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6-44 幻想の山茶花は斯く散り逝く3

『提案があるんだけど』


 屋上へと向かう最中にそう声を掛けられた時、彩華はその内容に半信半疑であった。


『小室君と対面したらさ。ひとまずは僕にやらせてほしいんだ』


 そう口にした黄泉路に対し、彩華は当然の如く横取りされる事を危惧した。

 だが、黄泉路の続く言葉によってその時はひとまず納得する事にしたのだ。

 そうしたやり取りの後、


「――うそ」


 ぽつりと呟いた言葉が、既に夜半を越えて朝へと向かい始めた夜空を吹き抜ける夏の風に流されて消える。

 マーブル状に建材と扉が混ざり合った出入り口の名残の上で、黄泉路と小室の戦闘と呼ぶべきなのか聊か疑問を感じてしまうほどに一方的なそれを目の当たりにした彩華は自然と声を漏らしていた。

 挑発によって我を忘れ、ペース配分も考えずに振りかざした小室の鉈を黄泉路が捌く。

 たったそれだけの事にも関わらず、彩華はその光景から目が離せないでいた。


「(……最小限の動きで防い――いえ、あれは人の動きじゃない。何、これ……)」


 能力に目覚めてからというもの、物体の構造を把握する事に並々ならぬ理解度と集中力を発揮している彩華だからこそ、わかってしまう。

 黄泉路の身のこなしは運動が出来る人間レベルという、小室のように大きく人の枠からはみ出すような速度で動いていないにも関わらず、その拳は的確に小室の振う鉈の腹を捉え、それが出来ない状況であれば急所を外すように下半身の動きで的確に対処していることに。

 だが、時折それだけでは説明できない現象が起きていることもまた、彩華は正しく認識していた。


「(ちょ、そこの関節はそんな風に曲がらないでしょ!?)」


 常人レベルの身体能力では、いかに技術が長じていようと圧倒的な速度の前に取れる選択肢はそう多くはない。

 的確にひとつ先を読んで軌道上に拳を割り込ませたところで、拳を引くひとつの動作の間に相手は再び体勢を立て直して振り下ろしてくるのだ。そんな相手と黄泉路が防戦のみとはいえ対等に戦えている理由に、彩華は目を剥く。

 事前に聞いているからこそ、原理はわかる。黄泉路自身の能力による異常な回復力に任せて本来ならば躊躇するような傷に物怖じせずに常に前へ出続け、加えて真っ当な人体であれば傷めてしまうような無理な動きをいとも容易く行う事で、常人に毛が生えた程度の身体能力、その稼動範囲を大幅に広げる事で対処しているのだ。

 それらの事実を理性的に受け止めてなお、彩華は息を呑んでしまう。

 如何に再生力があろうと、死なないという自信があろうと、自身に向けられる暴力に真正面から立ち向かうというのはどれほどの勇気が要るのだろう、と。


「(迎坂君……貴方は……)」


 ――どんな経験があればそんなことが出来るの。


 口に出す事もできない驚嘆が彩華の胸中を焦がす間にも、一方的だった戦闘に徐々に変化が訪れていた。


「ぐ、ぇえ……っ」


 疲労からペースの落ちた小室に、黄泉路の拳が突き刺さる。

 初めての黄泉路からのまともな反撃に彩華はハッと我に返り、黄泉路の言っていた言葉を反芻する。


『まずは僕が戦い方を見せる。もし彩華ちゃんが僕と小室君を見ても戦う気があるのなら、交代するまでに良く見ておくと良いよ。復讐を遂げるにも、まずは戦って勝たなきゃ(・・・・・・・・)いけない(・・・・)んだからさ』


 呆けていた自らを叱咤するように目を瞬かせ、今度は一方的に小室を痛めつけている黄泉路を視界に捉えながら彩華は先の小室の動きを思い返し、理解する。


「……やっぱり、貴方はおせっかいだわ」


 理解するなり嘆息する彩華ではあったが、黄泉路と入れ替わるように前へと進んだその顔に憂いはない。

 黄泉路のこれまでの行動も、問答も、すべては彩華に選択肢を与えるための、広げた幅から選ばせるためのもの。

 そこまで判ってしまえば彩華としても黄泉路の正体だのに言及するのは後回しでもいいかと思えてしまう。


「……いつまで寝ているつもり?」


 少なくとも、目の前で姑息にも倒れたふりをしている宿敵を殺すまでは、信用する事にしたのだった。


「そんなに床が好きならいっそ床に練り込んであげてもいいんだけど」

「――ッ!!!」

「もう痛みは治まったかしら?」

「あ、やか……」


 よろよろと身を起こす小室へと向ける視線は冷たい。

 しかし、さきほどまでの身を焦がして余りあるほどに煮詰まった殺意とは違う、しっかりと相手を――倒すべきものを見据えている瞳が小室を射抜いていた。


()貴方が嫌いよ(・・・・・・)

「ッ!?」

「自分勝手なところが嫌い。逃げ腰なのが嫌い。自信過剰なところが嫌い」


 つらつらと並べ立てられてゆくのは拒絶の言葉。

 衝動的に吐き出された殺意よりも鋭い、相手の芯を見据えた上での拒絶に小室は目を瞠って口をパクパクとさせる。


「――何よりも、私の両親を殺した貴方が大嫌い。だから私は貴方とは行きたくない」


 逝くならば独りで、あの世へどうぞ。


 そう締めくくる彩華の言葉はこれ以上ない程にストレートで、解釈違いという逃げ道も、言い逃れも聞かないほどに真っ直ぐに、殺人という業に押し潰されていた小室を支え続けてきた芯を打ち砕く。


「あ、ああぁあ……あああぁああぁあぁあ!!!」

「決着を、つけましょう。復讐心(わたし)にも、貴方(・・)にも」


 宣言と共に小室と彩華は駆け出す。

 彩華は自らの過去の清算の為――そして、これからを正しく見据える為に。

 小室は、言い訳(ささえ)にしていたモノを全て剥がされ、逃げ場のない戦いで自らの身体を、心を、己自身で守るために。

 狂乱のままに振り上げた鉈と、彩華の能力によって生み出された花がぶつかり合い、明けへと向かう闇空に鐘のように響いた。

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