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6-40 明けない夜と月下美人5

「それで、そろそろ話してもらおうかしら?」


 そう口火を切ったのは、暗闇に閉ざされ、足元を鈍色の造花で埋め尽くされた廊下を無造作に歩いていた彩華だ。

 振り返った彩華の顔が消火栓の赤いランプによって艶やかに照らし出され、数歩後ろを歩いていた黄泉路へと向けられる。


「いくら小室君に逃げ場が無いとは言っても、これだけ派手に立ち回っているし、さすがに夜が明ける前に手を打たないと間に合わないと思うよ」


 対する黄泉路は困ったような、苦笑ともつかない曖昧な笑みを浮かべたまま小さく肩をすくめる。

 別段、挑発する意図はないのだろうが、彩華は黄泉路の余裕ともとれる態度に眉を顰めた。


「ええ。だからこそ(・・・・・)、よ。 これ以上の不確定要素は好ましくないの。貴方が私の邪魔をしないという確証が欲しい、わかるでしょう(・・・・・・・)?」


 足元の刃も、暗闇も。彩華にとってはさしたる障害になりはしない。物質によって閉鎖された空間はむしろ、彩華が自らの為に作り出した狩場(ステージ)といえる。


「ここは私の領域。貴方がいくら――そう、アイツが殺したって豪語する状況からでも無傷で生還できる程度に治癒力があったとしても。……私がアイツを殺すまでの間、貴方をここに縫い止める(・・・・・)事くらいは出来るのよ?」


 彩華が軽く足で床を叩いた瞬間、周囲で咲き固まった鈍色の花が蠢いて黄泉路がこれまで歩いてきた背後を塞ぐ。

 自らの能力を完全に制御化に置いている。そう主張するような光景にさすがの黄泉路も笑みを引っ込め、


「……」

「っ」


 高校生(いっぱんじん)という立場の黄泉路が浮かべていた苦笑が剥がれ落ち、廊下の闇よりも暗い瞳が彩華を見据える。

 どこまでも落ちていけそうなほどの深さを湛えた漆黒の瞳はただただ正面に立つ彩華を、その奥底を見つめるように微動だにせず、彩華は今までで感じたことのない悪寒のようなものが背筋を駆け上がっていくのを自覚した。

 だが、ここで退くという選択肢は彩華にはない。数秒間にわたるにらみ合いの末、背後で鳴り続ける刃が擦れ合うような威圧音に気を配ることも無かった黄泉路の表情が不意に緩められる。


「聞きたいのは、いつ僕が今回の全容に気づいたか、で良いの?」


 声音は変わらず穏やかだが、その表情はどこか年相応のあどけなさが抜けた大人びたもの。

 無言のまま頷く彩華に対し、黄泉路は僅かに目を伏せてから口を開く。


「確信を持ったのはほんの少し前だよ。最初に気になったのは彩華ちゃんの言動のちぐはぐさ。――通報をしないという選択と、能力に磨きをかけるという行動の矛盾。犯人を知っているのに、アクションらしいアクションを起こそうとしない彩華ちゃんらしからぬ(・・・・・・・・・・)現状(・・)


 言葉を噛み締めるような面持ちで彩華は静かに耳を傾ける中、黄泉路の言葉は淀みなく続く。


「その違和感は犯人が小室君――彩華ちゃんにとって常に手が届く場所に居る相手だと判ってからはますます強くなったよ。でも、肝心の目的が見えてこない。少なくとも彩華ちゃんから離れないようにと思っていた矢先に分断されてどうしようかと思ったけど、小室君の言動を見て埋まらなかったピースが埋まったよ」


