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1-14 メルトプリズン8

 後方で響く銃声と怒号が遠くなるのを聞き流しながら出雲は走る。

 二つ目の階段を降り終えた頃、遠近感がいまいち把握しづらかった視界がすっと回復するのを感じて、自分の右目が再生したことを理解しながら、思わず顔を顰める。


「(……便利といえば便利なんだけど、ねぇ……)」

『どーしましたぁ?』

「う、わ。 ……いえ、なんでもないですよ」


 思わず声に出して応答しつつ、オペレーターの声に従って通路を駆けた所で、先ほど駆け抜けた通路の左手側から複数の足音が近づいてくるのを聞きつけて駆ける足を速める。


「(突破した時、倒してない人から連絡が回ったみたいです。どうしたらいいですか?)」

『みたいですねぇー。ヤバいとまでは言わないですけどちょーっとマズいかもですぅ。Sレートさん、このままの速度でどこまで持ちますー?』

「(僕なら、大丈夫です。能力者に覚醒してから今まで、身体の疲労とは無縁みたいですから)」

『わぁお。マジぱねぇっすね。じゃ、もう出口近いですし、最短ルートでナビるんでぇ、このままどれだけ敵を引き付けても構わないんでそのまま走っちゃってくださぁい』

「(わかり――ました!!)」


 一度強行突破という、普段の出雲からでは考えもしない手段でもって三途の川を踏み倒してきたからだろう。

 いつになく強気というか、物分り良くオペレーターの無茶振りに応えて足を動かし、背後から迫ってくる銃弾から荷物を庇う様にかばんを抱きかかえて走る。

 武装の扱い方を訓練されているとはいえ、さすがに全速力で走り続ける標的へ向けて発砲する訓練までは十全ではないのだろう。

 かすりもしない散発的な銃撃を避ける素振りすら見せずに一直線にひた走る出雲は、ここまで降りてくるまでの遅々とした隠密行動とは打って変わったように階段を降る。

 地上5階のプレートを目に留めたころには、すでに出雲の背後から追いかけてきていた部隊はスタミナ切れを起こして銃撃すら飛んでこなくなり、入れ替わるように追いかけてくる部隊を引き連れてオペレーターの指示通り、直接かち合わないルートを通ってさらに下を目指す。

 だが、そんな快進撃も地上2階まで降りた所で止められる事となる。


「……さすがに、これは突破できそうにないですよ」

「武器を捨てて大人しく投降しろ! さもなくば……」


 通路にずらりと並んだ防弾シールドと、その間から飛び出す銃器。

 完全防備姿の職員の隊列に思わず呻いた出雲にお決まりの降伏勧告がなされるも、口に出している職員自身、出雲に対して“撃つ”という言葉が脅しにならない事を知っているが故、尻切れトンボ気味な気まずい沈黙が落ちる。

 こんな所で無駄なコミュニケーション能力を見せる必要もないのだが、居た堪れなくなった小心者の出雲がおずおずと口を開く。


「いや、あの……撃つ、って言われても。僕もう撃たれてますし……」


 控えめだが、決して突っ込んではいけない所に突っ込みを入れてしまった出雲のある種の空気の読めなさが沈黙に止めを刺してしまったようで、降伏勧告をしていた部隊長らしき職員が防護服越しでもわかるほどに肩を震わせ、怒声をあげる。


「ええい!! 忌々しい能力者め!!! 実験動物に過ぎない癖に生意気な事をッ」


 酷い言いがかりだ。とは、さすがの出雲も口にしない。

 先ほど墓穴を掘ってしまったからというよりは、完全なる逆ギレで喚き散らす大人の姿に盛大に引いてしまったからというのも情けない話であるが、出雲がその様な性格でなければもう少しマシな施設生活を送っていただろう。

 部隊長の自爆に近い失態を取り繕うように、すでに降伏勧告は拒絶されたと認識した職員たちが銃の引き金に手をかける。

 死なないまでも痛いと思う事に変わりはないので、出雲は失敗したなぁと早くも後悔した。

 銃の引き金が引かれる、その間際。突如として上の階から轟音と振動が響く。

 動揺から引き金を引くことはなかったものの、出雲は無論のこと、職員たちすら振動に対して警戒するように上へと視線を向ける。

 はじめにそれに気づいたのは出雲であった。

 職員たちが隊列を組んで陣取っている地点の真上、純白あったはずの天井が赤々と、照明とは違う円が輝きを放っていた。


「な、ぁ……!?」


 このまま真下にいるのはマズい。そう隊員達の本能が警鐘を鳴らすも、時すでに遅し。

 直後、天井がずるりと焼け落ち、円形の瓦礫が地響きを立てて陣形の中心地点へと降り落ちた。


「……」


 思わず呆けた様にその光景を見つめていた出雲であったが、天井にあいた、人二人ほどが余裕を持って通れるほどの大穴から飛び降りてきた人物に目を見開く。


「よっ。やっと追いついたぜ……出雲、お前案外足速いのな」

「ん。将来に期待」


 瓦礫の埃が落ち着くとともに姿を現したのは、その能力を象徴するように赤々とした色彩の髪をした青年と柔らかなこげ茶色の髪に、安物の猫のお面の女性。

 つい先ほど、自身を逃がす為に囮役となってくれた出雲の恩人とも言うべき二人であった。


「カガリさん! 美花さんも!! 良かった、無事だったんですね」

「おう。お前も――って、何か服かわってんな。着替えたのか?」

「あ、はい。入った部屋に丁度あったもので」

「そっか。じゃ、もうそろ出口だしな。サクッと行こうぜ」


 幾人かを下敷きにした瓦礫から軽やかに飛び降りて手近な職員を戦闘不能にして隊列を食い破り、きっちり防弾シールドを溶かしながら近寄ってくる二人に、出雲は諸々浮かんだ疑問を後回しにする事を決める。

 何よりも、もうひとりで怯えながら逃走劇を演じなくても良いと思うだけで出雲は敵の大群を前にしながらも手放しで二人との合流を喜んでいた。

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