしまう。

 見ようによっては怯えにすら見える黄泉路の態度と強張った表情を見て、領域手配師は浮かべた笑みを濃くして一歩前へ。黄泉路があけた分の距離を詰める様にしながら甘やかすような声音で囁く。


「あら、かーわいい。怯えなくても良いのよ? 怖い想いしたものね。大丈夫、お姉さんならキミの事、助けてあ・げ・る」

「何の……話ですか」

「お姉さんのものになってくれたら、依頼主(アイツ)にはキミの事黙っててあげる。具体的にはお姉さんのお家にいらっしゃい。お姉さん、これでもお金持ちなのよ? ちょっと外に出れなくなるだけでお姉さんと気持ち良い事出来て命まで保障できるんだから悪い話じゃないでしょ?」


 ね、いいでしょ?

 そう猫撫で声で笑い掛ける目の前の女に対し、黄泉路は今までで一度も感じたことのない言い知れぬ恐怖を覚えたものの、怖気を飲み下す様に小さく息を吸い、慄いて退いていた足を叱咤するように地面を踏みしめる。


「――お断り、します!」

「きゃっ」


 拒絶の言葉と同時に踏み込んだ黄泉路の四肢が赤い靄を纏い、華奢にすら分類される少年の体躯からは凡そ想像も付かない程の速度で領域手配師へと迫る。


「逃がさな――うわっ!?」


 反射的に後ろへと退こうとしたらしい相手に間合いを合わせようと、踏み込んだ黄泉路の足が地面とはまた違った硬さの何かを踏みつけた事でバランスを崩す。

 間に合わせようと振った拳は女が退いた分と黄泉路が踏み込めなかった分をあわせた拳ひとつ分の距離を跨いで空を切り、その間に女は更に距離をとるように後ろへと。

 すかさず後を追おうとした黄泉路の耳に聞き慣れた鉄と火薬のはじける音が響く。同時に足元がバスンッ、と小さく弾け、躓く原因となっていた出来合いのサラダが詰まった袋が飛び散る。


「いきなり襲い掛かってくるなんて見た目に寄らずやんちゃなのね!? そこもまたたまらないけど、被DVはちょーっと遠慮したいのよね!」

「……」


 いつの間に手にしていたのか、片手に握られた拳銃が僅かな白煙と火薬の残り香を発している事で、黄泉路は目の前の女が発砲したのだと気付く。


「(――いつの間に、いや、違う、おそらく最初から持っていた(・・・・・・・・・)んだ。となると)」


 再び意識を戦闘へと切り替えた黄泉路は別の意味で高まっていた警戒をシフトさせ、拳を構える。


「――貴女がこの結界の術者、ってことですか」

「あら、本当に、キミって何者?」

「僕をここから出して、今後一切関わらないでくれるなら名乗るよ」


 素人目に見ても自然に構えられた拳に僅かに目を細めた女は続く黄泉路の挑発とも取れる返答に困った様に息を吐き、


「それは残念」


 私、これでも仕事中なのよ。

 領域手配師の声から甘さが抜け、底冷えするような淡々とした、事務的とすら言える響きへと変質したのを皮切りに、二度目の発砲が開戦の狼煙を上げた。

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