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1-13 メルトプリズン7

 物品保管庫の扉がかすかな音を立ててスライドする。

 付近に職員はいないと教わっているものの、無警戒はさすがに良くないと忍び足でこっそりと顔を除かせて左右を確認した出雲の黒い髪だけが白い廊下にポツンと現れる。

 左右に人影がない事を確かめた出雲が廊下へと足を踏み出すと、小さなカツンという靴音が響いて思わず肩を跳ねさせたが、すぐにそれが自身の靴の音だと気づけば気恥ずかしげに進路を右へと向ける。

 奥へと進むにつれて激しくなる騒々しい音に紛れる様に靴音を忍ばせて小走りに歩く事暫し、漸く階下への階段を発見して階段を下る。

 エレベーターに乗れるなどとは最初から思っていない。

 いかに平和ボケした出雲であっても、エレベーターが個室であり、出口や出るタイミングを選べない事くらいは理解できている。

 そんな動く棺桶――出雲一人が乗るだけならば棺桶であっても意味はないのだが――に好き好んで乗り込もうと思うほど、出雲は愚かではない。

 こと生存にかけて直感や思考が鋭いというのが、道敷出雲が自覚する自身の特徴であった。


『すとーっぷ!!!』

「――ッ!?」


 いい加減神経をすり減らしての慣れない隠密行動の逃走に辟易し、集中が途切れはじめた頃だった。

 分かれ道の度に短く指示を出していたオペレーターの突然の制止に出雲は驚いて思わず声を上げそうになる。

 寸でのところで堪えた出雲はすぐさま壁に張り付いて息を殺し、オペレーターへと声をかける。


「(な、なんなんですか。びっくりするじゃないですか……)」

『ごめんごめん。その先で待ち構えられてるからぁ、飛び出す前に止めないとと思ってぇー』

「(……他に道はないんですか?)」

『うーん、今“ミナミさん”に確認してもらってるんですけどぉ、そこより下の階に行くには避けて通れないっぽいんですよぉ。所謂、脱獄阻止の為の構造って言えば良いんですかねぇ』

「(ど、どうすればいいんですか……ここまできて諦めろなんて言いませんよね……?)」


 恐る恐る、といった具合で確認を取る。

 出雲は自身の喉が急速に渇いたような気がして緩めてあるはずの詰襟を指で引きながら唾を飲む。

 短い沈黙の後、オペレーターの声が響く。


『だいじょーぶですよぉ。幸い、私達の陽動にだいぶ戦力を割いてくれてるみたいなんでぇ、今そこで待機してる人員は1班6人の構成ですからぁ、陽動から回復して増援をまわされる前にちゃちゃっと突破しちゃってくださぁい』

「(え、ちょ、はぁ!?)」

『ですからぁ、増援がくる前に突破してくださぁい。能力(スキル)なし、銃器で武装した大人6人程度ならぁ、不死身のSレート、【黄泉渡(リヴァイヴ)】さんなら余裕ですってぇー』

「(や、だから――)」

『それにぃ、カガリさんやミケちゃんを待ってたら増援来ちゃいますよぉ』

「(――ッ! ……わかりました。突破、すればいいんですよね?)」

『ですですぅ。それじゃ、健闘を祈ってまぁすー』


 出雲の邪魔をしない為だろう。先ほどまでの繋がっていた感覚がスッと消えて、頭の中に静寂が戻ってくる。

 静かに息を吸い込んでは吐き出し、それを3度ほど繰り返してから顔を上げる。

 研ぎ澄ますように曲がった先、階下へと続く通路へと意識を向けると、確かに数人の気配がそこにあることに気づき、出雲は覚悟を決める。

 学校指定の鞄を音を立てないように漁り、せめて武器になればと文房具入れに入っていた鋏を逆手に持つ。

 鞄を閉じた事を確認し、頭の中で5秒前からのカウントを始める。


「(――4、3、2、1……)」


 ドン、と。自身の中で掛け声をかけて、広く取られた中央の廊下へと駆け出した出雲に気づき、通路を封鎖するように立っていた防護服の職員達は慌てた様子で銃を構える。

 集中が途切れていたのは互いに同じであったようで、まさか再生能力しか持たない子供が最終防衛ラインとも呼べるこの地点まで単独で降りてきているとは露ほども考えていなかったのだろう。

 構えられた銃から吐き出される弾丸の量も、たかが6人、6個の銃口からでは限りがあり、出雲の肩や肘、頬をいくらか掠めた。

 予め苦痛に覚悟を決めていた出雲は顔を顰めて痛みに耐えるような仕草を見せ、完全に動きを止めることはないものの僅かに動きが鈍る。

 そこへ、乱射された内の一発が出雲の右目を捉えた。右目を貫いた弾丸は脳漿をかき回し、頭蓋を抜けて後方へと紅の軌跡を描く。


「――」


 しかし。

 出雲の残された左目からは光が失われる事はない。着弾の衝撃で僅かに後方へと傾いだ体勢で踏みとどまった、明らかに致死にあるはずの出雲は体勢を整えて再び走り出す。


「(痛くない、痛くない、痛くないッ!!! 死なないんだから、治るんだから、怪我くらい、平気ッ!!!)」


 自分に言い聞かせるように歯を食いしばって駆けた出雲は職員たちの懐へと駆け込めば、比較的防護服が薄いと目をつけていた手首へと向かって鋏を力任せに振り下ろす。

 鋏の刃が欠ける様な鈍い音が銃声に混じって響き、肉を裂き、骨へと達する様な痛々しい感触が出雲の手を伝う。


「……よし!」

「ぎ、ぃあああぁあぁあッ!?」


 洗練された技術などなく、ただ力任せに鋭いとは言えない刃物によって貫かれた手首を押さえて職員が銃を取り落とす。

 その隙に出雲は転がり落ちた銃を拾い、動揺した職員の間をすり抜け様に狙いもつけずに発砲しながら階下へと走る。

 出雲のすぐ後ろで無事であった職員が我に返って出雲へと向かって発砲する音が響くも、一度も振り返ることなく身を低くして廊下を走っていた出雲に当たる事はなかった。

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