 誇るでもなく、呆れるでもない。ただ端的に、戦場彩華と小室駿輔の間に横たわる深い溝、その底にある始まりを指摘する。


勘違いだったんだ(・・・・・・・・)。彩華ちゃんは何一つ矛盾したことはしていない。ふたつある目的を統合(・・・・・・・・・・)しただけだった(・・・・・・・)。小室君を自分の手で殺すという目的と、彩華ちゃんが普通の人間として生きる為の自制。そのふたつを両立した結果、相手がもう一度踏み外すのを待つという消極的な行動になった。……小室君は、そんな彩華ちゃんの態度に勘違いしてしまったんだよね。常識的に――加えて恣意的に意図を取捨選択したら、殺人を庇う理由なんて既知の間柄、それも親しい者同士でなければ発生しない。加えて被害者は庇ってくれる相手の両親だ。両親と加害者を天秤にかけてなお加害者を庇う、両親よりも大事な加害者というのはどんな存在なのか。自分は愛されている(・・・・・・・・・)ってね」


 愛されてると思ってる相手をもう一度襲おうなんて思考は、さすがに小室君も持ち合わせていなかったんだろうね。と、注釈のように付け足された言葉に垣間見える苦笑に、彩華は思わず唇を噛み締める。

 おぞましい。そんな事がありえるはずもない。だが、学校についてからの小室の言動が、黄泉路の見てきたかのような推理を肯定してしまっていた。

 遅れてやってきた今までとは別種の悪寒に彩華は思わず両腕で自身を抱く。

 彩華の内心を慮ってか、黄泉路は小さく息を吐いて間を置き、話を締めくくるように改めて口を開いた。


「……あとは、駆けつけたときの学校の状態を見れば一目瞭然だよね」


 学校内を封鎖するという仕込み。それは彩華が小室を確実に殺すという意図がなければ成立しない。

 第三者から語られるこれまでの大筋を聞き終えた彩華はやがて小さく首を振り、黄泉路の顔をじっと見据える。


「……それで、貴方は私をどうするの? 殺人はいけないことだ、なんて綺麗事を言うつもりなら、私は貴方を軽蔑するわ。そんな事の為に、人の秘密を嗅ぎまわった男なんてアイツと同類のゲス野郎よ」


 彩華から向けられる明確な敵意。この時、この目的の邪魔だけは絶対にさせないという、研ぎ澄まされた決意を向けられてなお、黄泉路の態度は揺るがない。


「彩華ちゃんは、どうしたいの?」

「どう、って。貴方自身言ったことじゃない。私はアイツを殺したい。それだけよ」

「うん。だから、その後は(・・・・)どうしたいの?」


 初めて、彩華の決意が揺れる。

 それは考えていなかったわけではない。だが、小室を殺すという明確なビジョンとは比べ物にならないほどにあやふやで、曖昧なものとして、漠然とした答え以外を持ち合わせていなかった。

 自覚してしまえば彩華は言葉に詰まらざるを得ない。そうして黙り込んだ彩華に、黄泉路は畳み掛けるように声を掛ける。


「復讐を果たす。そのこと自体は僕も他人の事を言えた義理はないから、止める為の言葉を持ってない。けど、その後。復讐を果たすために人を殺す。それで彩華ちゃんは、どうやってそれを受け止めるつもりだったの?」

「うけ、とめ……?」

「そうだよ。人を殺すって言うことは、その人を周囲から切り取るって事だ。切り取ったその人を、君はどうやって背負うつもりなんだろう」

「それは……」


 やはり、返答はでない。復讐することは殺すこと。それは理解していたはずなのに。

 殺したことの意味を、殺した後を。彩華は自然と考えないようにしていたことに気づかされた。


「――復讐を、僕は否定しない。ただ、それがどういう意味を持つものなのかを、しっかり自分で考えて受け止めて欲しいんだ」


 黄泉路の言葉が心の深いところに入り込むのを、彩華は確かに感じていた。

 新たに吹き上がった問題に対して彩華の意識が逸れたのと同時に、黄泉路は一歩前へ、


「とりあえず、今は小室君をなんとかしよう。さすがに彼はやりすぎた。もし彩華ちゃんが決められないようなら、その復讐は僕が貰うよ」


 横を通り過ぎる間際に掛けられた言葉によって彩華は我に返り、刃に埋め尽くされた床を平然とした顔で歩き出そうとする黄泉路の後を慌てて追いかけるのだった。






 かけられた言葉が彩華が知る日常での黄泉路と同じ、柔らかく暖かなものだった事に気づいたのは、すべてが終わってからであった。

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