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6-37 明けない夜と月下美人3

 彩華から逃げ回るだけだった小室が踵を返して未だ刃花に侵食されていない場所――上階へと通じる階段へと走り出す。

 悲鳴に気をとられて小室の逃走に出遅れた彩華が我に返った時には既に、小室の姿は階段の踊場から上へと消えるところであった。

 普段ならばマナーを意識して決してすることのない舌打ちを隠しもせず、彩華は一段飛ばしで階段を駆け上がる。


「はぁ、はぁ、っ、無駄に、すばしっこい……っ!」


 階段を登りきった彩華は視界の端で小室が屋上へと消えたのを見て、上がった息を整える間もなく疲れ始めてきた足を叱咤して普段昇り慣れた階段へと足を掛ける。

 最後の段差を登りきれば、暗闇に慣れた目へと差し込むのは何の遮蔽もなく天から降り注ぐ月の光だ。

 先駆者によって開け放たれたドアから差し込む月光はいやにまぶしく、涼やかな風が首筋を抜ける。

 彩華は上がりきった息を整えるように大きく肩を揺らし、


「――隠れ鬼は、もう終わり?」


 艶すら感じさせる火照った頬とは対照的な険しく冷たい光を宿した瞳で小室を見据えて声を掛ける。

 それは長く続いた追走劇を――そして、4年にもわたる条件つきの鬼ごっこの終わりを告げる言葉だった。


 ……ぐしゅり。


 絶対に逃がさない、そう主張するように彩華が後ろ手で触れた屋上唯一の出入り口が溶ける(・・・)

 ドアだったモノと壁をなしていたはずのコンクリートが混ざり合い、歪なマーブル状の図面となって屋上の床に広がって階段の最上部ごと蓋をしてしまえば、後はただただ広さがあるだけの屋上という名の袋小路だけだ。


「……あ、ああ……あや、か……」


 落下防止用のフェンスに縋りつくように身を預けていた小室が振り返れば、追跡者と逃走者を平等に照らす月光に浮かび上がる、闇の中では判別の出来なかった焦燥と恐怖と混乱が混ざり合った血走った目が彩華とぶつかり合う。


「飛び降りるのはオススメしないわ。人が助かる高さじゃないもの。――それに」


 未だ、後ろ手でフェンスに縋るような小室の及び腰に、彩華は牛刀の切っ先を向けながら凄惨に笑う。


「転落死なんてされたら、私が殺したことにならないじゃない」


 言うが速いか、ざりっと屋上のコンクリートを踏みしめた上履きの音が響く。

 振りかざされた牛刀が鋭さを主張するように風を切り、小室が苦し紛れに構えた鉈とぶつかる。


「ぐっ、う……!」

「ひぃぃ!?」


 刃が欠ける音が響く。それは彩華の一撃を受け止めた鉈から発されたものであり、飛び散った欠片が小室の髪を掠めれば、過敏になった意識がそれを認識して短い悲鳴が上がる。

 このまま力任せに、というのは彩華としても避けたい所である。いくら相手が気迫に呑まれ冷静さを失っているからといっても、相手は男。高校にもなれば男女の力の差など考えるまでもなく、ここで相手が彩華を御しきれると判断させる要因は出来る限り潰したい。

 故に、彩華は身体能力外のものに頼る。


「――斬れ……ろっ!!」

「ッ!?」


 強く握りこんだ手に力をこめると同時、彩華は自らの能力、物質を作り変える力を発動させる。

 それは殺意。目の前の相手を、邪魔するものごと斬り裂くという意志が形を成すもの。

 さりさりと刃が研ぎ澄まされる音を響かせ――


「う、わ、ああぁあっ!」


 小室が咄嗟に鉈を引いてその身を横に投げ出したのはもはや本能といってもいい。先ほどまでの恐怖経験と直感から来る反射的なものだった。


 カカカカカカカンッ!


 直後に小室の身体があった場所から響く、連続して細く硬いモノが断ち切られる音は、小室が縋っていたフェンスが勢いをそのままに振り下ろされた彩華の牛刀によって断ち切られた音だ。

 その切れ味は彩華の望んだとおりのもの。しかし、その結果は彩華をしても想定外のことで……。


「――ぁ……!!」




 押し相撲、という遊びがある。

 両足をそろえて向かい合い、手だけで相手を決められた位置から動かせば勝ちという遊びだ。

 その遊びに数ある駆け引きの中に、相手が押して来た瞬間に腕を引くというものがある。

 押し返してくる事を前提に、押し合う力で組み合う事を意識している相手の意表をついてバランスを崩させる事を目的とするこの戦術。つまりは、押した側の体勢が崩れるということだ。

 それは、今の状況にとても良く似ていた。


「あやかぁ!?」


 小室の悲鳴にもにた声が響くのと、彩華の身体が切り裂かれたフェンスに飛び込むように傾いで、今しがた開いた裂け目に倒れこむのは同時だった。

 咄嗟に顔を庇うようにしたまではよかったものの、元々古かった上に穴によって撓んだフェンスが女子高生の全体重をカバーできるはずもなく、


「――!?」


 足が地を離れる感覚に彩華は息を呑む。

 一瞬遅れ、身体が宙に転げ落ちてから、能力でフェンスの形状を変えて掴まればよかったと思うも後の祭りだった。

 彩華の能力は一見幅広く万能だ。

 だが、それは彩華の身体が固形物に接しているという条件下でのみ、それを伝って連鎖的に物質の形状を作り変えることが出来るという縛りが存在している。

 故に――空中に放り出されてしまった彩華は、ただの非力な少女でしかなく。


 人が助かる高さではない。


 皮肉にも自らの言葉が走馬灯のように思い起こされ、落下によって頭が下を向いていく感覚に彩華はぎゅっと目を閉じ――






 想像よりもはるかに軽い衝撃が背を伝う。

 悲鳴すら上げる暇もなく身を強張らせていた彩華の頭上、近い距離から聞きなれた声が響く。


彩華ちゃん(・・・・・)!」


 恐る恐る目を開けた彩華の視界には、遠くなる屋上と眩しく輝く月。そして、


「大丈夫?」


 よく見慣れた黒髪の少年の顔があった。

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