6-27 それは坂を下るように4
小さく息を吐く気配に、誤解とは何のことだろうと対面で首を捻っていた黄泉路が視線を上げて話を促すような笑みを彩華へと向ける。
「……まぁいいわ。迎坂君は何が原因だと思うわけ?」
確認のようにも聞こえる問いは試すようなニュアンスが含まれており、探るような意図が混じった彩華の視線を受けた黄泉路は少しばかり悩むような仕草を見せながら僅かな間を空けて口を開く。
「体育館の事故の日――かな」
「そう」
ふっと、彩華の探るような瞳が緩められる。
それは毒が抜けたような、何かを守り通したような気の緩みであった。
彩華の僅かな変化は気に掛かるものがあったものの、指摘するよりも先に彩華の視線が自身から離れた事によって、言葉を飲み込んだ黄泉路も釣られる様に彩華の視線の先へと目を向ける。
苦し紛れにつけたままだったテレビへとふたりの視線が集まったタイミングでニュースの内容が切り替わり、どうやら地方局のチャンネルだったらしい放送が淡々と地域のニュースを読み上げていた。
『先週発生した若年層の集団失踪ですが――』
若手らしい女性キャスターが時折原稿へと目を向けながら読み上げるニュースはここ数日近隣を俄かに騒がせている青少年集団失踪事件の話題であった。
曰く、高校生や地元のフリーターを中心とした若年層がある一定時期にいっせいに連絡が取れなくなり、そのまま現時点まで誰も見つかっていないという、現代の神隠しかなどと装飾されて地方紙を賑わせている事件。
警察の調査も虚しく一切の進展が無いことをキャスターが読み上げれば、コメンテーターが訳知り顔で青少年の非行の問題や現代の近隣とのつながりの希薄さを語りはじめる。
「能力、って。何なのかしらね」
綺麗に包装された空論がテレビから流れる中、彩華のつぶやきが響く。
短くも重いものを含んだその言葉は容易にテレビの音を掻き消すように黄泉路の意識を引き寄せる。
「――こんな化け物染みた力を持った存在を、人間と定義して良いのかしら」
「そんな事ない!」
化け物。自身をそうであるとでも言うかのような彩華の発言に、黄泉路は思わず声を上げていた。
「っ!?」
「――あ、え、っと……」
咄嗟に口をついて出た言葉であったが故に、声量の調節を間違えた黄泉路の声はテレビの音を掻き消すように室内に響く。
これが一般的な家であれば家族が何事かと眉をひそめる類の大きさであったが、幸いなことにこの場には対面に座る彩華しか居ない。
とはいえ、その彩華にしても突然の大声に目を瞬かせているのだから、対面の相手へと言葉を向ける際に適切かと言われれば否としか言いようがないのは間違いない。
「その、能力はさ。確かに普通の人は持ってない強力なものだけど、それだって道具と一緒で使う人次第だと思うんだ」
ほんのりと赤らんだ頬を掻きながら、普段よりも早口の黄泉路が取り繕う様に視線を逸らした事で彩華も漸く我に返る。
「迎坂君がそんなに熱い人だなんて知らなかった」
「……からかわないでよ」
「いいじゃない。たまには。でも、少し嬉しかったわ」
先ほどまでの自分の態度も含めて茶化すように淡く微笑んだ彩華に、黄泉路は困ったような笑みを――普段と変わらないそれを向ける。
丁度、ニュースが終わったことで後番組のバラエティが始まり、テレビから流れてくる陽気な番組開始の挨拶と笑い声が、和やかさを取り戻した室内に響いた。
「……だとして。能力って、何を基準に備わるものなのかしらね」
「僕の経験則でよければ」
「聞かせて貰えるかしら」
「能力者になるきっかけで、一番多い理由が命の危機だって言うのは、聞いたことはない?」
確認するような黄泉路の問いに、彩華は小さく首を振る。
「いえ。そもそも、私は全部自己流だから」
「それであれだけ使えるってすごいよ」
「褒められている……気がしないわね」
眉を顰めるというには変化が乏しいものの、それなりに長い付き合いになった黄泉路からすれば見分けが付く程度には表情を歪めた彩華に、黄泉路は小さく謝罪してから話の本筋へと戻る。
「僕がこの能力を手に入れたのも、彩華ちゃんとちょっと似てるかな」
「それって――」
言い淀む彩華に、黄泉路は小さく首を縦に振る事で応え、続けて何かを口にしようとする彩華を遮って黄泉路は微笑む。
「能力に覚醒するとき、さ。彩華ちゃんは何か、本気で願ったり、祈ったり、そんな強い思いはなかったかな」
掛けられた言葉を反芻し、彩華は考え込むように視線を下げた。
「……僕は、死にたくなかった」
ややあってから、黄泉路の声に引き戻された彩華は視線を上げて黄泉路へと向ける。
死にたくなかったと告げた黄泉路の表情は苦笑いしているようにも見えたが、瞳の奥に広がった闇のようなものに、彩華は自然と、それだけではないのだろうなと思いつつも話を促す。
「能力は、その人にとって最も必要なものが現れる。……知り合いの受け売りだけど、ね」
「必要な……力……」
「だから、能力も含めて彩華ちゃんだし、僕なんだと思うよ」
そう締め括った黄泉路は時計へと視線を向ける。
「ちょっと休憩しすぎたかな」
「――ああ。そうね。残りもそんなにないし、勉強会の続きをしましょうか」
彩華も釣られるようにして時計へと目を向ければ、午後4時を過ぎた所であった。
休憩前の進捗と残りのテストの内容から、これ以上遅らせてしまうと日が暮れてしまうかもしれないと理解した彩華は垂れ流しだったテレビの電源を落とし、紅茶を淹れ直す為に席を立つのだった。